性暴力被害で「死にたい」と思っていた私が「特殊清掃」で起業するまで 「未来は暗くない」今なら言える

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2021年04月13日 10:11  弁護士ドットコム

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「セクハラを受けたら辛く絶望感で立ち直れないというイメージが一般的かもしれませんが、私のように酷い目にあっても、立ち直れる人間もいます」


【関連記事:【事件詳細】同意なき性行為、高裁が「880万円」の賠償を命じるまで 自衛隊セクハラ事件、弁護士の闘い】



こう話すのは、静岡県在住の古谷美穂さん(43)。2010年に航空自衛隊浜松基地で働き始めたが、男性の上官から2年にわたって継続的な性暴力を受けた。



体調を崩した古谷さんは2011年に大好きな自衛隊を泣く泣く辞めたが、その後も上官からの被害は続いた。2014年に裁判を起こし、東京高裁で880万円というセクハラ裁判としては高額の賠償金が認められた。



被害から10年。古谷さんは特殊清掃と災害現場復旧の会社を立ち上げ、経営者となった。心に深い傷を残す性暴力。古谷さんは「人に癒されて、人に生かされて、今があります。人の心は人じゃないと癒せない」と話す。



●上官の卑劣な行動、自宅に押しかけ

「サーカスの象と同じで逃れられない。このまま続くんだなあ、死にたいと思っていました」



上官からの性暴力は、働き始めて半年ごろから始まった。最初は「やめて欲しい」と拒否していたが、だんだん思考力もなくなり、逃げる気力もなくなった。「嫌なんだけど何も考えられず、廃人のようでした」。孤独に追い込まれ、何かをしようという気持ちも起こらず、睡眠薬や精神安定剤を飲むようになった。



当時、古谷さんには同じ浜松基地内で働く自衛隊員の交際相手がいた。上官との関係が終わることを期待して、古谷さんは上官に対し、交際相手がいることや自宅の鍵を渡していることを話した。



しかし、上官は自宅に上がり込み続け、古谷さんの体調に気を遣うこともなく性的関係を続けた。「また来るかもしれない」。古谷さんは自宅の電気を消して、身を潜めて生活した。



その後も、上官の行動はエスカレートしていく。2011年の3月11日に発生した東日本大震災で、交際相手が被災地派遣で長期間浜松基地を留守にすることがわかると、上官が自宅に上がる頻度は増していった。



その時すでに自衛隊を辞め、福祉専門学校に合格していた古谷さんだったが、再び体調が悪化。通うこともなく退学を余儀なくされた。



上官は常々、「俺は偉い」と人事への影響力もちらつかせていた。要求を断れば、交際相手に不利益が及ぶかもしれない——。そんな思いから、何もできなかった。「上官も慣れで増長していって、私はまさに囚われたような感じでした」。



関係が落ち着いてきた2012年3月ごろ、古谷さんは再びビジネス学校に通い、職業訓練を受け始めた。しかし、上官からの電話呼び出しが再開し、体調は悪化。病院で適応障害との診断を受け、またも学校を退校せざるを得なくなった。



●3年5カ月にわたった裁判

「どこかに言って、どうにかしなければいけない」。2012年の暮れ、古谷さんはついに被害を訴え出ることを決めた。自衛隊のセクハラホットラインに連絡し、警察や弁護士への相談を始め、裁判を起こすことにした。



セクハラ裁判の慰謝料額には相場があると聞いていたが、「お金で気が済むことはないけど、相場で決めるのではなくて、被害者がどうしたいか。自分が思った数字を求めればいい」と1000万円を請求した。



しかし、1審の静岡地裁浜松支部では、たった30万円の慰謝料しか認められなかった。客観的な証拠がなく、「脅迫がなかったのなら誘いを断れたはず」と強姦の主張が却下されたのだ。



続く高裁では、被害者心理を踏まえた判断がなされ、慰謝料800万円、弁護士費用を合わせて880万円の支払いが命じられた。



その後、被告は上告。最高裁の上告棄却決定が出るまで、約10カ月がかかった。それまでは常に不安があった。「早く終わらせたいという気持ちでした。でも、自分は悪いことはしていないから、たぶん大丈夫だと思うしかなかった」。



●人に救われ今がある

上官から「自分は信用されない人間」と思い込まされ、自尊心を奪われていた古谷さん。孤独の中から救ったのも、また、人だった。一番大きかったのは、裁判を一緒に戦った代理人弁護士との出会いだ。



「弁護士さんが自分のことを信用してくれて、それから段々と人付き合いができるようになりました。寄り添ってくれる弁護士はお医者さんみたいな存在。人生を軌道修正してくれて、自分の代わりに戦ってくれる。支えてくれる人に運良く出会えたんです」



それまで「死にたい」とばかり思っていたが、「人のために生きていても良い」と思うようになった。そして、「社会に戻りたい」という目標が生まれた。自殺現場や孤独死の現場に入って清掃をする「特殊清掃」と災害現場の復旧会社を立ち上げ、2020年に法人化した。



取材に応じたのは、自分が歩んできた10年の道のりを知ってもらいたいという思いからだ。「30代を全部潰してしまったから、40代は平穏に過ごしたいですね」。そう穏やかに笑う古谷さんは、いつかは、性暴力被害者が再び立ち上がるための支援をしたいと話す。



「被害を受けた人は悪いことをしていないんだから、何も恥ずかしいことはない。今だから言えるのかもしれないですが、裁判をやって怖いこともないし、自分の思いを言ったっていい。信頼できる人はあなたの側にもいるかもしれません」


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