大泉洋の超越的な強さとは? 『水曜どうでしょう〜大泉洋のホラ話〜 』漫画家・星野倖一郎×藤村忠寿D 対談

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2021年03月04日 10:01  リアルサウンド

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『水曜どうでしょう〜大泉洋のホラ話〜 』第3巻

 北海道発の人気バラエティ番組『水曜どうでしょう』内で語られた大泉洋の“ホラ話”を、「水曜どうでしょう祭2019」のメインビジュアルを手掛けた漫画家・星野倖一郎が漫画化した『水曜どうでしょう〜大泉洋のホラ話〜 』。水どうファンにはお馴染みの「喧嘩太鼓」や「チャタレイ夫人」、「チューハイム」など、名作ホラ話が”荒々しさ”全開の超劇画で描かれている。本作はすでに2巻まで単行本化されており、3月8日には待望の第3巻が発売予定。


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 リアルサウンドブックでは星野氏と『水曜どうでしょう』ディレクター藤村忠寿氏の特別対談を企画。星野氏にはいかにしてホラ話をストーリーとして膨らませていったのか、このマンガで描きたかったこと、『水曜どうでしょう』への熱い思いを、藤村氏にはこの作品のもつパワーと魅力、悪役として描かれる感想、お気に入りのエピソードなど、大いに語ってもらった。


■映画やドラマ、アニメではできないことを描きたかった


ーー大泉さんのホラ話をマンガ化すると聞いたときの心境はいかがでしたか?


藤村:大泉が「ほかに描くことないのか」ってコメントしてたじゃないですか。あれと同じ気持ちですよ。活況を呈するマンガ業界の中にあって、こんなことをやってる暇があったらほかのことを描けよっていうね(笑)。


星野:僕はただの『水曜どうでしょう』ファンなんです。なので最初にお話をいただいたときは嬉しかったですね。その反面、編集部から「ホラ話描かない?」と言われて、「えっ、ホラ話、大好きですけど……」と、びっくりしました。


ーー出版元である秋田書店としては、どういった流れで企画が立ち上がったのでしょうか?


秋田書店:編集部とオフィスキューさん(大泉洋所属事務所)が知り合う機会があり、「ホラ話の漫画化は可能でしょうか?」とご相談したところから始まりました。反響もよく、『水曜どうでしょう』ファンの方はもちろん、もともとの「週刊少年チャンピオン」読者にも楽しんでいただけたのではないかと思っております。


藤村:嘘ついちゃダメだって。そんなわけないよ。


秋田書店:本当ですよ(笑)。打ち合わせ当初から、雑誌に掲載する以上、『水曜どうでしょう』を観たことがない人にもこのマンガを楽しんでもらいたいという思いもあり、そのために星野先生がものすごく考えてアイデアをたくさん出してくださったおかげで、読者の方に受け入れていただけたんだと思います。実際、『水曜どうでしょう』ファンの方からも、もともとの雑誌読者の方からもたくさんの感想ハガキをいただきましたし。


藤村:うそつけ!(笑)


ーー「ホラ話」をマンガ化するうえで苦労したことありましたか?


星野:まず、どのホラ話をマンガ化するかというテーマ選びが大変でした。いろいろ考えた結果、最初に知名度が高く、DVDのチラシなどでホラ話が掘り下げられている「喧嘩太鼓」からはじめて、ペースを掴もうと考えました。


藤村:最初は「ホラ話」をマンガ化したところで……と思っていましたけど、読んでいる時にマンガの強さみたいなものを感じましたよ。「喧嘩太鼓」っていうくらいだから太鼓で相手を負かす、ふんどし一丁で荒々しい格好というのはイメージとしてあったんですけど、マンガにすると絵の強さがすごい。それと僕がびっくりしたのは大泉扮する寅吉とヒロインのお竜が夫婦になるところですね。ストーリー的にいきなり過ぎるんだけど、絵の力でもっていかれる。ドラマだとここまで思いきった展開はできないと思うので、これがマンガのすごさなんだなと思いました。


星野:ちょっとおこがましいんですけど、映画やドラマ、アニメではできないことを描こうという気持ちはありました。だって、あのホラ話をドラマにしたら30分もたないですから(笑)。


藤村:もたないですよ。どこかで破綻しているもん。だからこれがね、1ページ1ページあるマンガの強さですよ。ページをめくった先に力強い絵があると飲み込まれてしまう。


星野:僕も可愛い女の子をたくさん描いて売れたいと思っていたので、こんなに濃い絵をたくさん描けるとは思っていませんでした。


藤村:そうですよね(笑)。このマンガは若干時代遅れですもん(笑)。


「ホラ話」で描かれるマンガの力強さ


ーー本作には画風的にもストーリー的にも80年代の雰囲気があると思いました。


藤村:もともとは大泉のホラ話をマンガにするという編集部のふざけた考えですけど、星野先生がこれを描いたおかげで、図らずも70年代、80年代のマンガの力強さを今の世に知らしめることができた。こういう読者を殴りつけてくるてくるようなマンガの力強さは懐かしい。こういう狙いが編集部にあったんだったら褒めるけど、多分そうじゃないと思うんだよ。ただおもしろそうだからやってみようっていう(笑)。


星野:そういうマンガを読んできて得たものが僕にもギリギリ残っているんです。大泉さんとも読んできたマンガが近いのだと思います。


藤村:本宮ひろ志先生のマンガなんか、バンとページ開けたらすっごいエッチなことをしている。意味はわからないんですけど、そういうものに憧れがあったんでしょうね。今のマンガだったら、男はもうちょっと情けないものだし、男女の機微を描きますけど、ここに出てくる大泉はやっぱり荒々しい(笑)。


星野:『どうでしょう』や大泉さんを好きな方に読んでもらえると思っていたので、ふざけずに本気で「絵で殴る」ということは意識しました。


藤村:そうでしょう?最近、読者を殴りつけてくるようなマンガってないんですよ。「喧嘩太鼓」では、町の長老として嬉野さんも登場するんですが、何が始まるかと思いきや、寅吉がピンチの時に、「月がー出たー出たー」って歌い出す。今度は彼の手拍子で住民たちが歌い出すわけです。この時の嬉野さんの顔と、「月がー」の書体。これがいいんですよね。力強さと共に住民の悲しみがこの書体に表れているんです。


■最初から最後までやり通すという真剣さ


ーー藤村さんは、マンガの中で悪役として描かれる心境はいかがですか?


藤村:「そりゃあ、登場するとしたら悪役キャラだろうな」と思っていたけど、最初からずっと悪役で、途中、星野さん飽きちゃったのか、俺と嬉野さんが犬になっちゃって。「これ、手詰まりだな(笑)」って思いました。


星野:僕としてもネームを描きながら、藤村さんと嬉野さんは何かしらの手で出したいという思いがありました。


藤村:大泉さんは分かりますよ。筋骨隆々で、あいつはいい思いをして出てくるんだろうなって思っていたから。俺らは一体どうやって出てくるんだろうって思ったら端々で出てきて、最終的にはNACSのメンバー全員を山で殺してしまって。名前は出てこないけど明らかにあいつらだもんね(笑)。


星野:それをわかっていただけるとすごく嬉しいですね。内容はともかく、画風的なものは一切ふざけずにやりました。


藤村:それがよかった。一切ふざけることなく、最初から最後までやり通すという真剣さ。本当に面白いものがどういう時に生まれるかと言ったら、真剣に描いてるとき。手を抜かずに描いているなというのが分かると、バカバカしさが突き抜けて笑っちゃうんだよね。


星野:そうですね。自分自身がそうだったので、それが伝わると嬉しいなと思います。


藤村:これは伝わってますよ。技とか、絵とか、女性との艶っぽいシーンとか、一切ふざけてないもん。


星野:少年誌のラインとの戦いでもあるんですけど、「週刊少年チャンピオン」でなくてはできなかっただろうなと思います。まさに1巻に登場するチャタレイ夫人のエピソードは少年誌の限界ですね。「淫靡な」というキラーワードが出てきてしまったので、これを表現するのにどうしたらいいんだろうと悩みました(笑)。


藤村:大泉が「こっちに来い」って、チャタレイ夫人を馬小屋に連れていって、裸にするようなシーン。昔、そのホラ話を聞いていた俺たちは理由も分からないけどドキドキした。今回はマンガでそのドキドキを久しぶりに味わいました。あんなに理由もなくいきなり連れていくシーンは、今のマンガには絶対ない。


星野:あと大泉さんがチャタレイ夫人と一心不乱に卵をぶつけ合うという唐突な展開にもどうしようかと(笑)。


藤村:でも原案がそう言ってるからね。星野先生は描かざるを得ない。


星野:はい。でもこれは文学的に言えば、「月が綺麗ですね」という比喩のひとつなのかなと思いました。そして卵のぶつけ合いが性交のひとつ。


藤村:大泉が言っているのはそういうことですよね。伊丹十三さんの映画(『タンポポ』1985)で卵を口移しするシーンがあったじゃないですか。彼はそれも意識していたと思うんです。彼は生卵というものに淫靡なにおいを感じたんでしょう。もう二十何年も付き合っていると彼の考えとか、出典元がどこかというのもだいたい分かってくる。


 本当の大泉を知っていると、あいつが表現したいレベルはこの辺りなんだろうなと思いつつ、星野さんがその上をいってしまうから(笑)。でもその微妙な食い違いが読んでいておもしろい。


星野:これに関して言えば、最初からちょうどいい塩梅が分からなかったので、やり過ぎる以外の選択肢はなかったです。


藤村:それはたしかにその通り。大泉はね、「体毛は三割増しで」という言葉がおもしろいから言うだけであって、実際三割増しになるとやりすぎになっちゃう。


■大泉洋のホラ話には素材が全部詰まっている


ーー星野さんと藤村さんのお気に入りのエピソードあれば教えてください。


藤村:私は「登山家」(2巻)ですね。冬の立山登頂を目指すアタックチームがいて、メンバーはフル装備なのに、大泉は革ジャン&ジャージという出立ちでチームを率いてる。それを絵で見たとき、これはおかしいと思いましたよ。でもこの主人公は一切ふざけていない。常に過去の悲しみに暮れているという、悲哀を込めた絵作りに、「これは名作だな」と思いましたね。


星野:「登山家」は僕も好きなエピソードです。この主人公は若いとき、大学の山岳部でチームを指揮していた。そして、卒業し、今度はプロの登山家として活躍している時代があって、最終的にバックアップに下がる……。ネームを考えているときに、この一連のストーリーに気づいたんです。「あ、これ素材が全部詰まってるわ!!」と発見したときにいけると思いました。


藤村:この「行け!」って言ったときの大粒の涙ね。ここにすべてが集約されている。


この絵に俺は心打たれましたね。このグラサンの奥で、涙がわーっと出てる大泉がおかしくて笑っちゃったなあ。でもこれで大泉は登山系のドラマはできなくなりましたから(笑)。


星野:できれば見たいですけどね。見て大爆笑したいです。


藤村:あいつがいつ「行け!」って言うか。アタック隊が何回も失敗しているなかで、大泉が「行け!」って全部飲み込んで言う瞬間が見たいですよね。


■現代のマンガの真逆をいく大泉洋の超越的な強さ


ーー2巻収録の「チャンピオンロード」は連載スタート記念で行われた「水曜どうでしょうスペシャル座談会」の際に大泉さんが新たに語ったホラ話が原案ですね。


藤村:「チャンピオンロード」は大泉が座談会の時に言ったことをそのままマンガにしてもらっているので、『北斗の拳』とかいろいろな要素が混ざり合っているんですよね。


星野:はい、どのシーンをオマージュしようかというのは悩みましたね。


藤村:ほかのマンガのシーンを真似するなんて普通できないもんね。でも編集部が持ってきた企画だから、責任は編集部が取れよってできるわけだ。あと『どうでしょう』ファンにはおなじみの「リバース」も出ましたね。魔神がリバースしちゃいました。


星野:藤村さんでリバースさせてしまって申し訳ないです。


藤村:いえいえ(笑)。完全にこのとき大泉は『ドラゴンボール』みたいになっています。


星野:座談会で新しいホラ話をしてくださったとき、ものすごく嬉しくて!! でも「金髪が逆立って、こう!」となった瞬間、こちらはみるみる顔が青ざめていくという……(笑)。


藤村:大泉はそんなことはちっとも気にしてなくて、とりあえずあの場が盛り上がって終わればいいと思ってますよ(笑)。


星野:「チャンピオンロード」をマンガにしているときは「どうだ!言った通りに描いているぞ!」って感じでした(笑)。


藤村:いいですねえ。この企画は最初、バカバカしいところから始まったけど、俺は改めてマンガの強さを知った。いろいろな先生たちが築き上げてきた画力の強さやコマの使い方みたいなものが、星野先生の手にかかると、こんなに面白くなっちゃうんだと。


 俺『鬼滅の刃』とか『僕らのヒーローアカデミア』とかアニメで観たりするんですよ。でも彼らは、このマンガに登場する大泉ほど強くない。どちらの作品も弱いやつが頑張って強くなるという話じゃないですか。それと比べて大泉は全然弱くない。オールマイトだってここまで強くないよ。


ーー大泉さんとオールマイトの戦い、見たいです。


藤村:オールマイトと戦っても大泉は勝ちますよ。絶対勝ちます。でもこれでは話にならないのは星野さんがよくわかっているところで、多少の弱さは欲しい。ストーリーがすぐ終わっちゃうもん。そういうところも含めて、現在の弱いやつがのし上がって、頑張って、努力してというところではない、超越した強さが気持ちよかった。


ーー今のマンガの流行と逆行していますね。


星野:その通りです。逆行している。


藤村:でも彼の根本にあるのはモテたい! という邪心だらけの強さだからね。その辺り、女性からの支持は得られないかもしれないけれど、これくらい強くありたいなというのはあります。それで、必ず大泉に惚れるもんね。いやーこんな男になりたいね(笑)。


星野:マンガなので最後は必ず誰かが横にいてくれたりするんです。ホラ話って旅の間に喋っている、1〜2分の話で、それを鈴井さんや藤村さんが、もっと面白い話を引き出そうとして、ワードを与えたりするじゃないですか。そこで生まれた、ただの会話といえば会話なんですけどね。


藤村:そりゃそうだよ。大泉だってあなた以上に困っているから。まだ膨らませなきゃいけないのかって(笑)。だからこれは全員手詰まりのなかで生み出したものなんだよね。だからどこか超越しないと成り立たない。


星野:僕のなかで、番組で語られているホラ話が至高だという思いがあるんです。だから、それを超越するためには、どうしたらいいんだろうとすごく考えました。


藤村:いやー、星野先生はよくやったなあって全員思ってるよ。でもそれはこのマンガに力があったからですね。いまの子供たちに「オールマイトより強い奴がいるぞ」というのを知って欲しい(笑)。


星野:僕も最近『鬼滅の刃』を見たばっかりなんですけど、とてもおもしろかったんです!! いい意味ですごく普通で、普通のことって大切だなあって。負け惜しみですけどね。


藤村:このマンガには普通のことが一切ないからね。日常というものはもう少し穏やかなんだけど、このマンガは常に荒々しい。いまの少年たちにはこういうものも必要だと思いますよ。


星野:自分自身は楽しんで描けたので、読者の方にも楽しんでもらえたらなと思うんですけどそれに関してはあんまり自信がないんです。


藤村:いやいや、楽しみましたよ! 笑っちゃったもん。常に真面目で笑わそうとしないところが良かった!


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