資本主義ではなく“地球”の限界がやってくる? 『人新世の「資本論」』が2月期月間ベストセラーに

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2021年03月06日 10:01  リアルサウンド

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『人新世の「資本論」』
2月期月間ベストセラー【総合】ランキング(トーハン調べ)

1位『推し、燃ゆ』宇佐見りん 河出書房新社
2位『星ひとみの天星術』星ひとみ 幻冬舎
3位『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン/久山葉子 訳 新潮社
4位『NHK大河ドラマ・ガイド 青天を衝け 前編』大森美香 作/NHKドラマ制作班 監修/NHK出版 編 NHK出版
5位『心淋し川』西條奈加 集英社
6位『2021 J1&J2&J3選手名鑑』サッカーダイジェスト 責任編集 日本スポーツ企画出版社
7位『プロ野球カラー名鑑2021[ポケット版]』 ベースボール・マガジン社
8位『ONE PIECE magazine Vol.11』尾田栄一郎 原作 集英社
9位『現代語訳 論語と算盤』渋沢栄一、守屋淳 翻訳 筑摩書房
10位『人は話し方が9割』永松茂久 すばる舎
11位『本当の自由を手に入れる お金の大学』両@リベ大学長 朝日新聞出版
12位『在宅ひとり死のススメ』上野千鶴子 文藝春秋
13位『元彼の遺言状』新川帆立 宝島社
14位『呪術廻戦 逝く夏と還る秋』芥見下々、北國ばらっど 集英社
15位『ゴールデンパス 絶体絶命の中に開かれる奇跡の道』高橋佳子 三宝出版
16位『人新世の「資本論」』斎藤幸平 集英社
17位『てれびげーむマガジン March 2021』KADOKAWA
18位『呪術廻戦 夜明けのいばら道』芥見下々、北國ばらっど 集英社
19位『秘密の法 人生を変える新しい世界観』大川隆法 幸福の科学出版
20位『半藤一利の昭和史』 文藝春秋


 2021年2月期ベストセラーとして取り上げたいのは、1987年生まれの経済思想家・斎藤幸平『人新世の「資本論」』 (集英社新書)。中央公論社主催の「新書大賞」の大賞を受賞し、発行部数は20万部超。


 この本の主張は、二酸化炭素排出量を減らし、このままだと起こってしまう不可逆な気候変動の脅威を避けるには、巷で言われているようなSDGsやEVシフトなどでは不可能であり、資本主義ではなく著者が「脱成長コミュニズム」と呼ぶ生産様式への移行をするほかなく、そうすることで環境問題だけでなく、エッセンシャルワーカーが低賃金労働を強いられる構造や、長時間労働の是正などが可能になる、というものだ。


集英社新書らしい一冊

 集英社新書と言えば2011年に東日本大震災後に刊行された中沢新一『日本の大転換』や、2014年に刊行された、元証券エコノミストの経済学者・水野和夫による『資本主義の終焉と歴史の危機』、2019年刊行のマルクス・ガブリエルや斎藤幸平らの共著『資本主義の終わりか、人間の終焉か?』もベストセラーになっており、しばしば「資本主義はもう終わり」論でヒットを飛ばす左派レーベルという印象がある。


これまでの「資本主義の終わり」論との決定的な違いとしての「地球の限界」

 もちろん「資本主義の終焉」論は最近始まったわけではなく、問題の指摘とそのオルタナティブの提示は、斎藤氏が研究対象としている19世紀人のマルクスも言っていたし、資本主義が生み出す矛盾や危機が顕在化するたびに浮上してきた議論である。


 ただ今回は労働や貧困の問題が前に出ているのではなく、地球相手の話、自然科学レベルで予測されていることである故にこれまでの何度かの危機とは異なり、妥協・折衷的な改善では済まず、先送りすると生態系がとんでもないことになり、人類全体が大災害に見舞われかねない。


ファクトベースの問題提示と、思考実験として提出される解決策

 従来型の左翼臭がする労働問題ではなく、世界的なホットトピックである気候変動、自然の脅威をファーストイシューに設定している点が、拒否感なく本書が多くのノンポリ読者に受け入れられている理由だろう。


 そして、気候変動を解決する手段として資本主義をやめれば、同時に労働問題や先進国による途上国の搾取なども解決する、という二段構えになっていることによって、従来型のリベラルメディアや知識人にも歓迎されている。


 本の最初の4分の1で、環境経済学などの知見を援用し、数字をベースに気候変動問題を解決するには経済成長の追求をやめることが不可避だと示す点は説得的である。きれいごとの理念に基づく批判ではウザがられやすいという昨今の風潮をよくわかった上で、ファクトで気候変動対策の諸手段を検討し、軒並み「ダメ」だと示していく。


 そのあと唯一の解決策として提示されるのが、これまで研究者にすらほとんど顧みられることのなかった晩年のマルクスの構想に基づく「脱成長コミュニズム」である。


 後半になると序盤の実証重視の議論の運びとは打って変わって、「こうすればこうなるんじゃないか」という思考実験が増えるので、正直言って個人的には面食らってしまった。「今すぐ抜本的に取り組まないと、気候変動対策は間に合わない」と序盤で読者に突きつけておいて、斎藤氏が示す解決策は「水や電力など命に関わるものは市民同士で“コモン”(共有物・共有財産)として共同管理」「必要のない消費や成長を煽るだけのブルシットジョブ(本当はやめても何の問題もないクソみたいな仕事)であるマーケッターやコンサルタント、金融機関の仕事は全部ナシにして、エッセンシャルワーカーにこそお金が回るようにしよう」「株主と経営者が会社を運営するのではなく、労働者同士が話し合いながら仕事を決めるようにしよう」なので「えっと……これを今すぐ人類規模でどうやれば取り組めるのだろう???」と思い、地球の近未来に対して、とても悲観的になってしまった。


 ともあれ、気候変動対策をめぐる議論の整理、「加速主義」をはじめとする近年の現代思想の潮流、日本の左派経済論壇と欧米の左派の動向の違いなどが手際よく整理されており、この論点整理の部分だけとっても非常にコスパの良い新書であり、著者の主張に賛同するしないはさておいても、未読の方には改めて一読をおすすめしたい。


■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。


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  • 化石燃料をもとに人間が活動する上で排出される二酸化炭素が原因で温暖化(気候変動)が起きているという証拠はない。PCCがvery likelyと言っているだけ。
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