「見えない」女性の引きこもり 家事手伝いや主婦と何が違う? 人生を分けた29歳の焦り

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2021年04月12日 11:00  AERA dot.

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写真写真はイメージです(Getty Images)
写真はイメージです(Getty Images)
「引きこもり」というと、まず男性を思い浮かべる人がほとんどだろう。しかし、15歳から39歳までを対象にした内閣府の調査(2016年発表)では、引きこもり54万1000人のうち、女性が36.7%を占めている。統計では「専業主婦(夫)や家事手伝い」「ふだん家事・育児をしている者」は引きこもりの定義から除かれているが、社会では紛れてしまい、女性の引きこもりは外から見えにくいという特徴がある。長期化を防ぐ手立てはあるのか。ある女性のケースから考える。

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「自分では、引きこもりというよりニートという意識でした」

 井原萌さん29歳(仮名)。定年後に再就職した父親と、パート勤めの母親、大学生の弟とともに実家で暮らしている。

 萌さんは現在、ホテルのベットメイキングのアルバイトをしているが、その前に1年半の引きこもりを経験した。短大を卒業した後に勤めた会社を辞めると、部屋でネットサーフィンをして一日を過ごすように。家族ともあまり話さず、友人とも会わない。そんな生活をだらだらと続けていくうちに、いつの間にか1人で生きていく自信を失い、気が付いたら1年半が経っていたという。

 厚生労働省では、「仕事や学校に行けず家に籠り、家族以外とほとんど交流がない状態が6か月以上続いた場合」を引きこもりと定義している。そういう意味では、萌さんは立派な引きこもりだったわけだ。もともとあまり社交的なタイプではなかった萌さん。そんな萌さんが、引きこもりが長期化する前に、どうやって抜け出すことができたのだろうか。
 
 その答えを記す前に、引きこもるまでの萌さんの生活を振り返ってみよう。短大を卒業後、清掃会社で働いていた。やりたいことがとくに見つからず、短大の先生に相談して「なんとなく」決めた就職先だった。

 最初の職場は病院。朝7時には仕事を開始して、夕方4時まで、フロアのモップ掛けや浴室の清掃など、休憩時間以外は休む間もなく夢中で働いた。

「看護師や看護助手の人たちがきびしくて、緊張していました。ほかのスタッフが休むと仕事が増えて、大変なこともありました。昼休みはいつもぐったり寝ていましたね」

 仕事中は無駄話などできない雰囲気で、休憩中も一人。一緒に入社した同期は、アレルギーが原因でやめてしまい、同僚に心を許せる人はいなかった。

 その後、職場はオフィスビルの中に変わったが、萌さんは変わらず黙々と働いた。働き始めて6年たち、萌さんは清掃の仕事を辞めることに決めた。萌さんは「飽きたから」と言ったが、よく理由を聞けば、衝動的に辞めたわけではないようだった

「いろいろなことが積み重なったんだと思う。仕事していると害虫退治もしなくてはいけないけれど、虫が嫌いで、最後まで慣れなかった。職場はおばちゃんばかりで、相手の話を聞いてあげるだけで物足りない。この先ずっとこの仕事を続けていくというイメージが持てなかった」

 上司に辞意を伝えると、「若いのによく勤めてくれた」と、とくに引き留められることもなかったという。

■  父は「どうするんだ」 母は話せる相手ではない

唯一、良くも悪くも萌さんの退職に関心を示したのは父親だった。厳格で干渉が多いタイプだ。

「何かにつけて、根掘り葉掘りききたがる。私の状況を全部把握したいと思っているみたいです」

萌さんが仕事を辞めたことを告げると、父はムッとしていたという。辞める理由を聞かれ、「これからどうするのか」と問い詰められたが、萌さんは答えられなかった。

母親はそれほど厳しくはないが、「なんでも話せる相手ではない」と萌さんは言う。弟とはもともとあまり会話がない。萌さんは、家族に心の内を話すこともなく、部屋に閉じこもってしまった。

「最初のころは、美術館や博物館に出かけてみたこともあったけれど、私は方向音痴だしあまり遠くには行けないんです。父に免許を取れと言われたけれど、取る気になれなかった」

友達はひとりだけいたが、仕事をしているからたまにしか会えない。母は仕事と家事の両方をこなすのに忙しそうだったが、家事を手伝う気もおきなかった。部屋でネットサーフィンをして、ただ一日を過ごした。それでも、さびしくはなかったという。

いちばん嫌だったのは、父の干渉だ。時折萌さんの部屋に入って来ては、「これからどうするんだ」「何がしたいんだ」などと問い詰める。そんなときは、答えをはぐらかすか、黙りこくるしかない。

「答えたくても、自分にもわからないから答えられない」

近所のおばちゃんにも、会うたびに「何してるの、これからどうするの」など詮索されるのがうっとうしかった。

「思ったことを口に出して言うのが苦手。本当の気持ちはだれにも言ってない」

そんな彼女が、ひとつだけ、本当の気持ちを吐き出すことができる場所があった。それはSNSのアプリだ。アプリの説明には、「まだ出会ったことのない誰かとゆるーいコミュニケーションを楽しもう!」とある。
 
萌さんは、だれにも言えない本当の気持ちをそこに書き込んだ。

「何が終わっていないかわからないくらい 
終わっていない
片づかない
力が出ない」


 自分のメッセージに対して、「いいね」をくれたり、「わかる」と書き込んでくれる人がいるとうれしかった。萌さんは引きこもり中、周囲の人間には心を閉ざしていたが、誰かとわかり合いたいという気持ちは抱いていたのだ。

 ふりかえれば、萌さんは、小さいころからおとなしい子だった。学校の勉強についていけず、いじめっ子たちにからかわれることも多かったので、仮病を使ってよく学校を休んでいたという家で過ごす長い時間、なぐさめになったのは動物の人形のドールハウス。ドールハウスでひとり遊びをしているひとときは、嫌なことを忘れることができた。中学になっても、萌さんはドールハウスを手放すことができず、大切にしていたという。

■   もうすぐ30代 さすがに動かないとまずい

 そんな日々をだらだらと過ごすうちに、1年半が経っていた。代わり映えのない毎日だったが、徐々に精神状態に変化が生じていた。

「元々あまりなかった自信が、更に失われていきました。環境を変えるのが大事と聞きましたが、お手伝いもやってこなかったから家事は一切できないし、一人暮らしをする自信はない。このまままでは自立できる気がしないから、『無理矢理にでも寮や施設に入れて欲しい』と思うこともありました。でも自分からは親に言えなかった。そこまでの覚悟はなかった」

 もうすぐ自分は30代に突入する。猛烈に焦りが湧いてきて、萌さんは現実の世界を直視した。

「さすがにまずい、とにかく何かひとつでも動かないと」

 そんな思いで「ニート支援」という言葉でネット検索しているときに、偶然、地元で「コーチングで引きこもりやニートの社会復帰を支援」とうたって活動をしているサポート団体を見つけた。コーチの人たちの講演会があるというので、勇気を出して参加希望のメールを出した。

「メールを出すだけなのに、それでもすごく緊張しました」

 講演会に行ってみてコーチの人の話を聞くと「この人たちなら、私の話を聞いてもらえるかも」と感じ、勢いで面談を申し込んだ。

「あのとき思い切って行動していなかったら、きっと今もあのまま、部屋にずっといるだけだったと思います」

 と萌さんは振り返る。

 萌さんがサポートを求めた「福岡わかもの就労支援プロジェクト」では、ひとりひとりに「コーチ」と呼ばれる担当者がつき、面談を重ねながら社会復帰を目指す。このコーチの存在が萌さんにとっては大きかった。自分のすべてをさらけ出して話ができる相手となり、結果として引きこもりを抜け出すことができた。

 萌さんのコーチは言う。

「最初に来た頃の萌さんは、エネルギーがなくて、とても就職活動が始められるような状態ではなかった。何か聞けば答えるけれど、自分から話してくれることもなかったですね」

面談を重ねた後の、ある日のこと。萌さんが「自分の気持ちを書いてあるから読んでほしい」と、ノートを4、5冊持ってきて見せてくれたという。

「かなり赤裸々な気持ちがつづってあって、ここまで見せてくれるのかと驚きました。引きこもっていた間は、相当苦しい思いをしていたこともわかりました」(萌さんのコーチ)。

 人とつながるのは苦手だけれど、本当は誰かに自分の気持ちをわかってほしい。それが萌さんの本音だった。

 萌さんが通っていたプロジェクトでは、面談のほか、ブランクがある人の「リハビリ」として事務所内で週2回の就労訓練ができる。訓練の日には、受講生やコーチと一緒に昼食をとるのだが、食事の準備をするのも自分たちだ。

萌さんはスマホで必死にレシピを探し、コーチに手伝ってもらいながら料理をつくった。

「ご飯を炊いたことすらないし、家庭科の調理実習でも率先して『洗い物係』をしていたような私が今、ご飯をつくっている!」

 萌さん自身も驚きだった。好き嫌いが多い萌さんだが、事務所の昼食ではなぜか苦手な食材も食べられた。現在では、冷蔵庫の残り物を使って料理ができるまでになった。

「私でもやればできるんだ」

萌さんに、僅かながら自信が生まれてきていた。

■  将来の夢は? 「世界平和」と即答

就労訓練に通うようになってから半年後、萌さんは、ホテルでベッドメイキングのアルバイトを始めることにした。一日5時間で、日給4000円からのスタートだ。

「みんなは、『とりあえずバイトから』と軽くいうけれど、私にはものすごくハードルが高いことなんです」

小さな一歩だけれど、2年ぶりに萌さんの時間が動き出した。萌さんのコーチはいう。

「抱えている問題が完全に解決していなくても、『とりあえず前にスペースがあるなら進んでみれば』と背中を押しています。少しでも先に進めば、自信がつくはず」

ただ、萌さんは、就労訓練に通っていることやアルバイトを始めることを、父親には一切話していないという。

「父に話すのは、結果を出してから」(萌さん)

 素直にはなれないが、本当は期待にこたえたい、認められたい……萌さんの中には、家族ゆえの複雑な気持ちが入り混じっている。

「最終的には、安定した職場に就職することが目標です。私に今一番欠けているのは、変わりたいという意識と、覚悟。どうしたら本心から変わりたいと思えるのかわからないし、時間がかかるかもしれませんが、乗り越えたいです」(萌さん)。

 萌さんのコーチは言う。

「人の役に立っているという実感を持てたとき、変わることができるのでは」

 引きこもりを抜け出す一歩は、萌さん自身が勇気と気力をふりしぼって行動を起こしたこと。しかしコーチのような伴走者がいたからこそ、歩みを止めず人生をすすめることができた。やはり、引きこもりからの社会復帰は、本人や家族だけの力では難しい。

 最後に、萌さんに「将来の夢は?」と聞いてみた。すかさず、「世界平和」という答えが返ってきて驚いた。冗談かと思い、思わず「えー、お母さんの手伝いもしてないのに?」と言うと、「そうですよね」と笑ったあとでこう言った。

「無理だと思うけど……青年海外協力隊に入って働くとかそういうの、いいな」

 自分がこの世界に生まれてきた意味を探したい、そんな心の声が聞こえた気がした。(取材・文/スローマリッジ取材班・臼井美伸)

臼井美伸(うすい・みのぶ)/1965年長崎県佐世保市出身。津田塾大学英文学科卒業。出版社にて生活情報誌の編集を経験したのち、独立。実用書の編集や執筆を手掛けるかたわら、ライフワークとして、家族関係や女性の生き方についての取材を続けている。株式会社ペンギン企画室代表。http://40s-style-magazine.com
『「大人の引きこもり」見えない子どもと暮らす母親たち』(育鵬社)




このニュースに関するつぶやき

  • まあ、メディアがニートのイメージ通りの人しかニュースにしないから、女性は目立たないよね。ゲームやってるとかそんなどうでもいい事より、大切な事をニュースにしないと。
    • イイネ!0
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  • 私思うのですが。弱っている人に追い討ちかけて「普通」のレベルをやたら上げてる人(社会、傍観者)こそが、引き籠りを大量生産していると思う。
    • イイネ!63
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