ラノベには正典や古典は存在しないーー『ライトノベル・クロニクル』が描き出す現状

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2021年04月15日 10:31  リアルサウンド

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社会とともに変化し続けるラノベの「現在」

 直木賞や本屋大賞で候補になる作品だけがベストセラー小説ではない。ライトノベルの世界には、関連書籍を含めた世界累計が3000万部を超える鎌池和馬「とある魔術の禁書目録」シリーズや、2000万部に及ぶ伏瀬「転生したらスライムだった件」といった人気シリーズがごろごろしている。


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 飯田一史による『ライトノベル・クロニクル2010―2021』はこうした、”大人”たちがワイドショーやニュースで取り上げないラノベの現況を教えてくれるガイドブックであり、同時にスマホの普及やボカロの台頭といった状況が、ラノベ好きですら追い切れない変化をジャンルにもたらしている様子を露わにした研究書だ。


 ジャンルとしてのラノベには現在しかない――『ライトノベル・クロニクル2010―2021』に登場するこの言葉が、ライトノベルというジャンルの傾向を、的確に捉えている気がしてならない。時雨沢恵一『キノの旅―the Beautiful World―』を取り上げた項で、重ねて使われている言葉の意味するところは、これらを読んでおけばジャンルの読者として通用する正典(キャノン)なり古典(クラシック)が存在しない、ということだ。


 SFならハインライン『夏への扉』、ミステリならクリスティ『そして誰もいなくなった』のように、ジャンルのことを知りたいならまず読んでおけと言われる作品が存在する。ラノベではどうか。神坂一『スレイヤーズ』や上遠野浩平『ブギーポップは笑わない』、そして初版セットが51万3000部という村上春樹ばりの数字になった『涼宮ハルヒの驚愕』を含む谷川流の「ハルヒ」シリーズのように、歴史を語る上で引っ張り出されるラノベは幾つもある。


 だが、これらがラノベの主要な読者層と言われるティーンに今も読まれているのか、これらを読んでおかなければ今の読者に受けるラノベを書いたり作ったりできないのかというと、そういう状況にはなっていない。


 目下の大人気ラノベとして2021年の項で取り上げられている作品に、馬場翁『蜘蛛ですが、なにか?』がある。現代の女子高生が異世界に転生してモンスターの蜘蛛になり、機転と根性で成り上がっていくストーリーだ。


 これは、転生者が最弱モンスターと見なされがちなスライムから国を統べる王になり、さらに魔王へと進化を遂げる「転スラ」に刺激され、書き始められたものだという。


 その「転スラ」は2018年の項で取り上げられていて、2015年の項に登場する丸山くがね『オーバーロード』の影響を受け、小説連載サイト「小説家になろう」で連載を始めたものらしい。


 注意したいのは、「転スラ」から「蜘蛛ですが」までが3年、そして「オバロ」から「転スラ」でも3年の間しかないこと。ヒット作に刺激を受けて書き始めた作品が、それほど間を置かずに話題となって追随者を生むラノベの世界では、世代を超えて長く読み継がれる正典や、立ち返って精神を学ぶ古典になどになっている暇などないのだ。


 もうひとつ、注意が必要なのがネットでの連載開始や書籍としての刊行時期(「蜘蛛ですが」は2015年、「転スラ」は連載2013年、刊行2014年)と掲載の年がズレていること。これはアニメ化によって消費者層が一気に広がったことで、「現在」を象徴している作品になったという著者の意図によるものだ。だったら、20周年を迎えてなおベストセラーのリストの上がり続ける「キノ」は、正典や古典ではないのかというと、その人気は「現在」であり続けていることによって「定番」化したものだという。


 本書では、学校における読書調査の数字を元に、中学生のラノベ離れが起きているという気になる指摘を行っている。マクロトレンドばかりを追いかけ、中高生のニーズに向き合っていない出版側の態度が2030年代にどう現れるかは、著者でなくても興味の及ぶところ。そうした中、「ブギーポップ」や「ハルヒ」を避けたガイドで「キノ」だけが取り上げられているのは、定番となって時々の10代に”発見”され続けているからだ。


 その理由として挙げられている、性的な意匠に乏しく学校の図書館に入れやすい、短編で朝の読書運動で活用されやすい――といったことを学んで、ラノベが回帰に向かうかというと、そこは講談社の青い鳥文庫や、ラノベの他に新海誠、細田守といったアニメのノベライズを入れて読者層を上に上げてきているKADOKAWAの角川つばさ文庫などが拾い上げていくのだろう。


 佐島勤『魔法科高校の劣等生』や日向夏『薬屋のひとりごと』、長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』、カルロ・ゼン『幼女戦記』、山口悟『乙女ゲーム破滅フラグしかない悪役令嬢に転生にしてしまった』等々、ずらりと並ぶ現在のラノベたちの多くが、ネットの小説連載サイトから出てきていることにも、目を配る必要がある。そこは、ブックガイドの間に「ウェブ小説書籍化の歴史」というコラムとして紹介してあり、遠く源流まで遡って知ることができる。山本周五郎賞作家の米澤穂信が、ネット小説サイトを運営していたことなど、改めて語られることの少ない情報が満載だ。


 もうひとつ、ボカロ小説の潮流にも目を向ける必要を感じさせる。2020年末のNHK紅白歌合戦で、KADOKAWAの新拠点「ところざわサクラタウン」から出演したYOASOBIは、ソニー・ミュージックエンタテインメントが運営する小説&イラスト投稿サイト「monogatary.com」に投稿された小説を音楽化にするプロジェクトから誕生した。カゲロウプロジェクトや、「告白予行練習」シリーズのHoneyWorksを第1波とするなら、YOASOBIやヨルシカ、カンザキカオリといったボカロPによる活動から、ボカロ小説の第2波が来ているようだ。ただし、何でもありのラノベジャンル内ですらラノベと認めないまま、ボカロ小説は文芸の方へ去って行ったという。


 勃興してジャンルとなり隆盛に至りながら現在を消費し続けるようになったラノベの行き着く先はどこか? 『ライトノベル・クロニクル2022-2031』の中にきっと答えが書かれるだろう。


(文=タニグチリウイチ)


このニュースに関するつぶやき

  • ジャンルとしてのラノベには現在しかない>のか。新語の続出と関係するのかも な。
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