ハンドボール日本代表・土井レミイ杏利が人種差別を経験して気づいたこと

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2021年04月11日 16:21  webスポルティーバ

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「レミたん」──若い世代の間では、TikTokで200万人のフォロワー数を保持するこの名前の方が浸透しているかもしれない。

「もともと友人を笑わせるために始めた」というが、ユニークなダンスや表情でバズって、知名度はうなぎのぼりだ。その動画で見える明るさ、ポジティブさ、ブレない姿勢には、これまでさまざまな苦難を乗り越えてきた人間の強さが見え隠れする。

 ハンドボール界のエースであり、日本代表のキャプテン・土井レミイ杏利が、その強固なメンタルを確立してきたプロセスをたどる──。




 小学3年の時にハンドボールを始めた土井が、メンタルを鍛えられたのが大学時代だった。当時、日体大の体育会でとくに厳しいと言われていたのがラグビー部とハンドボール部だった。

 日体大のハンドボール部は2006年から2009年まで学生選手権4連覇を達成するなど、大学屈指の強豪チームだった。全部員が寮生活を送るのだが、当時の寮内には独自のルールが設定されていた。

「僕が入学した頃は4年が神様、3年が王様、2年が人間、1年が奴隷でした。1年は入寮したら、部屋の入り方、あいさつの仕方をはじめ、私生活や試合の日のルールなど、2年生から教育を受けるんです。基本的に1年生が休まる時間は寝ている時だけ。それ以外はずっと緊張しっぱなしでした」

 いろんな厳しいルールがあるなか、土井が一番キツいと感じていたのが"起床係"だった。先輩の部屋のドアにホワイトボードがあり、そこに起床時間と名前が書かれている。その時間に起こしにいくのだが、そこには厳しいルールが存在した。

 まず2回ノックしてドアを開け、前を見たままドアを閉める。寝ている先輩にうしろ姿を見せるのはご法度である。「土井です。失礼します。何時何分です」といった具合に、起こす際のセリフも決まっている。

「1回で起きてくれればいいんです。でも起きない場合、1回部屋を出て、1分後に入って、同じように繰り返す。それを先輩が起きるまで繰り返すんです。時間がかかりすぎると遅刻するので怒られるし、声が大きすぎても『うるさい!』って怒鳴られる。一度、先輩が起きるまで2時間45分ぐらいかかって......もう最悪でした(笑)」

 練習を始めるのにもルールがある。"復唱係"は、事前に監督に練習メニューを聞きに行き、全員に伝えるのが仕事だ。ただ、復唱係が練習メニューを選手全員に伝える時は、片手をピンと伸ばして、ヒジを耳につけて言わないといけない。

「ヒジが耳についていなかったり、手がピンと伸びていないと、それだけで先輩から厳しく指摘されました(笑)。コート内に入ったら『学年は関係なし』とよく言われますけど、めちゃくちゃ上下関係があったので、気が休まることはまったくありませんでした」

 それでも土井は、そんな厳しいルールや先輩たちからの理不尽な言動に耐え、ハンドボールを続けた。

「4年間、厳しいというか理不尽なことが多いなかでも、乗り越える経験ができた。メンタルは相当鍛えられましたし、怖いもの知らずになりました」

 ただ、最終学年となった土井は膝の故障に見舞われ、精神的に追い詰められた。まったく痛みが取れず、最終的に実業団の誘いを断り、引退を決意。将来のことを考え、語学を学ぶべくフランスに留学した。

 しばらくして膝の痛みがなくなると、「ママさんバレー的な感じ」で再びハンドボールを始めた。シャンベリーの若手チームに入り、1年が経過した頃、そろそろ日本に帰ろうかと思っていた時、土井の未来を変える連絡が入った。

 それはフランスの強豪・シャンベリーから届いたプロ契約のオファーだった。

「プロ契約の話がきた時は、うれしくて携帯を落としそうになりました。フランス代表は2012年のロンドン五輪で優勝しているんですけど、その時のメンバーがチームにゴロゴロいたんです。そういうチームと契約できてうれしかったですし、自分のロッカーの隣はテレビで見ていた金メダルの選手。『こんなことがあるんだ......』って、靴紐を結ぶ手が震えていましたね」

 フランスはハンドボール熱が高く、アリーナには5000人規模の観客が訪れる。土井はフランス国内でもトップ3に入るクラブでプレーし、レベルの高さに難しさを感じる時があった。

 しかし、本当に意味で土井を苦しめたのは、コート上ではなかった。

「一番メンタル的にキツかったのは人種差別でした」

 それは、たとえばサッカーの試合で見られる、サポーターが相手選手に対して侮辱的な言葉を投げつけるようなものではなかった。土井は相手サポーターからではなく、チームメイトから差別を受けたのだった。

「毎日、僕の名前じゃなく、侮辱的なあだ名で呼ばれていました。なんでそんな呼ばれ方をされないといけないのか......さっぱりわからなかったですし、すごいストレスでした」

 フランスは多民族国家で、異なる人種への理解がありそうに見えるが、時としてブラックジョークが度を越し、人をバカにして笑いをとり、差別的な発言へとなっていく。

「フランスは、上下関係はないですが納得いかない時は、はっきりとモノを言う文化なんです。だから、最初に『くそっ』って言われた時、『なに言ってんだ!』と強気に出ればよかったんですけど、それができなかった。何を言われても笑っていたら、『コイツはそういうヤツだ』ってどんどんバカにされて......」

 周囲の人に相談すると励ましてくれたが、彼らの言葉は土井の胸に刺さらなかった。自分を助けてくれる人などいない......そんな孤独感に苛まれていった。

「自分はひとり。そうした孤独感も人種差別の言葉同様にキツかった。いじめを受けて苦しみ、孤独を感じている人の苦しみを実感しました」

 だが土井は自閉せず、何が原因だったのかを考えた。「ノー」と言えない自分にも原因はあったが、チームメイトとコミュニケーションがとれず、人間関係を構築できなかったことも大きかった。何も言えず、言わないことでバカにされ、コートではフリーでもパスが回ってこなかった。結局は、人間関係の悪さがコート上でも出てしまい。それが差別発言に拍車をかけた。

「どうしたらいいのかって考えた時、シーズンオフにメンタルを入れ替えようと思ったんです。毎日イメトレをして、何があっても楽しんでプレーする。そうした自分に変わることができれば、みんなの見方も変わるはずだと。それからは明るく接して、それまでは言われっぱなしでしたが、冗談っぽく言い返したり......」

 欧州のプロスポーツは、自己主張が当たり前の世界だ。選手同士はもちろん、監督に対しても納得できないのであれば遠慮なく意見をぶつける。土井はそうした欧州の常識を理解できていなかったのもあるが、冷静な「気づき」が環境を変えるトリガーになった。

「一番大事だなって思ったのは、日本人は他人を敬う気持ちを大事にしますが、自分を卑下してまで敬う必要はないということでした。もっと自分をリスペクトしようと。そうして自分を出していくと、みんなの接し方が変わってきました。『フランスで見つけたものはなんですか?』ってよく聞かれるのですが、僕は自分を出せるようになったことだと思います」

 2019年、世界選手権が終わったあと、土井は日本に帰国した。東京五輪が迫りつつあるなか、チームとして結果を出すには、帰国して代表に集中したほうがベストだと感じたからだ。

 フランスから戻ると、日本代表に足りないものを痛感したという。

「パワーが足りないのは事実ですけど、それよりもメンタルに一番差があったんです。そこに気づいている人がほとんどいなかった。そこでどうするか、監督と話し合いをしたんです」

 メンタル強化の方法論で、土井とダグル・シグルドソン監督の考えは一致していた。まずは海外での試合を増やし、それまで年間10試合程度だったのを30試合にした。さらに講習会を実施し、積極的にディスカッションを行ない、メンタルを強化していった。

「これまで弱気になっていた海外との戦いにも慣れて、平常心で臨めるようになりました。講習会は今も続けていますが、そうしていくことで戦う姿勢が変わったと思います。僕が代表に入った頃(2015年)は、これから試合だというのにヘラヘラしている選手がいましたが、今は勝つためにみんなが集中して、無駄話をしている選手はひとりもいません。でも、一番大きく変わったのは、勝負どころで逃げなくなったことですね」

 以前は、この1点を決めれば勝てるという場面で、自分でいくのではなく他人任せにしていた。失敗を怖がり、守りに入っていた。しかし今は、自分が点を取ってチームの勝利に貢献するという強い気持ちでプレーできるようになった。

「まだ浮き沈みはあるけど、そういう強いメンタルを持って試合ができるようになった。これは大きな成長だと思います」

 それが結果となって表われたのが、今年1月、エジプトで開催された世界選手権だ。日本はグループリーグで欧州選手権2位のクロアチアに引き分けるなど、1勝1敗1分で24年ぶりにメインラウンドに進出。

 メインラウンドではアルゼンチン、デンマークに敗れたが、バーレーンに勝利。決勝ラウンド進出はならなかったが、19位と健闘した。1年前の世界選手権はグループリーグ5戦全敗で最下位(24位)に終わったことを考えれば、成長は明らかだった。

「僕自身にとって五輪は子どもの頃からの夢ですし、もう待ち遠しくてしょうがない。日本のハンドボール界にとっても(東京五輪は)大きな分岐点になると思うので結果を残したい。今はそれしか考えていません」

 東京五輪は土井を筆頭に、選手たちがここまで培ってきた技術、メンタルが問われる戦いになる。勝負は時の運だが、東京五輪ではそれを武器に戦う気持ちを全面に押し出した熱い試合を見せ、多くの人の心を揺さぶってくれるはずだ。

このニュースに関するつぶやき

  • @1回で起きてくれればいいんです。でも起きない場合、1回部屋を出て、1分後に入って、同じように繰り返す。それを先輩が起きるまで繰り返すんです・・・悪しき慣習。目覚まし時計置いとけ!
    • イイネ!2
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  • 大学4年生なんて、ただのガキだけどな(笑)
    • イイネ!39
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