『新・謎解きはディナーのあとで』新章開幕でさらにパワーアップ 文芸書ベストセラーランキング

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2021年04月20日 10:31  リアルサウンド

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4月第1週文芸書ベストセラーランキング

参考:週間ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(4月6日トーハン調べ)


 4月6日調べの週刊ベストセラーランキング、本屋大賞発表前とあってか、ノミネート作品のランクインはなし。だが、2011年に本屋大賞1位を獲得し、累計420万部を突破した東川篤哉「謎解きはディナーのあとで」シリーズの最新刊『新・謎解きはディナーのあとで』が9年ぶりに発売され、4位に名を連ねた。


「失礼ながらお嬢様――この程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか」


 世界的に財をなす宝生グループ総帥の一人娘であり、国立署の新米刑事でもある主人公・宝生麗子に向けられたセリフである。言った相手は、彼女に仕える執事兼運転手・影山。およそ主人に向けるセリフとは思えず、聞いた麗子はもちろん激昂して「クビ!」と連呼するのだが、影山の鋭い推理で結果的に犯人逮捕へと導かれてしまう。


 「本当はプロ野球選手かプロの探偵になりたかったのでございます」と言う影山がどんな人生を歩んできたのか、はなはだ疑問だが、令嬢刑事と毒舌執事のユーモラスな掛け合いが味わえる本格ミステリは刊行直後から人気を呼び、北川景子×櫻井翔でドラマ化されたことで、さらにその人気は拡大。2011年のトーハン年間ベストセラー第1位にも輝いた。巻をおうごとに、影山に頼りきりだった麗子も成長を見せ、2014年に刊行された3巻では、麗子の上司・風祭警部が異動したことで幕を閉じたように思われたが――。


 風祭警部は、風祭モータースの御曹司で、麗子いわく成金趣味。「風祭警部が冴えていらっしゃる!? それはむしろ危険な兆候なのでは?」と影山が言うほど推理はいつも頓珍漢なのに、麗子(影山)の手柄は総じて横取りという、文字にすればイヤな奴なのだが、どこか憎めない(ドラマでは椎名桔平の演技が絶妙で、2013年には彼が主人公のスピンオフドラマが放送されている)。警視庁に栄転したはずなのにミスを犯して国立署に戻ってくる、というのはあまり驚くことでもないが、やや天然の新米刑事・若宮愛里もくわわるとなれば、事件の外でも賑やかな騒動が起きるのは必至。タイトルに「新」とついているからには、これ1冊で終わるのではなくきっと新章がスタートしたということで……。あいかわらず舌鋒鋭い影山の推理と麗子との掛け合いはもちろん、さらにパワーアップしたキャラクタードラマにも注目である。


関連:【画像】唯一“新刊”としてランクインしているカズオ・イシグロの『クララとお日さま』


 ロングセラー作品や人気シリーズの最新刊が並ぶなか、唯一“新刊”としてランクインしているのが、ノーベル文学賞受賞後第一作となるカズオ・イシグロの『クララとお日さま』。


 あらすじに触れずいきなり物語を読みはじめると、最初は語り手の〈わたし〉を指すらしい「AF」がなんのことだかわからないだろう。けれど数ページ読めば、〈わたし〉と、一緒にショーウィンドーに並べられているローザやほかの子たちが、どうやらロボットらしいとわかってくる。彼女たちを求めて店を訪れるのは子供たち。もちろん決定権は代金を支払う親にあるのだけれど、〈わたし〉たちは子供たちの情操教育のためにつくられた〈人工親友(Artificial Friend)〉であることが、やがてわかる。


 〈わたし〉ことクララは一世代ふるいモデルだけれど、どのAFよりも観察眼に優れていて、何事にも慎重に適切な判断をくだすことのできる賢い子なのだということも、わかってくる。人工知能ロボットに、そんな表現はふさわしくないのかもしれない。だが、観察による成長と人間との触れ合いによる学習で感情さえも習得していくクララの語りをたどるうち、読者はみな、彼女がロボットということを忘れて親しみを抱いてしまうだろう。クララを見出し、家に連れ帰ったジョジーや、母親のクリシーのように。命にかかわる病におかされ、日に日に弱っていくジョジーのために、ほとんど信仰といっていいほどの祈りと献身を〈お日さま〉に捧げ続けるクララを知れば、なおさらだ。けれどその感情移入に、どっぷり浸かりきることはできない。科学の進歩によっておそらく拡大しただろう社会的格差。命を奪う危険性のある、人にほどこされる技術。踏み越えられようとする倫理の壁。クララの純真なまなざしを通じて描かれるそれらの問題が、読み手の心をひやりとさせる。いったい“人間らしい”のは、クララなのか人間たちなのか。本書は静かに、けれど鋭く、読み手に問いかけてくる。


 こんなの、泣くに決まっている。とラストにたどりついて思う。けれどただ、感動したとか切ないとか、わかりやすい言葉にまとめてしまってはいけない、とも思う。なぜ私たちはこの物語に揺さぶられるのか。いとおしいと感じたのは、目をそむけたくなったのは、いったいどの瞬間だったのか。クララがそうしていたように、感情とそれをもたらした事象を静かに解析しながら、自分を自分たらしめているものは、人間として存在させているものはなんなのか、考えたくなる一冊である。


(文=立花もも)


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