どこの国の話? 名古屋入管で死亡したスリランカ女性33歳の背後の無数の声を想像した

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2021年04月20日 17:30  AERA dot.

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写真写真はイメージです(Getty Images)
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 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、いま起きている人権侵害について。

【写真】中国の国旗が…新疆ウイグル自治区ウルムチの様子
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 テレビをつけたら壇蜜さんが「生きることを無理やり諦めさせられているような、その判断を人にさせるというのは、今の時代にあっていいのかと思いました」と深刻な顔でコメントしていた。とっさにいろんな人の顔が浮かんだ。

 番組は、中国政府に拘束されているウイグル人についてのものだった。収容所に拘束されているウイグルの人々は手錠をかけられ、暴力を振るわれているという。何よりいったんとらわれてしまえば生死すら誰も分からない。残酷な人権侵害に立ち向かう人々の姿も描かれており、NHKの番組はそれを「世界で起きていること」「外国で起きていること」と報じていた。それでも、私はそれが「新疆ウイグル自治区で起きていること」と分かるのに、少し時間がかかった。たぶん、「生きることを無理やり諦めさせられている」という壇蜜さんの、耳に残る溶けるような声によって、なんだかいろんなものを引き出されてしまったために、日本の話に聞こえていたのだと思う。

 原発事故で、生まれ育った故郷を奪われた女友だちの顔が浮かんだ。小さなプレハブの仮設住宅に4年間暮らした後に一軒家を与えられた。そのころには夫との仲が完全に壊れ、体調を崩すようになり、そして恐れていた重いうつ病を発症し、誰とも会わなくなり、今は認知症が進行してしまい施設に暮らしている。
 
 学校の先生だった。はつらつと大きな声で、原発の後も被災者のコミュニティーをつくったり、高齢女性たちのために編み物などの手仕事を生みだしたりするなど忙しくしていた。安倍政権に強い怒りを持っていて、同じように苦しむ仲間たちと政治活動もしていたけれど、ある日、ポキッと、折れた。何をやっても無駄、声をあげても無駄、もう無駄、という絶望に諦めを強いられたのだ。

 先日、銀座のレストランで、中国人男性が接客してくれた。以前は中国人客でにぎわっていた店だ。彼に、「早く、中国人のお客さんに戻ってきてほしいですね」と声をかけると「もう、戻らないです」と顔色を変えずに言った。驚いて黙ると、「中国人、みんな日本を信頼していました。日本の食品はおいしくて安全。でももう、汚染水流れたら、来ないです。コロナより怖いです」と言うのだった。

 原発処理水の海洋放出決定について、中国の政府高官が「太平洋は日本の下水道ではない」と当たり前の批判をしたことに対し、「みんなの海じゃないのかね?」と言い返した麻生さんの言葉は、十分に、生きることを諦めさせられるような気持ちにさせるものだった。信頼できる情報ではなく、“国が安全といっているから安全なのだ”、という力業で、不安の声をふさがれることに、私も鈍くなりつつあるのだと思った。中国人ウェーターの「もう、戻れない」の言葉に、気づかされた。「生きることを無理やり諦めさせられている」。壇蜜さんの言葉に、中国人ウェーターの深刻な横顔が浮かんだ。

 テレビの中ではウイグル人収容所で人々が囚人として扱われている残酷さを訴えていた。でも、いったいこれはどこの国の話なのだろう。テレビ画面の中で「家族を帰して」と訴えるウイグル人の怒りの声は、日本の法務省入国管理局(入管)収容所の前で泣き崩れる人々のそれとまったく同じだった。

 外国人支援団体「編む夢企画」を主宰する織田朝日さんの『ある日の入管〜外国人収容施設は“生き地獄”〜』(扶桑社)を読んだ。織田さんが実際に入管収容所で見たものが、4コマ漫画で描かれている。

 今年3月、名古屋入管に収容されていたスリランカ人の女性が死亡した。33歳だった。具合が悪いと訴えても点滴もしてもらえず、死亡の原因もいまだに明らかにされていない。2017年に英語教師になる夢をもって来日したが、経済的な困難を抱えビザが失効してしまう。昨年8月から入管に収容されていた。国会でもこの女性の死は取り上げられたが、氷山の一角であり、彼女の凄絶な苦しみの背後には、人権の一切を取り上げられた無数の声がある。

 漫画の中には、収容所の医師が自ら大声を出し威嚇し「おい、この犯罪者!」と怒鳴りつけ、「日本人の税金をあなたたちに使うのはもったいない」などと、診察を拒否する姿が描かれている。あまりの対応のひどさに「反抗」すると、複数の職員で体をおさえつけられ、のどに親指で突くなどの暴行を受けた人もいる。職員に対し「反抗的」な態度をとったと言いがかりをつけられては、トイレがむき出しの狭い懲罰房に閉じ込められる。自殺を試みる人は決して少なくなく、いつ終わるとも分からない収容所生活に精神を病む人は後を絶たない。

 そう、残酷なのは、終わりが見えないことだ。スリランカの女性のように、望まずともビザが失効してしまう人もいる。ビザが失効すれば不法滞在者として逮捕され、その後、強制送還される日まで収容されてしまう。また自国に戻れば命の危険がある人々が難民申請をしても、これが通ることは1%あるかないかで、多くの人は、何の未来もないまま長期にわたって収容され続けるのだ。

 漫画に描かれている残酷を、私は自分の体験として理解できることが多かった。私は、他人の事件に巻き込まれ、2014年に「わいせつ物陳列罪」で逮捕され、留置場で3日間を過ごした。驚いたことに、私が入った東京湾岸署に拘束されていた女性の8割は外国人だった。それは、私が日常で暮らしていた世界では絶対に見えない世界だった。彼女たちの多くは中国人だった。一人の中国人はクリーニング店で働いていて、ある日、スーパーから出てきたところを巡回の警察官と目が合ってしまって思わず逃げたらこうなった……などと笑いながら話してはくれていたが、「これからどうなるのか」という不安のためか、夜になると泣いた。私がそこに入ったとき、既に彼女は10日ほど収容されていたけれど、この次に何が自分の身に起きるのか全く説明も受けておらず分からないのだと言っていた。それでも彼女はまだましなほうだと思った。日本語が分かるからだ。

 多くの外国人女性たちは日本語をほとんど話せなかった。それでも職員の中に日本語以外で彼女たちに語りかける人は見事に一人もいなかった。一度、私の目の前で過呼吸になったタイ人の女性がいた。これから先があまりにも見えずに不安だったのだろう。私も不安だったが、壁に書かれている文字や職員のあいさつから、ここがどこで何が起きているのかという情報を得ることで、何とか平静でいられた。腰縄をつけられたまま過呼吸になる女性に声をかけると、激しい怒鳴り声で私は叱責された。「ほっておけ!」というものだった。その声の意味は分からなくても、彼女には十分伝わったと思う。彼女は気を失うように目をむいて静かになった。諦めたのだ。

 留置場は、刑務所や拘置所よりも過酷だという。私物を持つことはほぼ許されず、常駐の医師もおらず、そして何より職員の威張り方が半端ない。例えば私が食事の時に「お茶をもう一杯ください」と職員に頼んだときも「一杯だけだ!」と怒鳴られたものだ。そういうルールがあるらしいが、だったら先に言えよ、と思う。全てのルールは、その都度、怒鳴ることで体に染みこませてやるよ、というものなのだった。そして何より怖いことは、そういう場でありながら、職員の多くがどこか半笑いであることだった。「法を犯したヤツラ」(言っておくが、この時点では、誰も何の罪も確定していない)に対し、虐待を行うことに何の躊躇もなく、むしろ楽しんでいるようにも見えた。権力と支配のお遊びのように。

 織田さんが描く入管収容所の空気は、私の知る留置場ととても似ていた。それが日本社会の、多くの人には見えない現実なのだ。入管収容所は留置場よりもひどいところだ、と教えてくれたのは誰だったか。私はたった3日間の体験だったが、日本の留置場よりもひどい場所があるとしたら、そこは地獄だと断言できる。法を犯したのだから、ビザを失効させたのだから、そもそも不法入国なのだから……と入管収容所の問題はあまり大きな関心になりにくかったかもしれない。それでも、日本の入管はひどすぎる。

 テレビではウイグル人が収容所で手首に手錠をかけられながら立たされている姿が映されている。残酷に見えるが、日本の収容所も似たようなものだろう。腰に縄をまかれて、家畜のように引っ張られて移動させられる。食事は粗末なもので、時に虫が入っているようなこともある(もちろん食用ではなく、衛生的に問題があるからだ)。

「生きることを無理やり諦めさせられているような、その判断を人にさせるというのは、今の時代にあっていいのかと思いました」

 壇蜜さんの言葉が耳に残る。「今の時代」「今の日本」という言葉で信じたい理想が私たちにはある。だけれど、現実は私たちの理想を簡単に裏切るように、人の生活を、人生を脅かしている。日本はまだ、そんな国。人権などを語る資格のない残念な現実があるのだ。そのような現実を、私たちと同じ空の下に生きている人たちがいることを、そしてその人たちを助けようと日々奔走する織田さんのような存在を、これ以上私たちが鈍くなってしまう前に、知らなければいけないのだと思う。

 いま、出入国管理法改正案の審議が衆院で行われている。難民申請を二回までと決め、それ以上した人は強制送還されるなど、入管で収容されている人の明日の命を考えていないものだ。この法案の改正が通ることで、また諦めを強いられる命がでてしまう。「いまの時代、あってはいけないこと」が、日本で起きている。

■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

このニュースに関するつぶやき

  • いのちとか人権を粗末に扱う日本。�פä��ä��ʴ��׷�
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  • 思い込み。自分が正しいと。左巻きは怖いですね。
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