由規は10年前に命を奪われた「元女房役」、その家族のためにも投げ続ける

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2021年03月06日 17:31  webスポルティーバ

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『特集:東日本大震災から10年。アスリートたちの3.11』
第4回:由規(後編) 前編から読む>>

 東日本大震災から10年。宮城県仙台市出身の佐藤由規は、ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズで新たなシーズンを迎える。

 仙台育英高校のエースとしてチームを甲子園に導き、唐川侑己(千葉ロッテ)、中田翔(北海道日本ハム)らと共に「高校ビッグ3」と言われ、2007年にドラフト1位で東京ヤクルトに入団。プロ入り3年目の2010年に12勝を挙げ、「これから」という翌年に震災を経験した。埼玉で再起をはかる由規が、当時の状況や、胸に抱き続けてきた思いを振り返った。




――東日本大震災が起こる前年の2010年、由規投手は12勝9敗をマークするなど飛躍のシーズンを過ごされていました。

「シーズン中はあまりよくなっている感じはなかったのですが、結果を残せたことで自信もつきましたし、『(プロ野球で)生きていくには、こうすればいいんだ』という感覚が掴めてきた年でもありました。この時の感覚や培った技術は、今でも大事にしています」

――同年には、当時の日本人最速記録となる161キロも記録されましたね。

「当時は『まだまだ球速は伸びる』という自信や、試合で投げれば投げるほどよくなっていく感覚がありましたね。もう一段階レベルを上げるため、この年のシーズンオフからは、カットボールやツーシームといった新たな球種に挑戦することになりました。キャンプに関しては、開幕に向けていい滑り出しが切れたと思います」

――2011年は無事に春季キャンプを終えてオープン戦を迎えるも、3月11日に東日本大震災が起こります。その日は、横浜スタジアムでの試合があったようですね。

「この日、投げる予定がなかった僕は、スタジアムのベンチ裏で待機していました。地震を知った時は、もうパニックでしたよ。現地の映像は球場のモニターで見たんですが、『震源地は三陸沖だ!』というチームメートの言葉に胸が詰まりました。画面越しに、馴染みがある場所のこれまでとは違う光景を目にした時には、ただ信じられなくて言葉が出ませんでした。家族とも連絡が取れなかったですし、『野球をしている場合じゃない』という気持ちにもなりました」

――地元に帰ることができたのはいつ頃ですか?

「幸い、家族とはすぐに連絡が取れたんですけど、なかなか仙台に帰ることができず、初めて帰ったのは交流戦が行なわれた6月頃でした。同年の夏には被害が酷かった海沿いのエリアにも足を運んでみたのですが、まったく何もない状態で......。津波の恐ろしさを思い知らされ、愕然としたことを今でも覚えています」

――そのシーズンは7勝をマーク。オールスターゲームにも、ファン投票1位で選出され、仙台で行なわれた第3戦では先発しました。

「オールスターに選ばれることはなかなかないですし、ましてやファン投票で選んでもらえたのは本当に嬉しかった。地元の仙台で、これ以上ない状況で出場させていただけました。その前にケガをして実戦から離れていたこともあり、緊張感がありましたね」

――由規投手にとって、2011年はどのようなシーズンでしたか?

「震災もありましたが、この年のヤクルトは9月頃まで2位の中日に大差をつけて首位を走っていたのに、優勝を逃しているんです。僕が再びケガで離脱したのも9月だったので、『大事な時に......』と責任を感じました。調子はよかっただけに、すごく悔やまれるというシーズンでした」

――その2011年から10年。復興した街並みを見て、感じることはありますか?

「それは難しくて、『よくなった』と言うのも違う。新しい施設ができたりもしていますが、昔あったものが元に戻るわけではないので。なかなか言葉にできない感情ですが、『何年経っても風化させてはいけない』ということは、毎年この日が来るたびに思っています」

――震災では、仙台育英高校でバッテリーを組んでいた先輩の斎藤泉さん(享年22歳)も命を落とされました。ウイニングボールを霊前に供えたとのことですが、10年経った今も、斎藤さん家族との交流は続いているのですか?

「(斎藤さんの)お父さんをはじめ、今でもご家族のみなさんと会っています。特にお父さんは、すごく僕のことを気にかけてくれて、僕がまだ野球を続けることを喜んでくれています。それを知って、『野球をしている姿を見せたい』という思いが強くなりました」

――由規さんはこの10年間、どのような思いでプレーしてきましたか?

「個人的にも、キャリアに関わる大きなケガをしてからも10年。これまで『地元のために』という気持ちでプレーはしていましたが、その反面、『実際は何ができたのか?』というもどかしさを感じることも多かった。どれだけの人に見てもらえるかはわかりませんが、『何とか東北にいいニュース届けたい。野球を続けてさえいれば、それができるはず』という思いを大切にしながら、今年もプレーします」

■由規(よしのり)
1989年12月5日生まれ。宮城県仙台市出身。投手。仙台育英高から、5球団競合の末に2007年高校生ドラフト1巡目でヤクルト入り。2010年に12勝、日本人最速(当時)の161kmを記録するも度重なるケガに苦しむ。2018年にはヤクルト、2020年には楽天を自由契約になり、今年1月にBCリーグの埼玉武蔵に入団した。

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  • タイプ的には小松辰雄さんみたいな印象を受けた。小松さんの方がスケールは大きいと思った、最速記録した当時の球は素人目にも力強さを感じた
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