留学後すぐに辞めた「証券マン」、会社持ちの費用「3000万」は返さないとダメ?

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2021年03月28日 09:41  弁護士ドットコム

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特定の従業員を対象にした社費留学制度を設けている企業がある。企業負担で海外留学などをしてもらい、企業の将来を担う人材を育成するのが目的だ。


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留学期間は年単位のケースもあり、渡航費・滞在費・授業料など相当の費用がかかるため、企業としては、「投資」した従業員にはできるだけ長く勤めてもらいたい。



そこで、留学するにあたって、あらかじめ「一定の期間内に自分の都合で退職した場合は、会社に留学費用を返還する」などと約束させることがある。



●約束させても早期に退職するケースが発生

しかし、それでもなお、一定の期間を経過する前に退職するケースは発生する。留学費用の返還をめぐり裁判となることもある。



労働新聞(3月4日)によると、みずほ証券が、社内公募制度で海外留学した従業員に留学費用の返還を求めた裁判で、東京地裁はこのほど、同社の請求をすべて認めて、従業員に3045万円の支払いを命じた。



みずほ証券と従業員との間で、留学に際し、「帰国後5年以内に自己都合退職した場合、留学費用を返還する」という内容の誓約書を交わしていたという。この誓約が有効との判断に基づいて、留学費用相当額の返還を命じたようだ。



約束していた以上、裁判をするまでもなく費用を返還しなければいけないように思えるが、何が問題となるのだろうか。中村新弁護士に聞いた。



●労基法16条に違反しているかどうか

——社費留学にあたって、「一定の期間内に自己都合退職した場合は留学費用を返還する」との合意があったようです。



労働基準法16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と規定しています。



労働者の転職防止や在職中の契約違反等に関する賠償金取得のため違約金や損害賠償を予定する約定が戦前多く見られたことから、使用者による労働者の不当な拘束を防止するため規定されたものです(菅野和夫「労働法(第12版)」250ページ参照)。



とはいえ、近年は、留学費用などの返還規定や返還合意が労基法16条に反しないか、というかたちで問題になることが多いと思います。



——労基法16条に反するか否かはどのように判断されるのでしょうか。



まず、ポイントとなるのは、(a)留学費用の返還請求が、期間後一定期間勤務する義務に違反したことを理由とするのか、もしくは、(b)貸与した留学費用の返済を一定期間勤務すれば免除するという特約の条件を充たさなかったことを理由とするのか、という点です。



(a)であれば、まさに労働契約の不履行による違約金の請求となるので、労基法16条に違反することになります。



これに対して、(b)であれば、留学費用は労働契約とは別個の「特約付消費貸借契約」に基づき交付されたものなので、特約の条件を満たさなかったことを理由として返還を請求しても労働基準法16条違反の問題は生じない、という結論に至る可能性が高まります。



——(a)か(b)かの区別は簡単なのでしょうか。



どちらに該当するかの区別は、常に明確とは言えません。



返還義務を就業規則と一体となる留学規程等で定めただけで、別途合意書や誓約書を作成しなかった場合は、労働契約上の義務違反を理由とするものであり、労基法16条に違反すると判断される可能性が高いでしょう(新日本証券事件・東京地裁平成9年5月26日判決)。



ただし、合意書や誓約書を作成すれば、ただちに返還義務が認められるというわけではありません。



合意書や誓約書から、留学費用は消費貸借契約に基づき貸与するものであることや、留学後一定期間の勤務はこの消費貸借契約により発生した債務を免除するものであることを明確に読み取れるようにすることが必要です。免除の条件も具体的に示したほうがよいでしょう。



●「留学が業務」「免除までの期間が長すぎる」も違法となりうる

——条件次第で免除される借金だと明示しておくことが大事なのですね。



このような形式的な要件のほか、留学が業務の実質を有さないことも必要となります。



具体的には、留学が従業員の自由な意思に基づいたものか、留学で学んだことが従業員の担当業務と直接の関連性がないか、留学により得た知識や資格が他社でも通用する利益を従業員にもたらすものか、などの事情を考慮し、留学の「業務該当性」が判断されることとなります(野村證券事件・東京地裁平成14年4月16日判決、明治生命保険事件・東京地裁平成16年1月26日判決)。



——「留学が業務」なら、実質的には違約金または損害賠償額を予定する合意だったと判断されるということですね。



なお、返還が免除されるまでの勤務期間が不当に長い場合にも、労働者を不当に拘束するものとして、労基法16条の趣旨に反すると判断される可能性があります。



この点については、野村證券事件、明治生命保険事件とも、免除されるまでの期間が5年というケースでしたが、裁判所はこの期間を特に問題視しなかったので、「5年」までであれば、労基法16条違反の問題は回避できる可能性が高いと思われます。



今回のケースも、留学後5年間の勤務を返済免除の条件としていますが、使用者側の返還請求が認められています。




【取材協力弁護士】
中村 新(なかむら・あらた)弁護士
2003年、弁護士登録(東京弁護士会)。現在、東京弁護士会労働法制特別委員会委員、東京労働局あっせん委員。労働法規・労務管理に関する使用者側へのアドバイス(労働紛争の事前予防)に注力している。遺産相続・企業の倒産処理(破産管財を含む)などにも力を入れている。
事務所名:銀座南法律事務所
事務所URL:http://nakamura-law.net/


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