『メタモルフォーゼの縁側』著者・鶴谷香央理が語る、BLと友情 「『異物』を取り入れると風通しがよくなる」

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2021年04月15日 12:01  リアルサウンド

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 「BL」という共通の好きなものを通して17歳の高校生・うららと75歳の書道教室の先生・雪が友情を育み、それぞれが新しい世界へと踏み出す姿をていねいに描いた『メタモルフォーゼの縁側』。「このマンガがすごい!2019オンナ編」で1位を獲得したほか多くのマンガ賞を受賞、連載中からたくさんの読者の支持を集めた本作は、2021年1月発売の5巻で完結した。自身初となる長期連載を終えて数カ月、著者の鶴谷香央理氏に、連載を通して感じたことについて、また自身の考える「友情」について語ってもらった。(門倉紫麻)


『メタモルフォーゼの縁側』1巻(KADOKAWA)
「詳細」を読むのは楽しいこと

――初の長期連載はいかがでしたか? 


鶴谷:最後の方は本当に苦しくて……長い連載を終わらせるのは、すごく大変なことなんだなと思いました。


――「このマンガがすごい!2019オンナ編」で1位をとられるなど、連載中に人気がどんどん上がっていったことをどんなふうに感じていましたか?


鶴谷:思ったよりたくさんの人に読んでもらえて、びっくりしました。地味なことを描いているという自覚があったので。でもだんだん、実はみんな地味なことが好きなのかなあと思うようになりました。地味、というと雑な言い方ですね……「詳細」ですかね? なんてことないことでも詳細に描かれていたら、それを読むのは楽しいと私も思うので。


――確かに鶴谷さんは大きな出来事をドンと描くというより、小さな出来事や心の動きの「詳細」をお描きになりますね。でもなんでも詳細に描くのではなくて、ご自身で描きたいものを選んで詳細に描いているのが伝わってきます。


鶴谷:自分が読んでうれしいこと、実感のあることを描くのは大事にしました。子どもの頃、ドラマの『やっぱり猫が好き』が好きだったんです。3人姉妹がただ部屋の中でしゃべっているという、一見地味だけれど楽しいことをいっぱいやっているドラマで。「ここを捉えてくれるの!? やったー!」という受け手としての喜びがあった。そういった先行作品にならって描いているのだと思います。


鶴谷香央理

――雪さんとうららさんに、感情を乗せながら読んでいる人が多かったように思います。自分と照らし合わせながら、いろいろなことを考えてしまうといいますか……。


鶴谷:そうやって読んでくださるのはうれしいです! 実際に感想を読んだ時には、驚きも大きかったですね。読んだ人の解釈というのは、こんなにもそれぞれなんだ!という発見がありました。


―― 「一度世に出したら、そこからは読者のものだ」と作家さんが言うのを聞くことがたまにありますが、それに近い感覚でしょうか。


鶴谷:そうですね。描いてみて初めて、そのことがわかって。私が描く時の解釈は1つですし、なるべく自分が考えていた通りに伝わるといいなと思ってはいます。でも、たくさんの受け取り方があるのはとてもいいことだと思ったんですよね。「え、これめっちゃいい作品やん!」って感じるような受け取り方をしてくださる時もありますし。「この人の中で、こういう作品になったんだなあ」と。すごいことだと思いました。


自分以外の人の話を聞いて作れたことは、私の「宝」

――75歳の雪さんは、鶴谷さんのおばあさまがモデルになっているそうですね。


鶴谷:はい。性格は違うんですが、物事の捉え方などはかなり参考にしました。


©鶴谷香央理(KADOKAWA)『メタモルフォーゼの縁側』

――とても魅力的なキャラクターですね。好奇心旺盛で、健啖家で、同人誌即売会にひょいっと参加する行動力もあって、自分の人生を楽しんでいる。以前のインタビューで、「おばあちゃんはカッコいいものっていうイメージがあって」とおっしゃっていましたが、まさに「カッコいいおばあちゃん」です。


鶴谷:うちのおばあちゃんに、こうだったらいいなという理想を乗せて描いたところもあります(笑)。うちのおばあちゃんは「もう、余計なものはいい」みたいな人だったんですよ。目的にまっしぐらというか、他人の目を気にするようなことは、半分オフにしていて(笑)。高校生とか大学生の頃の自分には、それがすごいことに見えたんですよね。よく悩みを相談していたんですけど、「大したことないよ」と言ってもらえるのを期待していたところもあったと思います。


――雪さんが75歳でうららさんが17歳。まったく違う場所で生きている者同士も心を通わせるができるのだ、ということに読むたびに勇気をもらっていました。そういうものが描きたいというお気持ちがあったのでしょうか。


鶴谷:それがわりと偶然で……「おばあちゃん」というアイデアは、編集さんが出してくださったんですよ。


――偶然だったのですね!


鶴谷:そうなんです。でも私は、偶然が大事だと思っています。自分が思いつくことには限りがあるし、つい整合性をとろうとしてしまう。でも人から何か言われることで、そこに「異物」が入ってくるというか……取り入れると、風通しがよくなると思います。私だけではなくて、みなさん自然とそれをやっているのかなと。昨日たまたましゃべったことを、しめきりで追い詰められて描いちゃう! とか(笑)案外そういうことで作品ができているのかも、と連載していて思いました。


――そんなふうに偶然から、すごく違う2人を描いてみたら手応えがあったというわけですね。


鶴谷:はい。自分のおばあちゃんのことがすごく好きなので「あ、描けるやつだった!」みたいな(笑)。


――連載中、お話に詰まった時はどうされていましたか?


鶴谷:しょっちゅう妹と会議をしていました。妹が考えたセリフや展開がかなりあって、もう一人の作者と言ってもいいくらいです。


――妹さんもご自分の意見がマンガに反映されていくのは嬉しかったのでは?


鶴谷:うーん……妹も創作に興味がある人なので、最初は自分の作品を作りたいという葛藤があったかもしれないな、とは思います。でも最終的に「そこはいいや」と言っていたので、それもすごいなと思いましたね。そうやって作れたことは、私にとっての宝だったと思います。


――妹さんと作れたことが宝、ということですか?


鶴谷:そうですね、妹の存在が大きいですが、ほかにも自分以外のいろいろな人たちから聞いたことを反映して作ってこられたことが本当にありがたくて……それは宝だなと。「これは絶対に100%自分が考えたもので、私に権利がある!」と言い切ってしまえるようなものではなかったことが、私にはよかった。このマンガでは、たまたま一番前に私の名前が出ているだけだと思っています。


高校生の自分に言いたかったこと

――雪さんとの関係性だけでなく、幼なじみの紡くんやその彼女の英莉ちゃんなど、同世代のいわゆる目立つ子たちとも、うららさんは自分なりの関係を築いていきますね。鶴谷さんが以前「学校では、華やかな子と地味な子が分かれてしまいがちで……資質や価値観の違いを理解することは必要ですが、仲よくなれないわけじゃないと思っています」とおっしゃっていた記事を読んで、すごく素敵だなと思いました。


鶴谷:相手のことを最初から怖いと思ったり、たぶんこういう人だろうなと決めたりすることで、うまくつきあえないことが自分にもあったなあと。今でも全然あるんですけど(笑)、なるべくそうしないようにしたいとは思っています。



――特にうららさん世代の人には、直接響く部分だと思います。


鶴谷:妹から「高校生の時の自分に言ってあげたいことを描いたら?」と言われたんですよ。それで考えて、「偏見で人を見ないほうがラクだと思うよ?」と自分に言いたいなと思いました。


――紡くんとうららさんは、とてもいい関係性ですね。無理に恋愛関係に進むのではなく、お互いがいてよかったと思えるような間柄です。


鶴谷:恋愛感情が100%ないかというとそんなこともないと思いますし、恋愛関係になる可能性も十分にあるとは思います。ただ、「あの人とは恋愛にはならなかったけど、大好きな人だったなあ」と思ったりすることってありますよね。しかも自分とは全然性格が違う相手なのに。あの2人で、そういうことを描きたいなと思いました。


「何回でも友だちになれるよね」と言われてハッとした

――ラストは、雪さんが外国で暮らしている娘夫婦のところに旅立ち、うららさんはそれを見送る、というものでした。2人のこの後があると思えるような清々しい終わり方ですね。


鶴谷:そう言っていただけて、安心しました。わりと早い段階から2人が離れる終わりにしよう、とは決めていて。高校生の時にすごく仲が良かった友だちがいるんですが、卒業してからは頻繁に合うこともなくなりました。でも、久しぶりに会った時に「仲良くなったあの時があるから、これからも何回でも友だちになれるよね」と言ってくれて……。ハッとしましたし、すごくしっくりくるな、と。このマンガでも、2人の関係をそうできたらいいなと思っていました。


――高校生のうららさんがずっとこのまま75歳の雪さんと友だちでいるとは考えにくいですが、「何回でも」友だちになればいいんだと考えると、希望がわいてきます。


鶴谷:2人はいい思い出を共有しているけれど、ずっと足並みを揃えて一緒に生きていくような友情とは形が違うのかなと思うんです。嫌いになったわけじゃなくても、物理的な距離が変われば関係も変わったりしますよね。前はそれがさみしいと思っていたんですが、今はそういうことではないよなあと思っています。



――物語終盤で雪さんが娘に、うららさんへの感情を「こういうのを執着っていうのかしらね」と言っていますが、むしろまったくそう感じさせない言い方で。執着にはならない、2人の友情のあり方も魅力なのだなと思いました。


鶴谷:私は雪さんとは逆で、執着したり、共通理解が得られるはずだと思いすぎて、うまくいかないことがたくさんありました。相手と自分が完全に理解しあって、混ざり合っていると思っていたんですよ。でも、そんなわけはなくて。他人というのは、本当に自分とは違うものなんですよね。雪さんとうららさんも腹を割ってどんどん話していったら、合わないところも出てくるかもしれないけど、気持ちを想像し合って、つきあえるところでつきあうものなのかな、と今は思います。


――確かに2人はすべてを話してはいないですが、それでも心が通じ合う部分がある。2人を見ていると、それでいいんだなと思えてきますね。


鶴谷:はい。これも若い時の自分には、わからなかったことですね。


別のものになることが変化ではない
©鶴谷香央理(KADOKAWA)『メタモルフォーゼの縁側』

――うららさんは、雪さんとはまた違って、人の気持ちがわかるからこそ行動をちゅうちょしてしまうような、繊細で熟考型の女の子ですね。すんなり生まれたキャラクターですか?


鶴谷:うららさんは、ずっと描きたかった人なんです。10年くらい前から「BLを好きな子がいて、それを後ろめたいと思っている」というネタがあったんですが、どういうストーリーにはめようかなとずっと考えていました。


――ビジュアルに関しては、以前描かれた短編『吹奏楽部の白井くん』(『レミドラシソ』所収)の主人公・白井くんがもとになっているそうですね。


鶴谷:はい。アイデアスケッチを描いていた時に「あ、白井くんにしよう!」と(笑)。うららさんは、自分の見た目に頓着しない子がいいなと思っていました。ギザギザの黒髪で三白眼の白井くんの見た目がすごく好きだし、しっくりきました。


――うららさんは、雪さんと出会ったことでゆっくり変化していきますね。彼女の変化していく速度や度合い、変化の方向がとても自然でした。


鶴谷:実感として、私にあるものなんです。人の成長とか変化を、まるで別のものになるとか、弱点を克服しました! というふうに描くのは違うなと思っています。うららさんがマンガを描くのがすっごくうまくなってマンガ家になりましたとか……もちろん未来にはあることかもしれませんが、それを描こうとは思いませんでした。私は今38歳なんですが、若い時と比べても根本の部分はほぼ変わっていないんですよ。でも「自分の弱点は何か」とか、自分のことが自分でわかるようになったり、自分の活かし方がわかったりするようにはなってきた。そういうことを変化というのかなと思います。


――紡くんが留学する英莉ちゃんを見送りに空港に行こうとして、うららさんに途中までついてきてほしいと頼むエピソードが最終巻にありましたね。それまでの彼女なら行かなかったかもしれませんが、とても自然に引き受けていて。彼女が自分にできることをした、素敵なエピソードです。


鶴谷:あれを横道のように感じた方もいるかもしれないんですが、どうしても描きたかったエピソードなんです。人のために何かしようと思う気持ちって、難しく捉えられてしまったりすることもありますが、すごく自然な感情でもありますよね。それを無理のない範囲でやる、ということが描きたくて。


©鶴谷香央理(KADOKAWA)『メタモルフォーゼの縁側』

――雪さんと一緒に、2人を結び付けてくれたマンガ家のサイン会に行く予定があったけれど、待ち合わせには遅れていけばいいと判断して、雪さんにもてきぱきと連絡をとっていました。


鶴谷:うららさんは紡くんについていくことで、サイン会に時間通りに行くという「自分のこと」が減っても「まあいいか」と思えたんですよね。何かを好きになることについて描くことになった時に、その好きになったものはちょっと人に譲ってあげることもできる……ということも描けたらいいなと思っていました。


「好きなもの」は「チェーンのコーヒーショップ」でもいい
©鶴谷香央理(KADOKAWA)『メタモルフォーゼの縁側』

――好きなものがあること、共有することの楽しさが全編にあふれていて、2人がBL作品について語り合う場面は見ていて幸せな気持ちになりますし、共感した方がとても多いと思います。ただ、以前の私がそうなのですが熱狂的に好きなものはなくて、それがある人に憧れたりさみしく感じている人もいるのかなと……。


鶴谷:私も熱狂的になることに憧れがあるほうなので、気持ちがすごくよくわかります! 好きなものがまったくないという人はあまりいないと思うんですけど、それを誇れないと思っている人は多いような気がします。仕事をする時によく喫茶店に行くんですが、私はチェーンのコーヒーショップが好きなんです。でも「好きな喫茶店を教えてください」と聞かれたら「どこかにある素敵な純喫茶」を挙げなくちゃいけないような気になってしまって……。本当は最寄り駅のイオンに入っているチェーンのお店が好きだと言えば良いですよね。


――熱狂的に何かを「推しています!」ということだけが「好き」ではない、と。


鶴谷:はい。熱狂的に何かを推すのはすごくかっこいいと思うし、私もめちゃくちゃ憧れるんですけど……誰かが個人的に好きだと思っているものを知ることも楽しみだと気づきました。


――そう考えると、確かに誰にでも何かしら好きなものやおもしろいと思うことはありそうですね。


鶴谷:よく友だちと作業通話をするんですけど、たいていは身にならない、どうでもいいことをしゃべっているんですよね。家族ともそうですし。でも、その時間って、最高なんですよ。この前は友だちに「靴ベラが便利なことに気づいた」と言われたので、私も「急須って便利だよね」と言って(笑)。そういうことでとても癒やされます。


――「急須の話なんて」と口に出さずにいるのはもったいないですね。実はおもしろいことなのかもしれないわけで……。


鶴谷:そうです、そうです。急須と靴ベラでめちゃくちゃ盛り上がりましたもん(笑)。


「話を聞いてもらえる」マンガもいいかなと

――これから、どんなマンガを描きたいと思っていらっしゃいますか?


鶴谷:難しいですね……。『メタモルフォーゼの縁側』では「やさしいことを描こう」と思っていたんです。でも描き終わってみると、人間はもうちょっと複雑なものだから、次はそういうところも描くのを目標にしていたんですが……コロナで世の中がガラッと変わって、何を描いていいのかわからなくなってしまいました。


――この状況が創作活動に与える影響は、きっと大きいですよね。


鶴谷:みなさんどう考えているのか、聞いてみたいです。ただ……先ほど言ったように、妹になんでも話しを聞いてもらえるのが本当にありがたいことだと思ったので、「話を聞いてもらえる」感じのマンガもいいかなと思ったりしています。


――「話を聞いてもらえる」という言葉がコンセプトとして出てくるのがおもしろいですね。ぜひ読んでみたいです。


鶴谷:どうすれば作品になるのかは、まだ何もわかっていないんですが(笑)。でもあまりのんびりもしていられないので……がんばります!


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