『機動戦士ガンダム』の事件を文春がスクープ!? 担当編集者が語る、前代未聞のガンダム本へのこだわり

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2021年04月11日 10:51  リアルサウンド

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宇宙世紀に「文春」があったら?

 この3月、文藝春秋から『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』というムックが発売された。タイトルの通り、「もしも宇宙世紀の世界に文藝春秋が存在したら」という想定で作成された1冊である。各ページのタイトルも「スクープ! 戦況を覆す連邦の秘策 極秘軍事計画“V作戦”をキャッチした」「衝撃告白 ジオン公国 ギレン・ザビ総帥 「戦死」公報を覆す新証言を入手」「ネオ・ジオン新総帥シャア・アズナブル ニュータイプ研究所美女所長とのアツイ一夜!」といった、マニアなら「あ〜あのことか……」と察しがつきつつも、文藝春秋らしいバイブスも感じられるものとなっている。


 膨大な設定の存在する宇宙世紀。その0079年から0105年までに巻き起こった幾多の事件の裏側に文藝春秋が迫る……。そんな前代未聞の書籍を編集したのが、株式会社文藝春秋所属の薗部真一氏だ。作品世界に没入しつつ、それでいて文藝春秋らしい執念深い「取材」の手触りを感じさせる1冊は一体いかにして作られたのか、話を訊いた。(しげる)


関連:【画像】『証言「機動戦士ガンダム」』誌面を立ち読み


■「宇宙世紀に文春があったら」


ーーそもそも、この本が作られるまでの経緯はどのようなものだったんでしょうか?


 2年前に文藝春秋に転職したんですが、その前の会社でもガンダムに関係する書籍を編集していたんですよ。転職した後に、またガンダムに関連する仕事をやりましょうと権利元のサンライズさんとお話していて、それでふと出たのが「文藝春秋らしいガンダムの本を出せないか」というアイデアだったんです。それはどういうものだろうか……と詰めていくうちに、どうせなら「宇宙世紀に文藝春秋があったら」という体裁でいこうということになりました。宇宙世紀って我々の今の時代から地続き的な未来だと思うんですが、なんとなく文藝春秋という会社はそのくらいの時代にもありそうじゃないですか(笑)。そこで企画として始まった感じです。去年の3〜4月くらいの話ですね。


ーーガンダムはスピンオフも含めると大量のタイトルがありますが、扱うものはどのようにして決めましたか?


 基本的には宇宙世紀を扱ったテレビシリーズと映画、OVAに限るということを最初に決めました。現在でもいわゆる正史として扱われているものですね。MSVの機体とかは『ガンダムUC』でも拾われているので存在したことになりますが、例えばジョニー・ライデンとかについては「いるかもしれないけど書かれてない」という感じにしています。


ーー個々の記事のネタ出しはどのように進めたんでしょうか?


 ライターさんからネタを出していただいた上で、整理して足りないものをこちらから逆提案して、それぞれに文藝春秋っぽいタイトルをつけていった感じです。ライターさんは以前の出版社でミリタリーやアニメ系などの書籍をやっていた頃からお付き合いのある方を中心にお声かけさせていただきました。ただ、最初にボンヤリと「こんな感じで!」ってお願いしたネタは大体うまくいかなかったので、後で結局細かいところを詰めることになりましたね。


ーー確かに、タイトルからは文春らしいムードを感じました。


 僕も月刊の「文藝春秋」や「週刊文春」編集部にいたことがあるわけではないので、一生懸命それぞれを読んで研究しました。ぶっちゃけ、ただの読者に近いところにいたので(笑)。だから外から来た人間としてある種パロディをやった感じですね。そういう意味で文藝春秋という会社は懐が深いな、と。


■気にしたのは「リテラシーライン」


ーー他に、“文春”らしさを演出する上で気を使った部分はどこでしょうか?


 テキストに関してだと、基本的に文藝春秋の雑誌って記者が自分で何かを断言しないんですよ。まず誰か関係者とか目撃者の証言があって、それに対してまた反論の証言を集めたり裏を取ったりしながら結論を導く形です。だから勝手に「私が取材したところこうだった」と書くのではなく、誰かがこう証言していた、というカギカッコ付きの証言を積み重ねていく記事にしてほしいというのはライターさんにお願いしました。


ーーあ〜! 確かに文春ってそういう書き方ですね!


 あとはリテラシーラインの問題ですね。例えばシャアがナナイとイチャついてるっていう話を証言付きで書く時、誰ならどこまで知っててどこまで証言するだろう……みたいなところは考えました。あと媒体としてのリテラシーラインというのもあって、例えば文藝春秋の立場で一年戦争を見た時、ララァって実際「誰それ?」って感じだと思うんですよ。


ーー確かに、その時点でのメディアからすると誰だかさっぱりわかんないですよね、ララァ。


 ララァって、そもそもホワイトベースの人達ですら戦後プロパガンダ的に報道されるまでよく知られていなかったはずなんですよね。だからそういう「アニメを見てる人と主人公たちくらいしか詳しく知らないはずの人物」って出すのが難しくて。文藝春秋みたいなメディアが知ってて関心がありそうなのって、例えば政治家やリーダーの周囲にいる女性とかですよね。ゴシップを扱うにしても、国会議員の不倫とかになる。アニメを見ている人なら当然知っている人や事実でも、メディアはまったく知らないこともある。そこのリテラシーラインには気を使いました。


ーー確かに最初の方のカラーページでも、連邦側で大きく扱われてるのがアムロとかブライトさんとかじゃなくてレビル将軍なんですよね。


 あの「氏々彩々」っていうページも、月刊「文藝春秋」っぽいですよね。あと、ちょうど70年代くらいに文藝春秋から太平洋戦争についての証言をもとにしたムックがたくさん出ていて、それらへのリスペクトもあります。そういう本ってそれこそ総理大臣経験者レベルの人とか将官とかえらい文学者とかばかり出ていて、下々の兵隊とかは出てこないんですよね。だからあそこに載っている軍人の中ではアムロが一番階級が低い(笑)。本当は全部ゴップ大将とかエルラン中将とかにしたかったくらいです。


■カイ・シデンに喋らせない(笑)


ーーレビルとゴップとエルランしか載ってないカラーページ、見たかった……! 他にはどのような点に気を使ったんでしょうか?


 写真も適当に入れているように見えると思うんですが、一般に流出していなさそうなものや証言者が撮影できないであろうものは基本的に入れてないんです。基本的には公式に発表されている画像か証言者が提供した画像、あとは取材者などが盗み撮りした画像、という理屈で説明がつくもののみに絞っています。どこから提供されたものかを明記する必要があったので。あと、あんまりカイ・シデンに喋らせない(笑)。


ーー確かに。カイが出てきて全部喋ると、この本はそれで終わっちゃいますね。


 便利すぎるんであんまり出したくないんですよ! あと、カイってこのあとどこかで本編の映像に出てくる可能性があるんで、そこで設定が変わってこの本が陳腐化するのも嫌だなという理由もあります。だから証言する人物も、チラッと本編に出てきたけどそのまま出てこなかったモブとかにしてます。例えば22ページの「ジオン兵士を悩ませる小さな「地球の伏兵」」という記事ですが、ここに証言者として出てくるのがこの記事でネタにしている第14話『時間よ、とまれ』の冒頭に出てくる慰問に来た手品師なんですよ。


ーーあ〜〜! いたな〜〜、手品師!


 実は『無敵鋼人ダイターン3』に出てきたコマンダー・エドウィンのカメオ出演なんで、文中でもE氏になってます。そういう感じで、できるだけ劇中にいるモブ、「これはひょっとしてあいつのことかな」という人に証言させるというのはライターの皆さんにお願いしましたし、「そんな都合のいいところにいる人物はいないので、もうちょっとなんとかなりませんか」みたいなご相談もしました。とにかく、この世界の人にとって知らないことや後からわかることってなんだろうというのを探りましたね。アニメを見ている僕らは知りすぎているので……。あと、わざと記事の内容を間違えるというのもやってます。


■意図的に不正確な記事にしている


ーーわざとですか?


 この世界でこれだけの情勢しか知らされていない記者なら、こういうふうに間違えて記事を書くだろうなという想定ですね。たとえば『逆襲のシャア』の時点でのアムロに関する記事とかは事実と異なる内容が載った飛ばし気味の記事になっていますが、これは意図的に不正確にしてます。


ーーとにかくディテールへのこだわりがすごいですね……! しかしそれにしても、「もし〇〇の劇中に文藝春秋があったら」シリーズのムックはたくさん作れそうな気がします。


 できるとは思うんですけど、ガンダム的な作品世界の広がりがあるタイトルって意外に少ないんですよ。エヴァとかだと多分無理じゃないですか(笑)。だからある意味ではガンダムの懐の広さや、作品世界の枠組みを多くの人たちが真面目に作って共有してるっていうところによって成立した企画だなと思ってるんです。他の作品だと、ここまでやれるかちょっとわからない。情報量と登場人物と社会システムの設定がないとできない企画なんですよね。


ーーガンダムという作品だからこそ可能になった切り口のムックなわけですね。では、この本はどういう人に読んでほしいですか?


 作品としては宇宙世紀のことを描いた作品の公開ペースはダウンしてて、以前よりは多くのことが語られなくなってきていますが、それでも宇宙世紀という歴史はやっぱり魅力があるんですよね。これは、そこにもっと入り込みたいという人たちに向けて作った本です。なので、この本を読むことで自分も宇宙世紀の時代、ガンダムの世界に暮らしているような、そういう仮想体験をしてもらえればうれしいな……と思っています。


(取材・文=しげる)


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  • …ダメだこりゃ〜… もしも…と書かれると、文春記者がドリフのメンツに・…��orz…
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