「逝き方」を自己プロデュース 最期を語らう「人生会議」で理想の終活

2

2021年03月07日 17:00  AERA dot.

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

写真エンドオブライフ・ケア協会で「ACPiece」研修会をオンライン開催したときの様子。4月に6周年イベントがある(同協会提供)
エンドオブライフ・ケア協会で「ACPiece」研修会をオンライン開催したときの様子。4月に6周年イベントがある(同協会提供)
 新型コロナウイルス感染拡大によって、限りある命の大切さを改めて意識した方も多いのではないか。こんなときだからこそ、人生の最期の時期についての思いを聞き、かなえるためのプロセス「人生会議」について考えてみたい。自分が思い描く人生を生ききるために──。医療ジャーナリストの福原麻希氏が事例をもとに解説する。

【写真】「みんなの保健室」での雑談は、のちの人生会議の言葉のかけらになる

*  *  *
 娘家族と同居する90代の女性は「もう、いつお迎えが来てもいいのよ」と口癖のように話す。ところが新型コロナウイルスの感染拡大が長引くにつれて、「新型コロナでは死にたくない」と言うようになった。

 食事中、ふとしたことで娘は女性のささやかな希望に気づく。それは「家族の手を握りしめながら、最期のお別れをすること」。だから、感染の状況次第では見舞いができない「新型コロナでは逝けない」わけだ。

 娘は「えっ、お母さん、そんなことを思っていたんだ」と驚いた。いまでは、その時が来たら、母親の希望だけはかなえようと心に決めている。

 こんな日常生活での気付きも含めて、「人生の最期の時期について、本人の思い(意思)を聞き、かなえるためのプロセス」は、医療や介護の現場で「アドバンス・ケア・プランニング」(Advance Care Planning=ACP)と呼ばれている。厚生労働省が2018年、「人生会議」と愛称を決めた。積極的に取り組む行政なども増え、広がりを見せている。

 人生会議(ACP)とは、あらかじめ、家族、友人、医療者、介護関連職に、自分の人生の目標や「こういうことをしたい」という希望、価値観(人生観や死生観、大切にしたいこと、譲れないことなど)、気がかりなことを伝えておくこと。

 そして、それらの情報をもとに、いざというとき、「どんな治療やケアを選ぶか」「療養場所をどこにするか」を決めるだけでなく、「最期の時期をどう過ごしたいか」「どのように生きていきたいか」を考え、実現していくことだ。

 介護現場での人生会議について、愛知県の介護事業所Old‐Rookie 快護相談所和び咲びの副所長で、介護支援専門員(ケアマネジャー)の大城京子さんは、こんなエピソードを紹介してくれた。

 70代女性は肺がんの治療を受けていたなか、脳卒中を起こして、すぐ入院に。治療を受けたが、手足にまひが残り、一時寝たきりになった。

 療養場所は自宅を選んだため、退院して在宅医療へ。訪問診療、訪問看護、訪問リハビリテーションを受けることになった。同居の長女が介護をするほか、週2日、訪問入浴サービスを利用した。女性の生活や療養を支えるチームができた。

 チームのメンバーは、日々の暮らしの中で、女性の人生会議に関する情報を共有ノートに書き込んだ。例えば、長女は「母は食べることが好き」とメモした。理学療法士は、女性から「リハビリテーションをするとき、ジャズを聴きながらやりたい」と聞いたので、ノートに書いた。

 3カ月後、女性は車椅子に座れるようになった。家族も「一緒に食卓を囲める」と喜んだ。ノートには「目標は自分の足で歩けるようになること」「孫の成人式が見たい」「もしものときは病院でなく、家で最期を迎えたい」など女性の気持ちが書きとめられた。

「日常の何げない会話には、思いのかけらがちりばめられています。家族やチームのメンバーはそれらを丁寧に拾い上げ、持ち寄ってパズルのようにつなげます。そうすると、その方のお気持ち、ご意思が見えてくるものです」(大城さん)

 そして、本人を取り囲む人々がそれを知っておくことには、重要な価値があるという。理由は、「命の危険が迫ったとき、約7割の人は医療やケアを自分で決めたり、希望を伝えたりすることができなくなる」(厚労省)からだ。その場合、本人に代わって、周囲がいろいろなことを決めなければならない。

 だが、本人の気持ちや意思を確認しないまま医療やケアの選択をした場合は、家族も医療者や介護者も「本当にそれでよかったのか」と何度も思いを巡らせることになりやすい。厚労省が18年に発表した国民の意識調査(*1)の中でも「大切な人の死に対する心残り」について、約4割が「ある」と回答した。

 めぐみ在宅クリニック(横浜市)院長で、一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会(*2)代表理事の小澤竹俊医師は、こうアドバイスする。

「特に、人生の最期の時期をどうするかについては、周囲がどれだけ情報を集めて選んでも後悔するものです。でも、みんなで悩み、みんなで決めた選択は、どれを選んでも後悔が少なくなりやすい。人生会議には、そういう効果があります」

 大城さんも助言する。

「たいていのご家族は看取りの経験がないため、病状の悪化に不安や恐怖を感じます。その状況で患者さんの治療や療養場所などの選択を迫られ、短時間で決めなければなりません。一方、人生会議を経ていれば、『この人は、こう考える』と推測できるだけでなく、周囲と不安や恐怖を共有することもできます」

 つまり、人生会議とは人生の最期の時期というもっとも大切な日常生活に、本人の希望や尊厳を組み込む終活だ。

 人生会議は、どのように進めていけばいいか。

 国立長寿医療研究センター病院緩和ケア診療部の西川満則医師は「人生会議は四つのステップで考えるといいですよ」と言う。西川医師と前出の大城さんはACPの普及啓発に力を入れて「ACPiece」研修会を重ねている。

 (1)意思形成=人生の中で自分にとって大切なこと、譲れないこと、こうしたい、こうしてほしいという希望など、頭の中でモヤモヤ感じていることを言葉にする。

 (2)意思表明=(1)を誰かに伝えること。書きとめておくのもよい。

 この意思表明について、社会では「人工呼吸器や胃ろうなどの延命治療を受けたいか」など医療についての希望を伝えることに限定した誤解が広がっている。それはほんの一部に過ぎない。

 実は、人生会議の議論は、当初、「死期が間近に迫った患者の生命を維持する治療(人工呼吸器や胃ろうなど)を続けるか、中止するかを、どのように決めればいいか」から始まった。患者本人の意思や尊厳、権利を擁護するためだ。

 だが、あらかじめ、どんな医療を受けるかを選択しても、実際にはそれが医療の場面に適さないことが往々にして起きた。救命に必要な人工呼吸器の装着や治療効果を上げる目的の一時的な胃ろうの設置を医師が勧めても、「本人は嫌だと言っていました」と家族から拒まれることがある。

 本人が意識を失いかけているようなときに家族がそれを冷静に判断することは容易ではない。

 そこで、人生会議では、どんな場面でも適応できるように「その人の価値観」を聞いておくことに変更された。

 人生会議の四つのステップの後半は「意思決定」と「意思実現」だ。

 (3)意思決定=最期を迎えるときの場所やどんな治療やケアを選べばいいかを本人が決めること。あるいは、意識がなくなったときは、周囲が代理で決めること。

 このとき、前出の小澤医師はこう注意する。

「社会では『一度、意思を決めて伝えたら変えられない』と誤解されています。人間の気持ちはファジーで、いくらでも変わりうるものです。だから、人生会議で大切なことは『1回で決めない、一人で決めない、医療者の言いなりにならない』、これが大切です」

 最後の(4)意思実現は、家族、医療者、介護関連職などが本人の意思を遂行すること。

 本人の希望がかなうかどうかは、そのときの地域医療の状況、家族の介護力や気持ち、介護サービスをどのくらい使えるかの経済力などに左右される。それでも、誰にも何も話していない状況よりは、人生会議をしておいたほうがいい。最期まで自分の人生を作り上げられ、医療者や介護スタッフも希望に寄り添うことができるからだ。

 以前は「終末期」と呼ばれていたが、厚労省はこの時期を「人生の最終段階」と変更し、18年、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の改訂版を発表した。人生会議はそのメインの取り組みで、地域で実践していくために14年度から医療職や介護関連職への研修を続けるとともに、近年は市民への普及啓発へも力を入れている。

 病院や自宅で医療や介護を受ける場面になったら必要とされて始まったが、いまでは、その前の日常生活から準備していこうと取り組む。

 福井県では、福井駅前の新栄商店街に「みんなの保健室」と呼ばれる集いの場がある。13年から商店街の空き店舗の一つを使わせてもらい、気軽に立ち寄って何でも相談できるようにした。この地域で在宅医療を提供するオレンジホームケアクリニック理事長の紅谷浩之医師の発案だった。

 紅谷医師は、厚労省の人生会議に関する数々の検討会の委員。同クリニックの看護師や社会福祉士、引退した看護師らがボランティアで体のことだけでなく、こころや暮らしの悩みを聞く。老若男女問わず、年間のべ約300人の利用者がふらりと訪れる。

 この場所で、大学生が高齢者にスマホの使い方を教えたり、子ども食堂に大人も集まってきたりする。雑談を重ねることで、お互いの人となりがわかり、深い話をしてみようという気持ちにもなるという。東京・新宿に開設されている「暮らしの保健室」(秋山正子代表)を参考につくった。

「本人たちは人生会議をしているとは思っていないでしょう。でも3年、5年後に、その雑談で聞いた言葉が療養の支えになります」(紅谷医師)

 ちょっとした病状の変化であたふたしたり、切羽詰まって自分の人生とはおよそ合わない選択をしそうになったりするとき、「地域に自分のことを知る人がいれば、『それは、あなたらしくない』と待ったをかけてくれる。3年会っていない子供たちより、近所のおばちゃんのほうが関係性は深まります」と紅谷医師は笑いながら言う。

 また、人生会議は、登場人物が多いほうが多面的で深層的になる。この取り組みが功を奏して、紅谷医師は住宅街などにも「みんなの保健室」をつくった。

 終活とは、自分と向き合う作業の積み重ねで、人生会議は残りの時間をより豊かに過ごすためのきっかけとなる。(医療ジャーナリスト・福原麻希)

*1:「人生の最終段階における医療に関する意識調査」(厚生労働省、2018年)
*2:エンドオブライフ・ケア協会…解決が難しい心の苦しみを抱えた人が、困難と向き合うときの力を強めるため、および、そのような人をサポートする人のための研修組織

※週刊朝日  2021年3月12日号

このニュースに関するつぶやき

  • 拳を突き上げ『我が人生に一片の悔いなしexclamation ��2』が理想�㤭�Ф��ʥͥ����㤭�Ф��ʥͥ����㤭�Ф��ʥͥ���
    • イイネ!0
    • コメント 0件
  • 国立安楽死センターを作れば全て解決する。死にたい人は基本的に全員認めて安楽死処理。まぁ、俺なんて身寄りもないし悲しむ奴もおらんし、もう今すぐにでも楽に逝きたい。
    • イイネ!2
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(2件)

前日のランキングへ

ニュース設定