進む復興、心は置き去り=「忘れないで」語り続け―息子亡くした両親・熊本地震5年

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2021年04月15日 21:00  時事通信社

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写真桜の花を眺める大和晃さんの父卓也さん(左)と母忍さん。2年前、亡くなった晃さんの年齢と同じ22本を植えた=11日、熊本県南阿蘇村
桜の花を眺める大和晃さんの父卓也さん(左)と母忍さん。2年前、亡くなった晃さんの年齢と同じ22本を植えた=11日、熊本県南阿蘇村
 関連死を含め276人が犠牲となった熊本地震は、本震が起きてから16日で5年を迎える。復興が進んで街の風景が変わる中、亡くなった熊本県阿蘇市の大学生大和晃さん=当時(22)=の両親は、取り残されたような気持ちを抱えている。

 晃さんは本震が起きた際、阿蘇大橋(南阿蘇村)付近で車ごと土砂崩れに巻き込まれた。2日前の前震で被災した友人宅に飲料水を届け、自宅に戻る途中だったという。父卓也さん(62)は「田植えや稲刈りを頼むと必ず手伝ってくれた。素直で優しい息子だった」と振り返る。

 あの日から5年がたち、現場近くの寸断された国道は復旧し、崩落した阿蘇大橋は架け替えられた。卓也さんは「周りは前に進んでいる。自分たちも進んでいるけれど、差がどんどん開いてきた」と話す。母忍さん(53)は「置き去りにされているような気持ち」といい、国道も新しい橋もまだ通ることができない。

 地震による直接死50人のうち、最後に遺体が見つかったのが晃さんだった。県などが捜索を打ち切った後も両親は捜し続け、谷底から車体の一部を発見。地震発生の4カ月後に遺体を収容することができた。

 「晃を忘れないでほしい」との思いから、講演依頼などに応じ、自らの体験を伝えてきた。ただ、息子の部屋は、隠れて吸っていたたばこや食べかけの菓子などが当時のまま残っている。忍さんは「会えていない。声も聞けない、触れることさえできない。それが5年続いてきた」と語る。

 2年前、南阿蘇村にある忍さんの実家裏に、晃さんの年齢と同じ22本の桜の苗木を植えた。復旧した国道や鉄道の車内から見える位置で、「咲いた姿を見て、地震や晃のことを思い出してほしい」との願いを込めた。今春、6本で花が咲いた。 

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