松山ケンイチ「俳優の世界に両足をどっぷりつかるのではなく、片足をはみだすことで見える大切なものを知りたかった」

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2021年04月18日 15:11  ダ・ヴィンチニュース

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写真松山ケンイチさん
松山ケンイチさん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載「あの人と本の話」。今回登場してくれたのは、映画『BLUE/ブルー』で、誰よりもボクシングを愛しているのに試合で勝つことのできないボクサー・瓜田を演じた松山ケンイチさん。私生活で畑づくりを始めたことが、俳優業にどんな影響を与えているのかお話を伺いました。

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「もっと客観的に、俳優というものを感じたいな、と思ったんです。両足どっぷりその世界に浸かることで見えるものもあるとは思うけど、片足をはみだすことで見えてくる大切なものもあるんじゃないかって」

 と、私生活で畑づくりを始めた理由について語る松山さん。

「ずっと、演じることに窮屈さを感じていました。もっと自由にできるはずなのに、どうして自分の狭くて小さな価値観に縛られて、こうあるべきだとか、こうに違いないとか、思い込んでしまっているんだろうって。東京ではない場所に住まいをもつことにしたのも、映画で描かれるのは東京の物語ばかりではないのに、その風景にだけ染まってしまうのもどうなのかなと思ったからです。今回の『BLUE/ブルー』もそうですが、都会から離れた場所に生きる人たちを演じる機会はこれからもたくさんあるわけですからね」

 その迷いは、演技するうえで松山さんが「説得力」を何より大事にしているから、でもある。

「自分自身のそもそもの“説得力”の認識が甘いんじゃないかなって思ったんですよね。とある農家さんに言われてハッとしたのが『あの雑草も命だからな』って言葉で。もちろん都会に暮らしていてもアスファルトから伸びる草や、突如育つ大根みたいなものに生命力を感じることはあるけれど、日々、命に触れている農家さんの実感とは全然ちがう。そういう、何気ない当たり前の感覚を無視して生きるのはやっぱりおもしろくないよなあ、と改めて思ったんです」

 農業哲学者の福岡正信さんの著書『自然農法 わら一本の革命』に出会ったのは、畑づくりを始めることにしてから。「どんなふうに作物を育てたいか?」と考えたとき、農薬や化学肥料を一切使わないどころか、畑は耕さず草とりもしない、あるがままの自然にゆだねるという、福岡さんの提唱する自然農法に惹かれた。

「読んでみると、生き方そのものも考えさせられる本でびっくりしました。放任と自然はちがう、っていうのが福岡さんの考えだけど、本当に必要なものだけ選んで、流れに身を委ねるってめちゃくちゃ難しいと思うんです。そんなつもりはなかったけど、僕もいつのまにか余分な知識や情報を取り入れて、過剰になっていたんだと感じました。ストイックに打ち込んでいるつもりで、ただ視野が狭くなっているだけってこともたくさんある。断捨離やミニマリストも、方向が逆なだけである意味、過剰だと思っていて。俯瞰して全体を見つめないと、自然体にはなれないんだなあと気づかされました」

 その視点を得たから、だろうか。映画『BLUE/ブルー』で松山さんが演じる負け続きのボクサー・瓜田は、そのたたずまいがとてもしなやかだ。たとえば、昼間、トレーナーとして接する年配の女性に「いつまでもこんなことやってないで、ちゃんとしなきゃだめよ」と言われたときも、怒るでも落ち込むでもなく、ただ笑う。

「まあ、瓜田とおばちゃんでは人生観が違いますからね。こうなったら成功だとか、勝ちだとか、その基準は人それぞれ。僕にも何度か経験がありますが、立場も、見ている景色もまるで違う相手とは、分かりあえないんですよ。だから強固に反論する必要はない。だけど、おばちゃんの考え方も許容したうえで、自分の価値観をもつのが必要なんじゃないですかね。瓜田はそれができるから、弱いけど強いのかなあって思います」

 そんな瓜田が物語中盤、東出昌大さん演じるジムの後輩・小川に感情をぶつける場面がある。自分とは違って才能があり、チャンピオンの座も目前で、瓜田の初恋の人でもある幼なじみとの結婚を控えた彼に、言わずにいられなかった本音。

「それまで見せてきた瓜田の顔とは違うから、どうやって言おうか悩んだ場面ではありますが、考えすぎてもよくないな、と思い臨みました。うまくいったんじゃないかなと思います。今回は、台本をあんまり読み込むことはしなかったんですよね。どんな状況であってもそこにいるだけで瓜田だって感じてもらえるような、存在のリアリティみたいなものを意識し続けていたら、忘れちゃっていたっていうのもあるんですけどね(笑)。でも、それでよかったんじゃないかと思います。僕が瓜田にさえなれていたら、どんな言葉を口にしたとしても、説得力があるじゃないですか」

 相対する人によって変わる声のリズムや表情。言葉がなくてもにじみでる、瓜田のボクシングへの愛と、圧倒的な才能を前に押し寄せてくる悔しさ。その些細な場面の一つひとつが、本作のかなめだ。

「自分の出ている場面は、これで大丈夫かなって不安になっちゃうので、あんまりちゃんと観れていないんですが、他の人たちの演技はすごくよかった。(柄本)時生くんが、シャドウしてシュッて言いながら自販機のボタンを押すところなんか好きだったなあ。そういう、言葉にしづらいような些細なシーンまで、監督の想いの詰まった映画だなと思います」

取材・文:立花もも 写真:山口宏之ヘアメイク:キクチタダシ(LUCK HAIR) スタイリスング:五十嵐 堂寿 衣装協力:スーツ8万9000円、シャツ1万9000円、ベスト参考商品(すべて五大陸/オンワード樫山 お客様相談室 TEL03-5476-5811)、ほか私物

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