水原希子が「脱ぎたくなった」親友とのロードトリップ 自らを解放させた写真集

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2021年04月14日 11:30  AERA dot.

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写真水原希子(みずはら・きこ)/1990年生まれ。2003年からモデル活動を始め、10年に映画「ノルウェイの森」で俳優デビュー。Netflix映画「彼女」が、4月15日から全世界独占配信(撮影/写真部・加藤夏子)
水原希子(みずはら・きこ)/1990年生まれ。2003年からモデル活動を始め、10年に映画「ノルウェイの森」で俳優デビュー。Netflix映画「彼女」が、4月15日から全世界独占配信(撮影/写真部・加藤夏子)
 写真家・茂木モニカさんが撮影したありのままの水原希子さん。それは米カリフォルニアの大自然の中で、自分を解放する旅だった。この旅をきっかけに、もっと自分に素直に生きることを水原さんは決意した。AERA2021年4月19日号に掲載された記事で、その経緯について話を聞いた。

【写真集『夢の続き Dream Blue』のありのままの水原希子さんはこちら】

*  *  *
——『夢の続き Dream Blue』は今から4年前、水原希子さんがロサンゼルスに短期留学しているときに撮影された。ロスを飛び出し、カリフォルニアの大自然の中、服すら脱ぎ捨てたありのままの姿の水原さんが写真集に収められている。

水原希子(以下、水原):本当に夢のような瞬間でした。自分自身があんなにも解放されたことはなかったし、景色も含めてすべてが夢のようでした。

 ロスでの滞在中、私はアメリカでオーディションを受けたりしていたんですが、英語の壁を感じたり、自分の意見を常にハッキリと表明するカルチャーに戸惑ったり。さらに「水原希子」という人間ではなく、「アジア人」というカテゴリーを求められるような息苦しさもあって、頑張った先に何があるんだろうとずっと葛藤がありました。

 そんなとき、長年一緒に仕事をしてきた写真家で、親友でもある茂木モニカがニューヨークから遊びに来たんです。モニカはとにかく明るくて、自分の気持ちに素直な子。話をするうちに「旅行行こうよ!」と言い出して。ちょうどモニカの友人で、私のルームメートだったクリスティンも長年つきあった彼と別れたばかり。3人で「行こうぜ!」と盛り上がって、行く場所も決めずにロードトリップに出ました。モニカはたくさんフィルムを買い込んで。

■自由でピュアな気持ち

水原:とにかく行き当たりばったり。モニカの元カレとの思い出の場所にも行ったし、シエラネバダでは車を止め、持っていった青いラグを敷き、女3人裸になって寝転びながら日光浴をして、話したり笑い転げたり、本当に楽しかった。

 砂漠や岩山が延々と続く景色の中、急に雪山が現れたときは、違う惑星に来たかと思いました。雪が残っているのに晴れているし、寒くないし、人は誰もいないし。

 いい景色があるとモニカが私を撮影していたんですが、なんかカメラの前でも脱ぎたくなったんですよね。モニカも「もう脱げば!?」って言うから、「ああ、脱ごうか!」みたいな感じ。自分たちを制限するものは何もないし、本当に自由な気持ちでした。

 素晴らしい写真がたくさん撮れたんですが、最初、写真集を出すことは考えられませんでした。モニカはずっと「私の最高傑作なんだから出そうよ」と言ってたし、私も出したいけど、これは出せないなと思っていた。私が裸になっている写真集を出すとなったら、何か突拍子もないものとして捉えられ、このピュアな気持ちは人に伝わらないんじゃないかと思っていました。

■生命力がみなぎる感じ

水原:ヌードというと、女性の場合、覚悟をもって脱いだというイメージを持たれてしまうことが多い。男性目線で作られることも多いし、昔、「ヌード写真集を出したら仕事なくなるよ」と言われたこともあって、タブーなんだと思っていました。

 でも、世界中でコロナが起きたとき、生死をものすごく意識したんです。時間は無限にあるような気がしていたけど、そうじゃない。明日何が起きるか分からないのに、自分の中のクリエーティブな意欲や、表現したい気持ちを抑え込んじゃったらもったいないと、生命力がみなぎってくる感じがしました。写真集を出すなら、今のこのタイミングしかないと思ったんです。

 この写真集にはヌードもあるけれど、人間は自然の一部なんだという気持ちを伝えられたらいいなと思っていますし、セクシュアルなものとは違う。女性の裸体に対してのある種のイメージや視点を、ポジティブに変えるものになっているんじゃないかなと思います。

——写真集以外にも、女性の見えない階層社会が描かれた映画「あのこは貴族」や、好きだった女性の夫を殺害する同性愛者の役を演じた映画「彼女」など、水原さんの最近の活動は女性の世界を描いた作品が多い。あえてそういう作品を選んでいるのだろうか。

水原:本当にそれは偶然です。でも、言われてみると、写真集は女友達と作ったし、会社のスタッフも全員女性なんですよね。私は母子家庭で育っているし、妹がいて、女性と一緒に仕事をするのは楽なのかもしれない。あと、周りはインディペンデントな女性が多い。モニカもそうで、10代の頃から写真家として活躍し、自分で道を切り開いてきた人。モニカと出会って私は世界が広がりました。

■連帯してケンカもする

 みんなからすごく勇気をもらえることが多い。自分としてこのままでいいんだ、強くあっていいんだと思わせてもらったし、連帯してきた感じはあります。ケンカももちろんしますけど、それはお互いが良くなるためですしね。「やらないと気がすまないでしょ、希子は。じゃあ、やっちゃえ!」って、色々背中も押されてきました。むしろ、止める人がいないかも(笑)。

——ロードトリップの経験は、水原さんにさらに「自分らしく生きる」ことを決意させたという。

水原:ロードトリップの後にロスに戻ったとき、自分がどうありたいか、自分は何が好きなのかを大事にしたいと思ったんです。人に媚びを売る必要もない、もっと自分に帰ろう、と。それで、自分の会社を立ち上げ、2018年に独立して、自分がわくわくする気持ち、わき上がってくる気持ちをコアに仕事をやってきました。

 とはいえ、立ち上げたばかりのときは不安もあって、くる仕事、全部断らずにやっていたんです。「この仕事、できるかな」と思っても、お仕事をいただけるだけでありがたくて。それは全部、自分の糧になったので本当に良かったのですが、今は少し気持ちが変わってきています。どんな仕事をしても、私が発信するものは、見た方にポジティブに受け取ってもらえるようにしたいと思うようになりました。たとえ大胆なことをしても、「こんな大胆なことしてもいいんだ」と、勇気を持ってもらいたい。

 だから私は、これから少し仕事を選びつつ、断る勇気をもっていけたらな、と。自分も素直でいられて、かつ、見る方に希望を持ってもらえ、背中を押してあげられるような仕事をしていきたいと思っています。

(編集部・大川恵実)

※AERA 2021年4月19日号

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