吉川元農水相、鶏卵汚職はなぜ起きた? 背景に「票を出すのが無理だからお金」の構図も

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2021年03月02日 08:05  AERA dot.

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写真秋田善祺・アキタ代表(左)から要望書を受け取る吉川貴盛・農水相(中央)。右は西川公也・内閣官房参与(肩書はいずれも当時)/2018年11月12日、農水省・大臣室(西川氏のブログから)
秋田善祺・アキタ代表(左)から要望書を受け取る吉川貴盛・農水相(中央)。右は西川公也・内閣官房参与(肩書はいずれも当時)/2018年11月12日、農水省・大臣室(西川氏のブログから)
 吉川貴盛元農林水産相が鶏卵生産大手から500万円を受け取ったとされる汚職事件。背景には鶏卵業界の「焦り」と、農家の減少による地位低下に苦悩する農水省と農水族の「癒着」があった。AERA 2021年3月8日号から。

【写真】3例目の鳥インフルエンザウイルス感染が確認され、殺処分が進められる養鶏場

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「農業自体が衰退していて、農家戸数も、農業生産額も減っています。農林水産省も、昔のように黙っていても財務省が予算を付けてくれる状況ではなくなったんですね。農水族にしがみついて、その力を借りて予算を獲得せざるを得なくなり、今回の事件が起こったのでしょう」

 元農水官僚で、現在はキヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁さん(66)は、アキタフーズ事件の背景の一つをこう解説する。秋田善祺前代表=贈賄罪で在宅起訴=は吉川貴盛元農水相=収賄罪で在宅起訴=に、アニマルウェルフェア(動物福祉=AW)の国際基準案への反対や、卵の生産調整制度(鶏卵生産者経営安定対策事業)の拡充を要望したとされ、いずれも実現している。それにしても、なぜ鶏卵なのか。

■派手でも政治力乏しく

「農業の中で、規模拡大が割と順調に進んだ畜産だけは、生産現場が比較的元気です。そのため、畜産業を支持母体とする政治家が、農水族の中でも重きを占めるようになっていきました」(山下さん)

 鶏卵の産出額は4848億円(2018年、農水省調べ)で、これは農業産出額の5.4パーセントに過ぎない。山下さんは1990年前後に農水省畜産局(現・畜産部)に所属したが、当時から「畜産部の中での鶏卵の重要度はそんなに高くなかった。酪農、肉用牛、ブタと続いてその下に鶏卵やブロイラー(肉鶏)がくるイメージ」という。これには理由がある。鶏卵は産出額が小さい上に、事業者数が他と比べて圧倒的に少ないのだ。

 62年に380万戸以上だった事業者は、2015年には4181まで減った(畜産統計及び農林業センサスから)。実に約900分の1である。反対に、1戸当たりの羽数の平均は6万6900羽に拡大。しかも10万羽以上を飼う事業者は全体の17.1パーセントなのに、そうした事業者が飼育する羽数は76パーセントを占める。大規模化が進む畜産の中でも、鶏卵は特に巨大化し、工場と見まごうような養鶏場も珍しくない。

 そのような鶏卵業界の中でも、アキタフーズは最大手のイセ食品(埼玉県鴻巣市)と並び、業界の2大巨頭だ。グループで700万羽を飼育し、売り上げは700億円近い。ちなみに、イセ食品代表は、ピカソをはじめとする世界の美術品の収集で知られる。アキタフーズは日本最大級の高級クルーザーを所有し、これで、吉川氏や西川公也元農水相、元農水次官らを接待したとされる。鶏卵大手は、他の農業分野に比べ、振る舞いが極めて派手だと見られている。

 業界にも泣きどころはあった。政治力のなさである。それを補おうと今回の汚職事件につながったと、山下さんは見る。

「コメとか酪農、肉用牛とかブタだったら、ある意味、オールジャパンで政策を決める仕組みになっています。JAグループの全中などが、自民党の農林部会や農水省と掛け合って要求を通すスタイルが多く、今回の事件のように特定の政治家に金を渡せばいいという話じゃない。政治家に自分たちの要求を代弁してもらった場合、その見返りは何かというと、選挙の票です」(山下さん)

■自社ファーストの歴史

 しかし、事業者数の少ない鶏卵業界が北海道2区選出の吉川氏に、票で恩を返すのは現実的ではない。山下さんは「票を出すのが無理だから、お金を出すしかないという構図だと思います」と言う。

 ある鶏卵業者は「特に大手が協調せず、業界としてまとまらない」とこぼす。これは、大規模業者が業界全体の利益より「自社ファースト」で突き進んできた歴史が影響している。鶏卵業界では74年から、国による生産調整が本格的に始まった。60年代にケージを使った多数羽の飼育が可能になり、養鶏農家の規模拡大や、企業化した鶏卵業者の参入で、供給過剰に陥ったためだ。

 中小業者は生産調整に協力したのに、規模拡大に意欲を見せる業者は、羽数を増やすところが少なくなかった。その結果、数十万、数百万羽を飼育する大規模業者が出現し、中小はコスト面で太刀打ちできなくなり、廃業が続いている。熾烈(しれつ)な競争の結果、規模拡大を続けて巨大化した大規模業者と、安い卵価にあえぐ中小業者の構図ができた。

■力のある前代表に頼る

 秋田前代表が2019年に特別顧問に就任した業界団体「日本養鶏協会」(東京都)の問題点を指摘するのは、北海道大学大学院農学研究院研究員で僧侶の大森隆さん(74)だ。同会は、養鶏経営の安定や養鶏産業の健全な発展に寄与することを目的に、国の委託で生産調整を担い、需給や価格の安定化、流通の改善などを図っているという。しかし、期待される役割の大きさに実態が追いついていないと大森さんは言う。

「私の見る限り、役員に大手ではない、あまり力のない人たちが就いて運営しています。これでは業界団体として弱体です。会員からも、大規模業者の意見集約ができていないなどと批判の声も上がっています」

 そうした中、日本養鶏協会は2019年6月の定時総会で、秋田前代表に特別顧問に就くことを要請。業界紙「鶏鳴新聞」の同年7月5日付の記事によると、総会の出席者から「直面するAW基準と、経営安定対策事業を中心とする低卵価対策の実現に向け有力者の力を借りることも必要ではないか」「アキタフーズの秋田社長(当時)に特別顧問を引き受けてもらって指導いただけたらと思う」などの意見が出たという。

 協会の懸案には、いずれも後に、秋田前代表が吉川氏に要望したとされるAWへの対応や鶏卵生産者経営安定対策事業の新たな制度設計があったことが分かる。なお、特別顧問の職掌について、同会事務局は「会長の諮問に応じるだけの立場で、その他何ら活動する立場にない」と断言する。

 大森さんは鶏卵業界と事件の関係についてこう指摘する。

「鶏卵業界として、政治家に金を渡すことを望んだわけではなかったはずです。ただ、個人的に力のある人を担ぎ上げて、課題に対処しようとする日本養鶏協会の土壌そのものにも、問題はあった。また担ぎ上げられた人が、協会の特別顧問の肩書を逸脱する行動をして、事件を招く結果になったのでは」

 定時総会には、秋田前代表が現金を渡したと供述しているという西川元農相(当時は内閣官房参与)や高級料亭での会食に招かれた農水省幹部ら(2月25日に減給などの処分)が来賓として参加していた。

■鳥インフルの被害拡大

 一方、卵価をみると、1955年にキロ当たり205円だったが、2017年も207円と、ほとんど変わっていない。

「物価の変動を勘案して実質化すると、今の卵価は70年のおよそ半額に過ぎません。鶏卵の原価の大半を占める飼料とニワトリの償却費から換算しても、とんでもなく安いのです。大手は、規模で中小を凌駕(りょうが)して、コストを下げるわけですが、資金を借りて規模を拡大し、その返済のために売り上げを大きくしようと、さらに規模を拡大する……という行き過ぎた過当競争にあります」(大森さん)

 規模拡大の弊害の一つがこの冬、意外な形であらわになった。過去最大の被害を更新している高病原性鳥インフルエンザだ。2月15日時点で、17県で50事例が発生し、975万羽が殺処分になった。1羽でも発病すると、農場内のすべてのニワトリを殺処分するため、大規模な養鶏場ほど被害が大きくなる。1農場当たりの殺処分数は増える傾向にあり、116万羽を処分した養鶏場もあった。

「卵を工業製品と同じように考えるべきではなく、動物が産む以上、動物個体の病気もあるということを前提に、安心、安全で持続可能な生産を考えなければ」

 大森さんはこう警鐘を鳴らす。安価で栄養価が高い鶏卵を消費者は手頃な食品として歓迎しているが、その裏側にある鶏卵業者を取り囲む状況は厳しいのが現実だ。(ジャーナリスト・山口亮子)

※AERA 2021年3月8日号

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