雅子さま、東北に心寄せ続けコロナ禍でも復興を後押し「ゼロ距離」ご訪問の奮励

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2021年03月19日 06:00  週刊女性PRIME

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写真『東日本大震災十周年追悼式』の会場である『国立劇場』に到着された両陛下(2021年3月11日)
『東日本大震災十周年追悼式』の会場である『国立劇場』に到着された両陛下(2021年3月11日)

「私も皇后とともに、被災地を訪れてきましたが、関係者の努力と地域の人々の協力により、復興が進んできたことを感じています」

 東日本大震災から10年が経過した3月11日、天皇・皇后両陛下は『東日本大震災十周年追悼式』に臨まれた。陛下は冒頭のように改めて哀悼の意を示された。

「昨年は新型コロナウイルスの影響を受けて中止になったため、令和初めての追悼式でした。陛下がおことばを述べられた約6分間、隣に立たれた雅子さまは姿勢を崩されることなく終始、落ち着いたご様子でした」(皇室担当記者)

 皇室を長年取材するジャーナリストで文化学園大学客員教授の渡邉みどりさんは、当日の雅子さまの服装をこう解説する。

「お召しになっていた真珠のイヤリング、ネックレス、ブローチの3点は、美智子さまをお手本にされたものでしょう。黒い帽子にグレーのスーツは“準正装”といえます。震災直後でしたら黒で統一されたと思いますが、10周年ということで薄い色のものを選ばれたのではないでしょうか。美智子さまも以前、同じような色使いの服装で臨まれていたと記憶しています」

 雅子さまはコーディネートだけではなく、平成の時代から被災地に心を寄せ続けてこられた美智子さまの“皇后としての姿”を踏襲されている。

「上皇ご夫妻(当時は天皇・皇后)は、東日本大震災発生直後の'11年3月から5月にかけて7週連続で被災地へ通われました。現在の両陛下もたびたび現地へ出向き、'17年までに東北3県を3巡されています。現地へ出向くことの大切さは、身をもって実感されてきたのでしょう」(皇室ジャーナリスト)

 '04年に患った『適応障害』の療養で、公務に出席できないこともある雅子さま。ただ、被災地へのお見舞いに関しては気力と体力をふりしぼり、被災者の心を支えるよう努めてこられた。

「'13年11月には1泊2日の日程で岩手県を訪れ、仮設団地や津波被害から再興した水産加工会社などを視察し、被災者を励まされました。雅子さまにとって約3年9か月ぶりのご宿泊を伴う地方訪問でした。現場にいた側近や警備担当者の間では緊張感が漂いましたが、雅子さまは決められた時間をオーバーしてしまうほど、たくさんの方々におことばをかけられていました」(宮内庁関係者)

 そのときにご覧になった釜石市の風景と被災者の悲しみが癒されるようにという願いを込め、'14年の『歌会始の儀』で次の御歌を詠まれている。

《悲しみも 包みこむごと 釜石の 海は静かに 水たたへたり》

 コロナ禍で現地へ足を運ばれることが困難となる中、両陛下は3月4日、岩手県内の2か所をオンラインでお見舞い。計6人の被災者と懇談された。参加した釜石市内にある旅館を営む岩昭子さん(64)は当日の様子を次のように話す。

「'14年に雅子さまが釜石の御歌を詠まれた際は地元の新聞に大きく掲載されました。地域の人々はたいへん励まされたので今回、市長から改めて感謝をお伝えし、雅子さまもうれしそうなご様子でした」

“オンライン行幸啓”でも距離はより近く

 実際に会ってお話しするよりも、画面越しで行うオンライン形式により、両陛下と“ゼロ距離”で対話できたように感じたという岩さん。

「1対1のコミュニケーションというのは、今までの被災地訪問とは異なり、両陛下を身近に感じることができる素晴らしい方法だと感じました。遠くにいらっしゃるにもかかわらず、むしろ距離がないかのように感じ、両陛下が“被災地のことをもっと知りたい”と心を寄せてくださっているのがダイレクトに伝わりました。雅子さまがメモを取りながら真剣に聞いてくださっているのもわかりました」

 また、今回の行啓では、これまで訪れたことのない陸前高田市もご視察。両陛下と対話した商工会会長の伊東孝さん(67)が振り返る。

「'11年に両陛下が岩手県大船渡市までヘリコプターで移動した際、上空から陸前高田市をご覧になり“惨憺たる思いをした”とおっしゃっていました。私が“生業の再生”についてご説明すると“まちづくりを進めるうえで、いつごろから活気が生まれましたか?”と、雅子さまから質問がありました。1人5分の持ち時間だったのですが、宮内庁のご担当者から“お話は尽きないようですが”と言われても、“あとひとつ”と追加で質問もされていました」

目線を合わせて語りかけるお姿は美智子さま流

 雅子さまの積極的な姿勢と“慈愛”に心打たれたと話すのは津波避難の大切さを呼びかける絵本を出版した淺沼ミキ子さん(57)。

「柔和な笑顔でまっすぐ見つめてくださいました。画面越しではありましたが、雅子さまが身を乗り出しながら大きく頷いて話を聞いてくださっていたことが強く印象に残っています」

 淺沼さんによると、両陛下が気遣われたのは被災者に対してだけではなかったそう。

「“大変な思いをされましたね”と真っ先にお声がけしてくださったのですが、いま生きている私たちに対してだけでなく故人に思いを伝えてくださっているように感じました。両陛下に気にかけていただいている感謝と幸せな思いをもって“改めてここからだな”と、新たなスタート地点に立てたことを実感しています」

 両陛下と懇談した被災者3人が口々に話すように、オンラインでも雅子さまの励ましが強く感じられたという。

「雅子さまは被災者と顔を合わせることを大切にしていらっしゃいます。オンラインで被災者を見舞われる形式だとしても、目線を合わせてお話しになるということは美智子さまが被災地で視察していたご様子をお手本にしていらっしゃるのでしょう。オンラインを活用した“令和流”になろうとも、そのお気持ちは変わらないと思います」(渡邉さん)

 今回の岩手県に続き、近いうちに宮城県や福島県へのオンライン行啓が検討されているという。

“令和の国母”の奮励が、被災地の復興を後押しすることだろう─。

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