朝ドラ『おちょやん』倉悠貴演じるヨシヲは腐りきったヤクザ? 「弟」の名を隠し続けた浪花千栄子の意思

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2021年03月13日 20:12  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

現在放送中のNHK連続テレビ小説『おちょやん』。ヒロインの実父を演じるトータス松本がなにかとネット上で叩かれ、朝ドラ史上“最悪の父親”となりつつある一方で、ヒロインを支えるキャラクターたちの芝居に魅せられる人も増えているよう。そんな登場人物について、『あたらしい「源氏物語」の教科書』(イースト・プレス)などの著作を持つ歴史エッセイストの堀江宏樹氏が歴史背景からひもとく!

 NHK連続テレビ小説『おちょやん』の第12週「たった一人の弟なんや」。かなりびっくりさせられる内容となっていましたよね。

 ヒロイン・竹井千代(杉咲花さん)と弟・ヨシヲ(倉悠貴さん)が久しぶりの再会を遂げるのですが、ヨシヲは相当な外道に成り下がっていたのです。なにより、金のためなら悪事をしても平気という腐りきった男になっているのは、困ったことでした。

 「神戸の会社に勤めている」と語るヨシヲの言葉に、千代は喜びます。しかし、ヨシヲの言葉は全てウソ。実際の彼はヤクザの下っ端で、その頃の道頓堀で恐れられていた放火犯の一人でした。そう知った時の千代の落胆は、見ているだけでもつらいものがありました……。

 ご存じのように、竹井千代のモデルは、昭和時代の大阪で活躍したコメディ女優・浪花千栄子さんです。浪花さんにも生き別れになった弟はいるのですが、自伝『水のように』(朝日新聞出版)に弟の名前は出てきませんし、彼の「その後」に触れた部分も出てきません。

 しかし、浪花さんが後に養女として迎える女性の父親が、この弟なんですね。浪花さんは、何か不都合がある人の実名を世間に公表していません。『水のように』では、父親の本名(ドラマではテルヲ)は出されていませんが、後に公開したようです。それでも、父親が浪花さんの継母として迎えた女性(ドラマでは栗子)の名前と、浪花さんの弟の名前は公開されないままで、伏せられているのでした。

 「一般人だから公開しなかった」というわけではなく、何らかの意思があって秘められている=何らかの不都合があった、と考えるほうが自然でしょう。ドラマのように実物もヤクザものになっていたかは不明ですが、浪花さんが弟の情報を公開したくなかったことは「事実」なんですね。

 さて、ヨシヲがヤクザものであると一瞬にして証明してみせた、一平(成田凌さん)の「水かけ」にはびっくりしましたが、「なるほどね」と思った読者の方も多かろうと思います。水で濡れたシャツからイレズミが透けて見え、それと伝えていたわけですが、歴史エッセイストである筆者は、「本当にあの時代、イレズミはヤクザのシンボルだったのか?」という疑問が湧いてきたので、ちょっと調べてみました。

 「鶴亀家庭劇」のモデルである「松竹家庭劇」が、大阪・道頓堀に誕生したのは昭和3(1928)年の話。昭和初期、「イレズミ=ヤクザ」という公式化された意味は、現代ほど強くはなかったかもしれません。ドラマが史実を反映する必要はないのですが、念のため。

 鮮やかなイレズミの技術が完成したのは、江戸時代以降の話です。ちなみに江戸当時、イレズミ=ヤクザものという公式はまったく存在しませんでした。意外かもしれませんが当時、イレズミは下着の代わりでもありましたからね。

 衣服が非常に高価だったのが江戸時代ですから、水で衣服が濡れる漁師や、汗で着物を汚しがちな飛脚などは、フンドシ一丁で仕事をしていました。「裸を見せるのが恥ずかしいなら、イレズミでも入れればいいじゃない」的な発想で、裸の仕事が多い職業の人ほど、立派なイレズミが入っているケースが多かったようです。

 あとは職人さんなど、「この道一本でオレは食っていくんだ!」という意地を示したい場合ですね。そこから転じて、「○○命」的に好きな異性の名前を腕に彫り込むケースが、男女ともにありました。

 逆に、江戸時代の武士たちはイレズミを入れることを嫌いました。「この桜吹雪に見覚えがねぇとは言わせねえぜ!」と裁きの場で、もろ肌脱ぎになる時代劇の『遠山の金さん』は有名ですが、そのモデルである奉行の遠山金四郎景元は、むしろ「夏でも絶対に肌を見せたがらない人」として有名で、それが「イレズミが入ってるから、それを隠したいんじゃない?」といううわさを生んだ「だけ」なのです。

 また、正義のアウトローとして生きる「任侠」の人たちは、イレズミをむしろ喜んで入れたりするわけですが、悪事中心の「ヤクザ」になればなるほど、イレズミは嫌ったといいますね。そもそも「イレズミ=犯罪がバレて捕まったバカ者」という発想も根強いからでしょう。

 享保5年(1720)年からは、刑罰としてのイレズミが大々的に登場し、それを「黥刑(げいけい)」などと呼びました。カラフルなものではなく、黒一色のイレズミなのが特徴です。

 地方によってはそれ以前から、「こいつは前科者です」と知らせるようなイレズミを入れられる「入墨刑(にゅうぼくけい)」が行われており、日本全国でさまざまなバリエーションがありました。しかも、腕に二本線を入れられるどころか、地方によっては額に「犬」の文字とか「×」などの記号の形の墨を入れられてしまう場合も多々ありました。

 江戸時代には、実は犯罪者以外にイレズミを入れることを禁止する法令が何回も出されていました。明治維新後の明治5(1872)年、イレズミを入れること、また刺青師の客になることの両方を明治政府は禁止しています。

 ところが、この頃から「日本のイレズミきれいですネー」と海外からのイレズミ希望客が日本に殺到し、その中にはなんとイギリスやロシアのロイヤルファミリーの男性まで含まれていたのは有名な話……。そう、日本人には禁止しても、外国人は対象外だったわけですよ。

 ということで、ヤクザものが好んでイレズミを入れるようになったのは、そういう「イレズミ禁止法」が有名無実化していく明治の末とか、それ以降だと考えるのが一般的なのです。

 大きなイレズミが入っていた千代の弟・ヨシヲですが、ヤクザものたちが、仲間意識を高めるべく入れだしたという話が昭和頃から出てきます。ちなみに鮮やかな大きなイレズミは高くつくので(現在でも大きな模様を背中にいれようとしたら、高級車一台分というのが相場)、親分さんが金を負担してやるというケースもよくありました。ヨシヲも、彫り物のお金を親分さんに出してもらっていたのかもしれません。

 ただ、昭和初期において「イレズミ=ヤクザもの」と言い切れるかというと、必ずしもそうではなかったようです。江戸時代に引き続き、職人さんにもイレズミ人口が多かったですからね。

 ドラマでは千代の必死の引き止めにも応じず、彼女のもとを去っていったヨシヲですが、今後も登場はあるかと思います。冒頭でもお話したとおり、千代のモデルである浪花さんが、弟の娘を養女として迎え入れ、家を継がせているからです。つまり、弟とは何らかの関係が続いていったということでしょう。

 ヨシヲには更生を期待したいですよね。今のままでは悲しすぎます。なによりヨシヲの騒ぎに乗じて、いつのまにか仲良くなりすぎている一平と千代についてもいろいろと気がかりですが、ついに一平の二代目・天海天海襲名披露の席で結婚してしまいました。

 これからどうなっていくのか楽しみでもあり、怖くもあり……ウォッチを続けていきましょう。

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