極限状態の中で描きたかった「希望」 新聞記者が見た東日本大震災

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2021年03月09日 08:05  AERA dot.

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写真『災害特派員』に掲載された一枚。半壊した施設の前で写真撮影に応じる、フリースクール「創る村」の入居者とスタッフ。主宰者の飴屋善敏はシャッターを切る瞬間、「こういう時こそ笑うんだぞー」と背後を振り向き大声で叫んだ
『災害特派員』に掲載された一枚。半壊した施設の前で写真撮影に応じる、フリースクール「創る村」の入居者とスタッフ。主宰者の飴屋善敏はシャッターを切る瞬間、「こういう時こそ笑うんだぞー」と背後を振り向き大声で叫んだ
 東日本大震災の発生から10年を迎える。あの日、最前線の現場では何が起きていたのか。震災直後から約1年間、津波被災地の宮城県南三陸町に駐在し、目にした惨状や絶望の中を生き抜く人々の気高さを描いた『災害特派員』を2月に出版した朝日新聞記者でルポライターの三浦英之氏と、震災直後の日本製紙石巻工場(宮城県)の奮闘を描いた『紙つなげ』を刊行し、在宅介護を通じて命の終わり方にどう向き合うのかを投げかけた『エンド・オブ・ライフ』で昨年、Yahoo!ニュース|本屋大賞2020ノンフィクション本大賞を受賞した佐々涼子氏が、作品には記せなかった「取材者の本音」について語り合った。

*  *  *
佐々:今回、三浦さんは10年を掛けて『災害特派員』をお書きになったわけですが、実際に読んでみて「これは相当な覚悟があって書いたんじゃないか」と思いました。遺体や被災の状態もかなり克明に出てきますし、精神的にも負担のかかるお仕事ではなかったかと。

三浦:そうですね。今回の『災害特派員』は書き上げるのに9年もかかってしまったというのが実情です。使命感というよりは、どうしても書き残しておきたいという思いが強くて。当時の最前線の情景にしても、震災の直後に海辺に行くと、ガードレールがグニャグニャと飴のようによじ曲げられていて、そこにたくさんの遺体がはりついていたりする。遺体はどれも激しく損壊していて……。津波に巻き込まれると、巨大な洗濯機の中に放り込まれたようになり、車や木などと激しくぶつかって手や頭が取れてしまうようなのです。震災直後の情景を描くと言うことは、それらの光景を一つ一つ思い出し、再認識した上で文字にしないといけないので、精神的には相当にタフな行為だったと言えるかもしれません。

佐々:冒頭から衝撃的でした。目を覆いたくなるような光景ですね。

三浦:現場にいるとですね、においでなんとなく「あっ、あそこに遺体があるな」というのがわかるんです。でも、津波の現場には軽自動車なんかがグチャグチャに壊れて転がっているんですよね。その中に閉じ込められている遺体というのはにおいがしないので、感知ができない。ふっと視点を振った時にバンと視界に飛び込んで来たりするんです。そういうのが一番、精神の随を傷つけるものでした。

佐々:あの頃、多くの人があまりの衝撃に言葉を失いました。それでも記者は現場に入っていって、なんとか記事にしなくてはならない。過酷ですね。

三浦:そんな極限の被災地の中で、僕はずっと「家族とは何か」を描きたかった。それは『エンド・オブ・ライフ』にもつながるテーマなのかもしれないですけど、津波で全部流された時に、たぶん一番大事なものが残るんです。それが、多くの人の場合、家族だった。僕はそれを描きたかった。家族を失った時に、人はどうやって生きるのか。どうやって立ち直ろうとするのか。あるいは忘れないでいようと思うのか。あるいは忘れられないのか。

佐々:さまざまなご家族が描かれています。

三浦:津波で最初に入った被災地で、泥の中に若いお母さんが地べたに座り込んでいる光景に遭遇しました。お母さんに「どうしたんですか」と言ったら、「ここで娘が亡くなった」と。さらに聞くと「私にできたのは、いつものとおり膝の上に娘を乗せて、歯を磨いている時によくやるように、口の中から泥をかき出してあげることだけでした」というようなことを言った。二世帯とか三世帯が一緒に暮らしている家族が多い地域で、つまりほとんどの人が死者を抱えているような町だったです。避難所に行っても、おにぎりを握ってくれている人も、両親を亡くしていたり、娘さんを亡くしていたりする。でも、みんな誰かを亡くしているのだから、お互いに支えあっていかないといけない。そこには戦後の復興期みたいな、「もう前に行くしかないんだ」みたいな、「あなたも家族を亡くしたけれど、みんな同じなんだよ」というような雰囲気があった。すごい絶望で悲しいんだけど、前を向かなきゃ生きていけないといったような空気感。それが町全体を覆っていた。

佐々:一方で、『災害特派員』にはかすかな希望も描かれていますよね。本の中では津波で夫を失った女性の出産に三浦さんが立ち会うというシーンが出てきますが、あれは読んでいて驚きました。よく取材できましたね。よほどの信頼関係がないと立ち会わせてもらえないのではないでしょうか。ある警察官のお宅では三浦さんが親子のようにして鍋をつついている場面も出てきますし、どこの家にも家族のように入っていける不思議な人だなと。でも、そういう関係だと今度は距離を取るのが難しくなってくる。「本当に書いていいのだろうか」という気持ちも出てくるでしょう? 私はすごく三浦さんの取材スタイルが気になりました。

三浦:出産に立ち合わせていただいた女性は、震災の6日前に結婚式を挙げたばかりだったんです。津波で新郎の夫が亡くなってしまって、でもその時にはお腹の中に赤ちゃんがいて、震災の数カ月後に出産を迎えた。僕は震災直後からその女性の取材をずっと続けていて、どうしても今被災地で起きている現実を伝えたくて、ある日、思いきってお願いしてみたんです。「すいません、出産直後の風景を取材させていただけませんか」と。

佐々:その時の反応はどうだったんですか?

三浦:「えーっ? マジですか?」って感じです。

佐々:やっぱりそうですよね(笑)。

三浦:僕は男性だし、身内でもないし。でも、真剣に向き合って「出産の瞬間は恥ずかしいと思うのでカメラは向けませんけど、生まれた15秒後ぐらいの写真を撮りたいんです」と正直に申し出たんです。相手の女性は「えーっ? マジですか?」と驚いていたけれど、その時、周りには女性の実母や津波で亡くなった新郎の母親なんかもいて、みんなが「三浦さんが撮りたいって言っているんだから、あんた、撮らせてあげなさいよ」って言ってくれたんです。もう、取材を通じてみんなが家族みたいになってしまっているので。すると女性も「わかりました……。でも一つだけお願いがあります。どうか綺麗に撮ってください」と。

佐々:一生残りますものね。記憶として頭に残っているものが、実は写真の中の光景だったということもあります。取材する側としても、「よし、いい画を撮ろう」といろいろ構想を練るところでしょう。

三浦:やっぱり取材で聞いた話は、どうしても思い出だからみんな美しくなっちゃうんですよね。でもリアルは違う。そこがノンフィクションの凄みです。実際に分娩室の前にいると、やっぱり想定していなかったことが次々と起こる。お母さんが「アーッ、ウーッ」と痛がっている声まではもちろん想像できるんですけど、看護師さんが「静かにしなさいっ!」とか「あんた、そんなんで母親になるつもりなの!」とかすごく怖い声で怒鳴っているんですよ。その声を聞いて女性の実母と亡くなった新郎の母親が「結構、看護師さん怖いね」「私の時より怖いわ」とか言ってクスクス笑い合っている。生まれた瞬間、赤ちゃんの泣き声が産院に響き渡ったのですが、2人のおばあちゃんは僕に向かって「えっ? 産まれたの? 産まれたの?」って聞くんですよ。わかるわけないじゃないですか、僕は横で一緒に座っているんだし、産んだこともないし。

佐々:みなさんの慌てぶりは確かにリアルです(笑)。

三浦:「わからないです」と言ったら、「そんなことどうでもいいから」って2人は勝手に分娩室の中に入って行っちゃう。僕は事前に「お2人が分娩室に入ってくるシーンを撮りたいので、まずは僕を分娩室に入れてください。その後、ゆっくり入ってきてください」と打ち合わせをしていたのに、そんなのもう全部無視です。僕が2人に続いて分娩室に入ると、「おばあちゃん」になった2人はもう赤ちゃんを代わる代わる抱っこして「可愛い、可愛い」のオンパレードです。僕が「写真を撮らせてください」とお願いしても、2人は赤ちゃんに夢中で暗い室内でユサユサ動くから写真がうまく撮れないんです。打ち合わせと全然違う。

佐々:わかるなあ。フィクションではなかなか考えつかないですよね。『紙つなげ!』では、解体の決まった家に向かって家族全員で頭を下げるシーンがあって、それは書き手の私にも、思いもよらない光景でした。人間のさりげない動作の中に、その人が一番大事にしているものがあらわになる瞬間がある。その人のすべてを知っているわけではないので完璧に記述するのは不可能ですが、ふとしたところで漏らす言葉や、その人の大事にしている持ち物ひとつがその人の生きざまを語ることがあります。それは、やっぱりノンフィクションの中でとても大事なことのような気がします。

三浦:そうなんです。で、その後、出産を終えた女性の方を振り向いたら、そこには信じられない光景があって。出産でくたくたになった女性の頭の両脇には、津波で亡くなった夫の位牌と遺影が置かれていた。それを見たとき、僕は「シャッターを押していいのかな」と悩んだ。でもそれこそがリアルなんです。2人のおばあちゃんたちが赤ちゃんを抱いてワッショイワッショイやっている近くで、子どもを産み落とした女性が亡くなった夫の位牌と遺影に挟まれて目を閉じている。そんな風景を撮影していると、不思議と涙が出てくるんですよね。「生」と「死」の境目のようなものを感じて。赤ちゃんはもうアイドル級にかわいくて、生まれた瞬間から目がとっても大きくて、しかもしっかりと見開いて笑っているんです。普通、赤ちゃんがギャーッと泣いていて、みんながワーッと笑っているのが出産のシーンじゃないですか。でも、それが全然逆なんです。看護師らがボロボロ泣いている。おばあちゃんもボロボロボロボロ泣いている。赤ちゃんだけが笑っているんですよ。

佐々:『災害特派員』の中に収録された写真はどれも胸を打ちますが、この写真もいい。愛する人を失って生きていくのはつらくて、苦しい。それでも人生は素晴らしいと思わせてくれる。

三浦:数万人が亡くなった絶望的な闇の中に、そういう「光」が差し込むシーンも確かにあった。そんな「語られることのないリアル」を、僕は『災害特派員』を世に出すことによって、しっかりと後世に伝えたかったんです。

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