受刑者に漫才披露も大スベり 高校中退の芸人弁護士が伝える「何度だってやり直せる」

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2021年03月23日 10:02  弁護士ドットコム

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仲間はずれにされ高校中退、お笑い芸人になるという夢をあきらめた弁護士が、「弁護士漫才師」として、大舞台でネタを披露した。


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ステージを見つめる観客は、福井刑務所の受刑者たち。坂井活広弁護士は「挫折した自分は、まわりの人に支えられて、弁護士になった。何かを始めるのに遅いということはない。人生はやり直せる」とメッセージを送る。



弁護士が刑務所慰問で漫才を披露したのは日本初ではないかという。一度放り投げた「夢」は、遠回りして、刑務所の慰問で叶えられた。(ニュース編集部・塚田賢慎)



●高校中退、お笑いの道へ

2月26日、坂井弁護士と、相方の安井一大弁護士の漫才コンビ「さかいやすい法律事務所」を乗せたミニバンが福井刑務所に到着した。



慰問の持ち時間は、漫才で5分、講話に20分。



刑務所慰問を実現するまでには、挫折を経験した坂井弁護士の熱い思いがあった。



坂井弁護士は、高校で無視されるイジメを受けて、中退した。



悩みを聞いてくれた地元の友達の誘いにより、別の高校に入りなおして、卒業することができた。新しい高校では、お笑いコンビを組み、卒業後は進学せずに、お笑い芸人養成所「NSC」東京校(8期生)で、プロを目指した。





同期には、「ジョイマン」や「パンサー」の尾形貴大さんなど、メディアでよく見る人気者もいた。



「当時のNSCでは、卒業後にルミネtheよしもとでオーディションを受けて、それに落ちると、『お笑い幼稚園』という別の舞台に行かされるんです。自分が一番おもしろいと自信をもってNSCに入ったのですが、一番ではありませんでした」



「サムライ」というコンビで、夢を追いかけたが、芽が出なかった。



夢をなくして、迷っていた坂井弁護士を励ましてくれたのが、父親だった。



「『おまえは勉強すればできる子だ。一回、本気で勉強して、大学に行けばいい。おまえなら絶対に大丈夫』。勉強なんて一切してきませんでしたから、大学に受かるなんて思わない。だけど、父親は全く疑わずに応援してくれた」



2003年10月から猛烈に受験勉強して、4カ月後に受験。2004年4月、第一志望の法政大学に入学。その後、弁護士になったのは、父親がかつて目指していたと聞いていたからだ。学習院大法科大学院を経て、司法試験に合格した。





「高校中退なんて夢にも思っていなかったし、お笑いの夢を失って路頭に迷っていた。助けてくれた地元の友達や、自分のことを信じて励ましてくれた父親のおかげで、2回の挫折から救われた。そんな支えがあったからこそ、1日10時間の司法試験の勉強にも耐えられた。



僕が挫折するたびに、まわりの家族や友人が助けてくれた。立ち直りには、環境が大事だと思っています。環境が、人を犯罪に走らせる大きな要因だと思います。



受刑者の人たちには、支えてくれて、前向きな気持ちにしてくれる人がいるかわからない。それで、弁護士として支えながら、慰問で笑って前向きになってほしいと思っていたんです」



●弁護士として、受刑者支援と賞レースに注力

2015年から弁護士人生を愛知県でスタートさせると、弁護士が刑務所を訪れる機会は意外と少なかった。



愛知県弁護士会の「よりそい弁護士制度」に登録して、受刑者の出所後の就労支援や住まい探しなどに尽力した。



「依頼人の刑が確定した後は、基本的に、どこの刑務所に入るのかさえ、弁護士には知らされません。よりそい弁護士になって、岐阜の笠松刑務所(女子刑務所)などに就労支援で訪れました」





2016年に、M-1グランプリ1回戦突破を目指して、相方である安井弁護士とコンビを結成すると、2017年から刑務所慰問という目標を打ち立てて、本格的活動を始める。



同年には、東海・北陸地方(名古屋矯正管区内)の刑務所と少年院に、「慰問させてください」とオファーを出したが、箸にも棒にも引っかからない。



ところが、2019年にM-1の1回戦を突破し、その様子を報じた新聞記事とともに、手書きのメッセージを送ると、福井刑務所にオファーを受けてもらえた。



2021年1月には首都圏を中心に、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が発令された。しかし、延期や中止の心配と裏腹に、無事に慰問は実施された。



●刑務所の中へ

受刑者の前で、言ってはいけないNGワードなど、なかったのだろうか。



「『●●な発言』はをやめてくれと指示されると思っていましたが、ネタや講話の事前チェックは一切ありませんでした。そこらへんは弁護士だから信頼されていたのかもしれません」



会場は刑務所の講堂だ。そのステージで漫才を披露する。



2人がステージに登場する前には、「これから慰問の漫才を行います! みんなリラックスして聞くように」と刑務官から呼びかけがあったという。



「刑務官の方からは、最大200人を収容できると聞きました。ですけれど、コロナ対策で、受刑者は20人。1.5メートルくらいの間隔をもって座る。そのまわりを10人くらいの刑務官がずらっと囲んでいるんです」



講堂に用意された客席の椅子は少ない。



「言い訳なのですが、こういう場でも笑いを取らないといけません。ちなみに、講堂から一番近い工場で刑務作業をしていた20人が選ばれたそうです」





●元受刑者を取材して、ネタを研究したが…

観客は“あったまっていない”が、刑務所のステージの設備は素晴らしく、感動したという。



「マイクは漫才の激しい動きで、その場から移動しても、しっかりと音を拾ってくれるもの。照明も舞台用のものでした。また、ステージ横に大きなスクリーンを用意して、僕らのコンビ名と顔写真をうつしてくれました」



坂井弁護士は、知り合いの元受刑者へのリサーチによって、「刑務所あるある」を研究していた。



「刑務官のことを、『担当さん』と呼びます。担当さんのバッジについた星とラインによって階級がわかるらしく、受刑者はまず担当さんのバッジを確認するそうです。担当さんをイジるとウケると聞きました」



コンビは現役の弁護士であることをいかして、「おっと、弁護士バッジに埃がついている(埃をはたく動作)」などのセリフで、“弁護士自慢”をことさら誇張するつかみを得意としている。



「慰問でも、『担当さん、弁護士バッジにもっと照明を当ててください』というつかみをやったんですけど、これは全くウケませんでした」



福井刑務所は、収容分類では「A」に属している。これは、犯罪傾向の進んでいない「初犯者」を主に収容する刑務所である。



刑事事件で罪を犯し、更生を目指す受刑者に配慮して、コンビ間で「刑事裁判のネタもあるが、取り調べの再現などをやると、いろいろ思い出させる可能性がある。封印して、不倫など民事裁判のネタをやろう」と決めていた。



しかし、「刑事ネタもいける」と確信した瞬間があった。



漫才のなかで「このなかで民事裁判を傍聴したことがある人」との呼びかけに、何も反応せず、黙りこくる受刑者らを見た安井弁護士が、「みなさん黙秘権を行使しています」とボケると、ついに笑いが起きたのだ。



5分間で笑いが起きたのは2回。もう1回は、「福井県ってコンビニあるんですね」という地方いじりだった。



「5分間で2回しかウケなかったのは、厳しい結果ですし、地方いじりも鉄板とはいえ、品があるとは言えません。それでも、刑事ネタもアリだという次の刑務所慰問につながるヒントが得られました」





相方の安井弁護士は、漫才慰問に臨むにあたり、「正直、服役しているという状況や、そもそもむやみに笑うなと教育されていること等から、受刑者の方々は笑ってくれるのか心配でした」と明かす。



お笑いコンビ「アンタッチャブル」が刑務所慰問をした際に、大ウケだったというエピソードを知って、そんな不安も解消していたが…



「ふたを開けてみると、むちゃくちゃ滑りました。アンタッチャブルさんの実力の凄まじさは当然ながら、我々がまだまだ精進する必要があることを痛感しました。受刑者の方々に早く社会復帰して文化的な生活を送りたいという希望を抱いてもらえるように、次こそはきっちり笑いをとりたい。そう決意を新たにしました」



●ステージは、受刑者の居室に生中継されていた

漫才を終えると、安井弁護士の質問に答えるかたちで、坂井弁護士が自分の挫折と、友人や家族から支援を受けて、立ち直った体験を語った。



「人生いくらでもかわれる。僕も高校中退したり、芸人として挫折したりして、弁護士になった。何か始めるのに遅いということはない」とのメッセージを伝えた。



受刑者がその日のうちに書いた慰問の感想文には、「僕も高校を中退しています。頑張ります」と共感を寄せる内容があったという。



「慰問が終わると、刑務官のみなさんから、『坂井先生、講話が素晴らしかったです。私たちもいつも立ち直れるんだと言っているんですよ』『坂井先生、よい講話でした』とお褒めの言葉をいくつもいただきました。漫才については何も言われませんでした(笑い)」



刑務官の説明では、福井刑務所には約300人の受刑者が収容されていた。ステージの漫才を直接見たのは20人だけだったが、残りの受刑者のために、カメラで慰問の様子を撮影して、受刑者らの居室のモニターに生中継した。



「だから、本当に感謝しています。漫才を受刑者の人全員に見てもらうことができました。爆笑を取っていれば、講堂の外からも受刑者の人たちの笑い声が僕たちに聞こえたかもしれません。ネタはすべりましたが、福井刑務所からは、慰問で弁護士がやって来たのは初めてだと言われました。日本の刑務所では、弁護士が漫才をしたのは初めてでしょう」



「福井駅から刑務所への移動は、行きは職員の方がミニバンを出して迎えに来てくれました。帰りはひとまわりかふたまわり小さな自動車でした。これはきっと僕らが滑ったからだと、安井先生と冗談で話していました」



刑務所での漫才という目標は達成した。ここからは爆笑を取るという新たな目標ができた。今後も刑務所にオファーを出していく。




【取材協力弁護士】
坂井 活広(さかい・かつひろ)弁護士
2015年弁護士登録。愛知県で活動したのち、2020年に地元長野県駒ヶ根市に戻って独立する。相続や刑事弁護(少年事件)といった分野に注力している。

事務所名:法律事務所ミライズ
事務所URL:http://miraizu-law.com/


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