炎柱・煉獄杏寿郎が親から受け継いだ生き様――「ダメな父」と「聡明な母」だけでは割り切れない家族のカタチ

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2021年03月06日 14:25  AERA dot.

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写真炎柱・煉獄杏寿郎(画像は「鬼滅の刃」公式Twitterアイコンより)
炎柱・煉獄杏寿郎(画像は「鬼滅の刃」公式Twitterアイコンより)
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が、3月1日までに興行収入381億円を突破した。この映画では、炎柱・煉獄杏寿郎の「家族」にまつわるエピソードが紹介されている。杏寿郎の母は聡明で映画でも重要な役回りだった一方、元炎柱の父については酒浸りのダメ親のように描かれている。だが、物語を丹念に追うと、煉獄家のストーリーはそう単純ではない。ここでは、父・母との関係性が、煉獄杏寿郎の「生き方」にどのような影響を与えたのか改めて考える。【※ネタバレ注意※】 以下の内容には、映画の内容および既刊のコミックスのネタバレが含まれます。

【写真】「上弦の鬼」のなかで最も悲しい過去を持つ鬼はこちら

■炎柱・煉獄杏寿郎の家族

『鬼滅の刃』の劇場版「無限列車編」では、炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)がメインキャラクターとなり、彼の生き様、人格、信念が、観客の心をつかんだ。ファンの多くは、主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)の呼び方にならって、敬意をこめて彼のことを「煉獄さん」と呼ぶ。

 この映画では、代々、炎柱を輩出している名門・煉獄家のエピソードが紹介された。杏寿郎の強靭な心を、その母親である瑠火(るか)との思い出が支えていたこと、弟・千寿郎(せんじゅろう)との兄弟愛も話題となった。しかし、その一方で、杏寿郎が「若き炎柱」として、鬼殺隊の中で躍進することを喜ばない、彼の父親・槇寿郎(しんじゅろう)の言動は観客を困惑させた。この父親にして、なぜ杏寿郎はあそこまで立派な人格者になれたのか。疑問に思った人も多かったのではないだろうか。

■「聡明な母」からの教え

<生まれついて 人よりも多くの才に恵まれた者は その力を 世のため人のために 使わねばなりません>(煉獄瑠火/8巻・第64話「上弦の力・柱の力」)

 自分の死期を悟った母が、「炎柱」の後継になるであろう息子・杏寿郎に、煉獄家の剣士としての誇りを伝えた。母・瑠火は、鬼狩りの一門・炎柱の血統を守り続ける「煉獄家」に嫁いできたわけであるが、煉獄家が果たしている危険な任務の重要性を、彼女自身が十分に理解していたことが、この言葉からわかる。

 わが子に「凶悪な鬼と戦え」と望むことは、母親としての苦悩をはらんでいたことであろう。しかし、それらの思いをすべて抱えて、彼女は愛する息子に、その責務を果たしなさい、と伝える。「悪鬼滅殺」の技を継承し、鬼と戦える者を育てていくことは、『鬼滅の刃』の世界の中で、それほどまでに喫緊な課題だったのだ。

 炎柱・煉獄杏寿郎の清廉な人格、折れない心、強靭な意思は、大好きだった母との思い出によって支えられてきた。

■「立派な炎柱」から「ダメな父親」になった槇寿郎

<情熱のある人だったのに ある日突然 剣士をやめた 突然 あんなにも熱心に俺たちを育ててくれていた人が なぜ>(煉獄杏寿郎/7巻・第55話「無限夢列車」)

 杏寿郎の父・煉獄槇寿郎は、ある時点までは、鬼殺隊を支える「柱」として、その剛腕をふるっていた。そして、その技を息子たちに指南していた。のちに訓練を怠り、酒浸りになるが、それでも現役の鬼殺隊隊士と十分に渡り合えるほどに強い。

 しかし、槇寿郎は妻・瑠火を失ったことから、それ以降、人が変わったようになってしまう。杏寿郎と千寿郎兄弟の、強く優しかった父は、荒々しく気難しい人物へと変化していった。

 過酷な選別試験と、厳しい修行、壮絶な鬼との死闘をくぐり抜け、「柱」になった杏寿郎に、「柱になったから何だ くだらん… どうでもいい」と槇寿郎は冷たい言葉を投げかける。なぜここまで、槇寿郎は息子たちに、つらくあたるようになってしまったのだろうか。

■「父」として、「息子」として

 妻・瑠火の死後、槇寿郎は、家族への愛ゆえに「家族を失うこと」にことさらおびえるようになる。武勇の誉れ高い「煉獄家」の人間である限り、自分は常に最前線で「鬼」と戦い、将来はわが子たちを死地に送り出さなくてはならない。「炎柱」の継承を続ける限りは、そのジレンマから抜け出すことはできない。そのため、槇寿郎は、自らが「炎柱」にふさわしくない振る舞いをすることによって、煉獄家の価値を壊し、剣士としての血統を終わらせようとした。

<どうせ大したものにはなれないんだ お前も俺も>(煉獄槇寿郎/7巻・第55話「無限夢列車」)
<杏寿郎もそうだ 大した才能は無かった 死ぬに決まっているだろう>(煉獄槇寿郎/8巻・第68話「使い手」)

 この槇寿郎の言葉をよく見返してみると、これが、単に息子をおとしめるための発言ではないことがわかる。ここでいう「俺とお前」は、「槇寿郎と杏寿郎」をさし、千寿郎も巻き込んで、「煉獄家」には、そして「炎柱」には、それほど価値はないのだと説いている。「鬼殺の名門・煉獄家」自体の存在意義を揺るがすことによって、息子たちを「煉獄家の縛り」=鬼との戦闘から解放しようとしたと考えられる。

■父母の「思い」と杏寿郎の生き方

 愛する妻を失ったことをきっかけに、煉獄槇寿郎がおのれの誇りを捨て、家名の誉れを捨て、生き方そのものを変えようとする一方で、息子・杏寿郎は、漠然とではあるが、父の真意に気づきかけていた。杏寿郎は、父親が「冷たくなった理由」は、自分たち兄弟を「死なせたくないから」なのではないかと思い至るようになる。しかし、父は、その本心を、結局、杏寿郎が死ぬまで、誰にも伝えることはなかった。槇寿郎の苦悩とは裏腹に、杏寿郎は、限界まで父親の背中を追い続けた。その意思を支えたのは、母の言葉だった。

 瑠火は、夫・槇寿郎が「か弱き人々」のために、その身をささげていることを「誰よりも立派である」と思っていた。だからこそ、息子たちにも、夫のように立派な剣士になるよう教え諭してきた。

「弱き人を助けることは 強く生まれた者の責務です」

 瑠火が息子たちにこんな言葉をのこしたのは、夫への愛ゆえに、であった。瑠火が杏寿郎にこの言葉を告げたのは、杏寿郎が10代前半のころ。回想シーンで、杏寿郎はまだ隊服を着ておらず、当然、鬼殺隊入隊前のことである。

 一方で、父・槇寿郎は炎柱としての任務に邁進している時期だ。この当時の煉獄家の人物で、最前線で戦っていたのは槇寿郎その人である。瑠火が「炎柱」の矜持と辛苦を知ることができたのは、夫の姿を通してのことだった。瑠火が「聡明な母」でありえたのは、やはり槇寿郎の信念が尊いものであったからだろう。

■揺るがない煉獄杏寿郎の「家族への愛」

 杏寿郎は杏寿郎で、母の教えを守り、「柱」としての責務を果たすことが、やがて父を「元の姿」へ戻すきっかけになるのではないかと考えていた。また、彼が「立派な炎柱」であろうとするのは、弟・千寿郎の心を守るためでもあった。杏寿郎は駆け足で大人になり、急いで「柱」になる必要があった。生き急ぐような形で、熾烈な戦闘の中、杏寿郎はその命を落とす。最期まで、父の真意は確信できぬままに……。

 槇寿郎と杏寿郎の会話はいつも一方通行で、互いの気持ちを確認しあうことができなかった。それゆえ、槇寿郎は、息子・杏寿郎が、自分を恨んでいると思い込むようになる。杏寿郎の最期の言葉を伝えにきた炭治郎を拒絶し、「どうせ俺への恨みごとだろう わかりきってる!!」と言い、千寿郎に「杏寿郎の言葉を伝えるな」と怒鳴る。しかし、杏寿郎は、ただの一度も、父親の悪口を言わなかった。杏寿郎がずっと父を大切に思い続けていたことは、杏寿郎の「遺言」でやっと伝わる。

 杏寿郎の死後、槇寿郎は最終決戦に名を連ねる。「私も杏寿郎同様 煉獄家の名に恥じぬよう 命を賭してお守りする」と、かつての炎柱としての姿を取り戻す。杏寿郎を失い、千寿郎が剣士を辞めた今、彼は自分をおとしめる必要などなくなったのだから。

 煉獄杏寿郎の「柱」としての人生は、過酷で寂しいものだった。しかし、彼の信念は父を「元の姿」へ導き、遺された弟の心を守り切った。そして母の言葉を胸に刻みながら、仲間を守り切り、誰も死なせなかった。杏寿郎が守ってきたものは、あまりにも大きく、尊い。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

このニュースに関するつぶやき

  • こいゆう所煉獄ファン達好きなんだろうなあ。
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  • お母さんに「立派にできましたよ」って誉められて微笑むところ、今までの努力が最後に報われたんだなぁと思って、漫画も映画も毎回涙が出る。
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