菅首相「別人格」発言が示す権力者の“無自覚” 専門家「まともな説明をしない責任内閣制に変質」

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2021年03月03日 08:05  AERA dot.

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写真2代続いて首相の家族の問題が噴出したが、最高権力者に良識など求めても仕方ないという考え方もある。やりたい放題の暴走を止めるには、立法府のバランスが必要だ。遠からずある解散総選挙で、国民はどう判断するか (c)朝日新聞社
2代続いて首相の家族の問題が噴出したが、最高権力者に良識など求めても仕方ないという考え方もある。やりたい放題の暴走を止めるには、立法府のバランスが必要だ。遠からずある解散総選挙で、国民はどう判断するか (c)朝日新聞社
 別人格──。不適切な身内の行為に、そう言葉を吐き出した。権力の恐ろしさを知らない権力者の振る舞いを、私たちはどう受け止めればいいのか。AERA 2021年3月8日号で、権力者の振る舞いについて考えた。

【画像】まるでお茶漬け? 菅首相の答弁の数々はこちら

*  *  *
 権力を持つ者がいれば、それを利用しようとする者も出てくる。権力者はどう振る舞うべきか。こんなエピソードから始めてみたい。

 1958年、鳥取県出身の官僚だった石破二朗は、同県知事に就任するにあたって、自身の地元の町長や町議会議長を呼んでこんな話をしたという。

「わしが知事になったからには、我が町の陳情ごとは後回しだ。悪く思わないでほしい」

 同じように、県庁に勤めていた複数の親戚を呼んでこうも告げていた。

「わしが知事になったからには、あなたたちの出世はないものと思え」

 自民党元幹事長、石破茂氏には、父のそんな態度が伝えられている。半世紀以上も昔の話のためここで実態を断定するのも難しいが、少なくともこうは言うことができそうだ。手にした権力が不適切に利用されることはもちろん、その疑いさえ持たれることを避けたいという考えが二朗氏にはあったはずだ。

「たしなみだったんでしょうな」

 こう振り返る石破氏には、父の権力に家庭でどう向き合ってきたかが想像される思い出が、他にもある。

 中学生のときだった。自身と同じように県知事の父を持っていた母・和子から突然、こう言われた。

「知事の息子が県立高校に行くものでは、絶対にありません」

■そこにある公正らしさ

 父親が卒業した県立高校への進学を考えていたという石破氏。だが、父も母に同意し、これがきっかけとなって進路は変えざるを得なくなった。石破氏はその後、一人で上京して慶応義塾高校に進学する。県立の女学校で学び、恐らく、様々な特別扱いを受けたであろう、母の強い信念だった。

 小学校低学年のころの記憶も。ある日、知事公舎に出入りする県職員にぞんざいな態度をとったところ、母親の逆鱗に触れた。雪の降る中、何時間も家の外に放り出された。

「公私混同は絶対に許さない両親でした」(石破氏)

 翻って、菅義偉首相の長男が勤める放送関連会社「東北新社」が繰り返し総務官僚を接待していた問題はどう考えればよいだろうか。首相は、こうした逸話をどう受け止めるだろうか。2月24日に行われた幹部らの処分で幕引きを図りたいところだろうが、単なる国家公務員倫理規程違反を超えた闇の深さがそこにありそうだ。

 元参議院議長の江田五月氏は、その闇深さを明快に指摘してくれた。

「公正さというものは、実質が公正であることはもちろん必要なのですが、それは歴史の審判を待たなければならないことが多々あります。ですから、今そこにある公正『らしさ』も、同時にとても大切にしなければならないのです」

 今回、実際に行政がゆがんだかどうかはなお取材が必要だが、利害関係者の会食はもちろん、菅首相の威光をどう利用したかなど、公正「らしさ」がないがしろにされているのは確かだろう。

■「家族の問題」で疑惑に

 父は日本社会党書記長を務めた国会議員だった江田氏。自身も裁判官から衆参の国会議員となり、「三権の長」の一つ、参院議長も務め、「権力」や「公正」には神経をとがらせてきた。この間、知人から公正さそのものがゆがめられる依頼を受けたこともあったが、その都度、拒絶してきたという。今回の菅親子の問題を受けて、あらためてこう思う。

「権力の恐ろしさを知らない人間が権力を振るうことほど恐ろしいことはありません」(江田氏)

 菅親子がどこまで考えて行動したのか、あるいはしなかったのかは分からないが、評論家の塩田潮氏は今回のような疑惑に、特殊な事情を感じる。著書『辞める首相 辞めない首相』(日本経済新聞出版)で、1972年に首相に就いた田中角栄氏以降の日本の総理大臣がどのような辞め方をしているかについてつぶさに検討を加えた塩田氏は、こう指摘する。

「総理大臣が家族の問題で疑惑を指摘されて、それが進退に及ぶかもしれないという形にまで発展したのは、私が調べた田中元首相以降では、最近の安倍(晋三)前首相と菅首相の2人だけではないでしょうか」

 ここで言及された安倍前首相の「家族の問題」というのはもちろん、妻の昭恵氏が関与したとされる森友学園問題だ。

 財務省近畿財務局は2016年、小学校の開校を計画する森友学園に、鑑定価格から地中ごみの撤去費用8億1900万円などを値引きして国有地を売却した。昭恵氏が小学校の名誉校長に一時就いていたことから、官僚側による忖度が指摘されている。この問題では、財務省は昭恵氏らの名前を削除するなどの文書の改ざんを認めている。指示されて改ざんを行った職員は、自殺した。

■権力者本人の「無自覚」

 塩田氏は、過去の何人かの首相経験者の家族と、取材を通じて交流を持ってきたという。そうした人たちから聞いている話として、最高権力を手に入れた、あるいは手に入れようとしている政治家を夫や父親に持つ家族は、かつては自制を心がけるなど、生き方や生活には大きな制限があった、と述べる。

「ところが今は夫婦のあり方も人それぞれ、親子も独立すればそれぞれで、権力を預かって公的な仕事をする人間を家族全体で支えるという価値観が希薄で、奔放に振る舞うケースが多くなっているのでは」

 権力者本人の“無自覚”はどう評価するべきだろうか。今回、菅首相は長男とは「別人格」として批判をかわす構えだ。

 自覚が足りない──。あらゆる不適切な権力の利用を排除する目的で、当事者たちをそう批判することもできなくはなさそうだ。しかし、政治学の考え方では必ずしもそう単純な批判が通用するものではないという。

 新潟国際情報大学の越智敏夫教授(政治学)が指摘する。

「政治学では、権力に良識を求めることはしませんし、まして総理大臣のような巨大な権力を握ろうなどと考える人物に良識を期待することは極めて難しいと考えられています。マキャベリが『政治学の始祖』といわれるのは、この点を明確に認めたことにあります」

 元も子もない話ではあるが、そういえば最近もジェンダー意識に難を抱えた元首相が注目されていた。マキャベリは一方で、権力者に求められるものがあると主張していた。「徳」だ。

■「三権分立」のバランス

 越智教授によれば、ここで使われている「徳」とは、人徳のようなものではなく、将来を見通す能力と、見通したうえで的確な判断をする能力のことだという。ただ、良識を求められないからといって、能力があれば権力者が何をしても構わないわけではなく、別の手段で権力をどう制御するかが大切になってくる。「三権分立」のように、権力を集中させないことだ。

 それにしても、塩田氏が指摘するように、なぜ安倍政権と菅政権の下で公正らしさが失われ、家族の問題が噴出したのだろうか。越智教授は、権力を分散させる近代国家の仕組みが現在、日本でうまく機能していないとみている。

「行政府と立法府を分けて、立法府の最大グループが行政府を兼務し、立法府に対して責任を負うのが責任内閣制です。ところが、安倍政権以降、まともな説明をしない責任内閣制に変質しました。こうして権力を抑制するための責任内閣制の『責任』の部分が機能しなくなった一方で、忖度の政治を作り上げることには成功しました。立法府で与党が圧倒的に多くの議席を占めていると、行政府も含めて権力は暴走するということです」

 その結果、象徴的に起きた現象が、今回の菅親子の問題や、安倍政権時代の数々の疑惑なのだろう。

 越智教授はこう続ける。

「ただの腐敗で済めばまだマシです。権力の暴走は、人が死に、国が滅びます。新型コロナウイルスの問題一つとってみても、理解してもらえると思います」

 暴走を止めるのか、止めないのか。それは主権者の判断だ。(編集部・小田健司)

※AERA 2021年3月8日号

このニュースに関するつぶやき

  • 説明しないねぇ。メディアが都合の悪い報道はしないで何故報道しないかの説明もしないわけで。報道する事柄は結局それを利用するためでしかないように見える。
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  • 自称「第三だか第四だかの権力者」のマスコミがまともな報道をせず、騙されていることに無自覚な情弱馬鹿日本人が「スガガ〜、ジミンガ〜!」と喚いているだけ。
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