球団事務所には「呼ばれないでくれ!」。由規が明かす昨季終盤の揺れる思い

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2021年03月06日 17:31  webスポルティーバ

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『特集:東日本大震災から10年。アスリートたちの3.11』
第3回:由規 前編

 昨シーズン限りで楽天を退団した宮城県仙台市出身の由規は、東日本大震災から10年目を迎える2021年を、ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズで迎えることになった。度重なるケガに悩まされ、2度の自由契約を経験した由規に、前編では現役にこだわる理由とNPB復帰に向けた意気込み、後編では大震災が起きた当時のことや胸に抱き続けてきた思いを聞いた。




――1月末の入団会見からしばらく経ちましたが、4月3日の開幕に向けて調整は順調ですか?

「そうですね。徐々にチームの環境に慣れてきて、いい準備ができていると思います」

――埼玉武蔵は、角晃多監督(元ロッテ)の熱のある指導が印象的です。監督の印象はいかがですか?

「『ひとりひとりの選手をよく見ている方』という印象ですね。入団前、監督からは『NPBへの復帰を全力でサポートさせてください』という言葉をいただき、とても熱意を感じました。僕は"拾ってもらった身"でもありますから、結果で恩返しをしていきたいです」

――弟の佐藤貴規さん(元ヤクルト。2015年、2016年に福島ホープスでプレー)も、かつてルートインBCリーグでプレーした経験があります。埼玉武蔵に入団されるにあたり、お話はされましたか?

「BCリーグでプレーすることを決めた時に、貴規には『自分の時間が多くなるから、その使い方を大事にしたほうがいい』とアドバイスをもらいました。『野球のレベルだけじゃなく、NPBとはさまざまな違いもあるけれど、たくさん感じることがあると思う』と言われたことも印象的でしたね」




――由規投手は、2010年に12勝を挙げ、当時日本人最速の161kmも記録。しかし2012年以降は右肩痛などにより、4年ほど戦列を離れることになりました。この時期を、どのような思いで過ごしていましたか?

「まさか、復帰までそんなに時間がかかるとは思いませんでした。しばらくは何をやってもうまくいかないもどかしさがあったんですが、2013年の右肩の手術で『光が見えたような感覚』があって。そこからも長かったですけど、待ってくれたヤクルトにすごく感謝しています」

――2016年7月に復帰を果たし、7月24日中日戦では1786日ぶりに勝利も挙げました。

「もし、この時に勝てていなかったら、野球は諦めていたと思います。苦しみをはるかに超える嬉しさを体感できたからこそ、『体が元気なうちは続けたい』という結論に至り、今シーズンも埼玉武蔵で野球ができる。その環境をもらえたことに感謝し、チームのために頑張りたいです」

――復帰後、2016年は2勝、2017年は3勝。2018年限りで東京ヤクルトとの契約が満了となります。

「2018年はキャンプから調子がよく、久々に開幕からローテーションに入って投げられた。大事な試合を任されることもあり、久々に『試合で投げている』感じがあったんですが......7月に再び右肩痛を発症。『またか』と、気持ちが折れかけたことも正直ありましたね」

――2018年オフはトライアウトを受けず、同年11月に楽天と育成契約を結びましたが、その経緯を教えていただけますか?

「この時期は、ケガの影響で自分からアクションを起こせず、つらかったです。自分で結果を出して何とかすることができない不安が大きかった。病院や整骨院に通ったりしながら、『1日も無駄にできない』という思いで過ごしていました」

――楽天では、自身2度目の育成契約からのスタートでしたが、2019年7月には支配下登録。9月26日に行なわれた西武とのレギュラーシーズン最終戦で登板(1回無失点)もしましたね。

「支配下に登録していただいた時は、『やっとここまでこられた』という思いでしたね。シーズン最終戦での登板には気持ちも入っていましたし、球場の雰囲気に乗せてもらったことを今でも覚えています。結果的に、楽天の一軍で投げた唯一の試合になってしまいましたが、あの舞台に戻れた高揚感、『この試合で終わりたくない』という気持ち、投げられなかった悔しさなど、さまざまな感情が入り混じった忘れられない瞬間でした」

――昨シーズンは、新型コロナウイルスの影響によって、予定よりも3カ月ほど遅れて開幕を迎えました。コンディションや気持ちの変化はありましたか?

「開幕が遅れることは予想していませんでした。その期間もトレーニングをして、体のコンディションに対する心配はありませんでしたが、実践から遠ざかって"試合勘"がなくなっていくのは不安でしたね」

――昨シーズンは一軍での登板はなく、秋には東北楽天から契約満了を伝えられました。

「二軍では投げていても、一軍で貢献できていなかったので、シーズンが終わる11月が近づく頃には、何となく覚悟していました。『(球団事務所に)呼ばれるだろうな』という予感と、『呼ばれないでくれ!』と願う気持ちが両方ありました。でも、契約がどうであっても現役を続けたかったので、(2020年シーズンが終わるまでの)少ない試合数でどうやってアピールするか、と気持ちを切り替えました」。

――その後は、12球団合同トライアウトを受験。本番までどのように過ごしましたか?

「契約満了を言い渡されたあと、『これからどこを目指したらいいのか』『何を、どのように仕上げなきゃいけないのか』と、さまざまなことを考えながら本番を迎えました。緊張感もありましたが、本番では余計なことは考えないようにして挑みました」

――トライアウトを終えられたときの率直な感想を教えてください。

「受験の前とあとでは、心境にかなり違いがありました。外から見ていたトライアウトは『すごく切迫詰まったもの』という印象だったのが、実際に受験してみると、悲観的なものはあまり感じなかった。僕だけじゃなく、参加した選手たちがすべてのプレーを楽しんでいました。もちろん結果を残さないといけない立場ではあるのですが、いい意味で開き直ってプレーができたと思います」

――間もなく、NPB復帰を目指すシーズンが幕を開けます。記者会見では「スタイルチェンジも視野に入れている」とのことでしたが、具体的なイメージはありますか?

「ストレートを生かすために、得意なスライダーを投げ分けたり、新しい球種を覚えたりする必要があると思っています。これまでは球種を増やしても、試合になるとスライダーとストレートに頼りがちだった。でも、野球は日々進歩しているので、それに合わせて自分も投球スタイルを変更する必要がありますし、脱皮していかなければいけないと感じています。

 今年は、地元の宮城だけでなく、日本全体にとっても大切な1年。圧倒的なパフォーマンスで埼玉武蔵や、BCリーグ全体を盛り上げて、たくさんの人に勇気を与えられるよう頑張りたいと思います」

(後編:10年目を迎えた東日本大震災への思い)

■由規(よしのり)
1989年12月5日生まれ。宮城県仙台市出身。投手。仙台育英高から、5球団競合の末に2007年高校生ドラフト1巡目でヤクルト入り。2010年に12勝、日本人最速(当時)の161kmを記録するも度重なるケガに苦しむ。2018年にはヤクルト、2020年には楽天を自由契約になり、今年1月にBCリーグの埼玉武蔵に入団した。

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