メイクは「なりたい自分」になるためにーー『Get Ready?』に学ぶ、コスメの入り口

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2021年04月18日 11:01  リアルサウンド

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『Get Ready?』4巻(白泉社)

 最近、Twitterでバズっているのを見て、つい買ってしまった『顔に泥を塗る』(ヨシカズ/竹書房)。タイトルだけ見ると想像つかないかもしれないが、地味な女性がメイクで人生を変えていく過程を描いたマンガである。


関連:【画像】『Get Ready?(1)』表紙など


■「なりたい自分になるため」にメイクを変えた


 主人公は25歳の受付嬢・美紅。「仕事柄、もっとしっかりメイクしろ」と言われた彼女は、とりあえずリップの色を濃くするところから始めてみるのだが、同棲中の彼氏に「中学生の厚化粧」と言われてしまう。落ち込みながらも、仕事中に出会った鮮やかな赤リップの似合う美女が実は男の子だと知り、童顔だとかメイクが下手だとかは言い訳にならないと決意して、勇気をふりしぼって憧れのデパコス(デパート・コスメ)で赤リップを買う。


 その一歩を踏み出したのは、彼女自身が“なりたい理想”に近づきたいと思ったからだ。上司に言われたから、彼氏に褒めてもらいたいからというのは二の次で、優雅で美しい憧れの大人の女性になりたかったから。くだんの男の子にフルメイクもしてもらい、いつもと違う自分を発見して喜んでいた矢先、けれど、彼氏に頭からクレンジングオイルをかけられてしまう。さらに追い打ちをかけるように彼氏は言う。「とりあえずその化粧 似合ってないから」「まずその汚い顔 綺麗に落としてから もっかい説明して?」。


 モラハラ男キター! という感じで、第1話からめちゃくちゃ不穏。怖くてしかたない始まりなのだが、問題は、美紅の彼氏が、美紅のメイクを、自分の好みでコントロールしていいと思っている点である。先述のとおり美紅は「モテるため」でも「彼氏に気に入られるため」でもなくただ「なりたい自分になるため」にメイクを変えた。自分に堂々と胸を張るための手段として赤いリップを選んだのだ。


 けれど世間的にはいまだに、メイクもファッションも「モテ」のため――好きな人に好きになってもらうための手段として扱われ、女性に対してもしばしば「もっとメイク薄いほうがかわいいのに」「あんまりケバいのは男受け悪いよ」といった声がかけられる。もちろん状況によっては男性ウケを狙ったメイクも必要だけど、そのせいで、本当はメイクに憧れている/かわいくなりたいのに素直になれない女性も少なくないのではないだろうか。つまり、メイクに興味をもてないからしない、のではなくて、「私は男ウケとか気にしないし、チャラチャラしたくないからメイクなんてしないの!」という意地――“かわいい”は自分のものではないと思いこんで遠ざけてしまっている女性が。


 発売されたばかりの『だから私はメイクする』2巻では、合コン帰りの女性たちを見て「モテを気にせずにいられる世界のほうがラク」と言う友人に「『男ウケ』大いにいいじゃない! ウチらとはモチベが違う それだけよ!」と主人公がいうセリフがあるが、目的はなんにせよ、おしゃれすることで満足した自分になれるならそれが一番じゃないか! という“自分のためのメイク/ファッション”を後押しする風潮は、近年のマンガに多くみられる(ついでに言えば『ジェンダーレス男子に愛されてます』にみられるように、それは女性に限った話ではない)。


 そもそもマンガや小説に親しんできた人たちは、現実の流行ファッション自体には疎くても、美そのものへの意識は高いことが多い。ただ、「ファッション誌を読むのは数学の教科書より難しい……」というのは高校時代の筆者のぼやきだが、きらきら輝くモデルたちと自分をなかなか重ね合わせることができなくて、コスメもファッションもどう学んでいいかわからない。そんな人たちにおすすめなのが南マキのマンガ『Get Ready?』(白泉社)である。


 主人公の園村涼(すず)は、コスメ研究をするゼミに所属する女子大生……なのだが、そばかすもクマも隠さず、化粧っ気けゼロ。男子に媚びる気も一切ないので、何かにつけてブスと罵られ、キラキラした女子たちからは「コスメの研究なんて似合わない」と笑われる。そんな扱いに慣れきっている彼女は、いちいち傷つくこともなく、かわりにどんな女の子もきれいに変身させられるコスメの魔法をきわめようと、研究に明け暮れている生粋のコスメオタクだ。そんな彼女が、謎の人気美容YouTuber・イチカと出会い、ともに動画制作をしていくうちに少しずつ変化していく……というのが本作のあらすじ。


 「Get Ready?」というのは、イチカのYouTubeチャンネルで使われる合言葉。それは、マンガの中の視聴者だけでなくて、読者である私たちにも向けられている。イチカと涼の紹介するコスメはすべて実在するものばかりで、それぞれのお悩み別に、デパコスからプチプラコスメまであらゆる商品が紹介される。


 コスメ初心者にとっていちばん悩ましいのが「どのブランドのどれから試していいかわからない」ということだ。「ファッション誌なんておそれおおい……」「どう読んでいいかわからない……」という読者にとっては、すっぴんでもかわいい現実のモデルたちにおすすめされるよりも、ブスと言われても、むしろ言われ続けてきたからこそ、コスメを愛し、研究し続ける涼の言葉のほうがより響くのではないだろうか。実際、高校時代の自分が――ピンクの洋服を着ることさえ抵抗のあった自分がこの作品に出会っていたら、「涼ちゃんがおすすめしてたから、まずはこの商品を試してみよう」と思えたんじゃないか、という気がする。


 たぶん実際のYouTubeも、ファッション誌も、視聴者・読者のモチベーションは同じなのだろうと思う。けれどそのどちらにも、ハードルが高くて親近感を抱くことができない人も、きっといる。そんな人たちに南マキは、物語を通じてコスメの入り口を開いてくれているのである。


 自分をかわいくするためのツール、というだけでなく、本作は物語としてもシンプルにおもしろい。涼の相棒・イチカは、誰もが目を惹く美少女だけど、涼のことを誰よりかわいいと言ってはばからない。彼女のまっすぐな愛情が、涼の傷を癒し、勇気となる。実はイチカの正体は男子高生で、涼に恋心を抱いているのだけれど、涼が決して「恋愛によって救われるわけじゃない」というのもまた、本作の魅力だ。コスメが恋愛のためだけに存在するのではないように、人の魅力は、恋愛のためだけに発揮されるものではない。涼が涼であること。イチカがイチカであること。それじたいがとても魅力的で尊いのだと、二人の成長を通じて描かれていくその過程にグッと胸をつかまれるのである。


 とはいえ、恋の行方は気になるもので。関係が深まるほどに、そして年月が経つごとに、正体を隠すのが難しくなっていくイチカは今後、どうするのか? 素顔をさらしてビフォアフターを見せることをコンテンツの強みにしようと決めた涼に襲い掛かる、日常と比にならない「ブス」のあおりにどう立ち向かうのか? 本当に美しいとはどういうことか、コスメにはどんな魔法がそなわっているのか、あらゆる角度から描き出す本作は、すべての人たちに「可愛いを諦めないで」と背中を押してくれる物語である。


■立花もも
1984年、愛知県生まれ。ライター。ダ・ヴィンチ編集部勤務を経て、フリーランスに。文芸・エンタメを中心に執筆。橘もも名義で小説執筆も行う。


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  • たから私はメイクするはエッセイとコミック両方持っています。この画像の漫画もコスメメイク扱っているなら読んでみたい。大きな本屋行って探そう。
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