「格安スマホ」という言葉もなかった黎明期、MVNOはどんな発展を遂げたのか

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2021年04月21日 14:32  ITmedia Mobile

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写真「モバイルビジネス活性化プラン」の資料より。MVNOの新規参入促進が目的の1つに掲げられた
「モバイルビジネス活性化プラン」の資料より。MVNOの新規参入促進が目的の1つに掲げられた

 ITmedia Mobile 20周年、誠におめでとうございます。



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 モバイル業界に身を置く一員として、筆者も業界の「中の人」としてITmedia Mobileにはたびたび寄稿してまいりましたし、時には取材を受け、記事にしていただいたこともありました。その度に、多くの読者の皆さまに記事を読んでいただき、SNSやリアルの場で温かい(そして時には厳しい)フィードバックをいただいたことには本当に感謝をしておりますと同時に、ITmedia Mobileの持つ影響力の大きさにも改めて驚嘆しました。



 ここを1つの通過点として、さらに発展を続けていかれることを、心より祈念いたします。



●2001年に産声を上げたMVNO、本格スタートは2007年



 さて、ITmedia Mobileがスタートした2001年、筆者は、現在勤めているインターネットイニシアティブ(IIJ)に転職した直後で、駆け出しのネットワークエンジニアとして日々修行を積んでいた頃になります。既にインターネットの利用はそれなりに普及していましたが、その通信手段はというとアナログモデムやISDNによるダイヤルアップが中心で、ブロードバンド回線はようやくADSLがローンチしたばかり、光回線の普及はまだまだこれから、という状況であったように記憶しています。



 携帯電話はというと、世の中はまだ第2世代のPDCや(3Gである「FOMA」の開始が2001年8月)、この1月にサービス終了を迎えたPHSによる音声通話がメインであり、既に64kbpsのデータ通信が可能であったPHSはともかく、携帯電話ではデータ通信は9600bps程度の通信速度のパケット通信により、iモードやEZwebといったメールなどのコンテンツサービスを何とか利用可能だった時代でした。



 そんな中、産声を上げたのが「MVNO」です。日本での最初のMVNOは、現在もサービスを提供している日本通信であり、2001年にDDIポケット(その後ウィルコムに社名を変更し、紆余(うよ)曲折を経て現在はソフトバンクに吸収)のPHS網を借りて事業が開始されました。しかし、当時はMVNOという言葉は広く知られていたとは言いがたく、筆者も、まさか自分が将来MVNOの事業に携わることになるとは、この頃には想像もできなかったというのが正直なところです。



 世界に目を向けると、MVNOは日本と同じく、この時代にスタートしています。世界で最初のMVNOとして知られているのは、英国のVirgin Mobileであり(※諸説あります)、1999年にMNOであるO2のネットワークを借りてスタートしたといわれています。このVirgin Mobileに端を発し、特に多くの先進諸国が陸上国境を接しており、かつ第2世代携帯電話のデファクトとなったGSMをいち早く推進した欧州で、基地局設備にバインドしないサービスをMVNOが展開しやすい素地が整い、MVNOという事業モデルが先行して発展を遂げていくことになります。



 その欧州に対し、スタートはそれほど出遅れなかったにしろ、普及面では残念ながら後塵を拝した日本におけるMVNOの発展が、本格化したのは2007年のことです。この年の9月に総務省が取りまとめた「モバイルビジネス研究会」報告書では、当時既に成熟期を迎えつつあった携帯電話市場のサービス競争を再び加速していくことを目的に、MVNOの市場導入やその発展に向けたさまざまな課題が指摘されました。



 この研究会の報告書と、それを受けて総務省が取りまとめた「モバイルビジネス活性化プラン」により、現在のMVNO振興政策のベースが確立したと言っても過言ではありません。筆者の勤めるIIJでも、この年の夏にMVNO事業の検討に向けた10人にも満たない小チームが結成されました。このとき、筆者もそのチームの一員となり、本来の担当分野であるネットワークの構築のみならず、顧客管理システムや物流管理システムの開発に従事して忙しい日々を送った記憶があります。



 社内でのごたごたはここには書ききれないほどありましたが、翌2008年1月に、NTTドコモのネットワークを利用する初のMVNOとして、無事に法人向け「IIJモバイル」の開始にこぎ着けることができました。



●モバイルWi-Fiルーターが支持を集める



 さて、IIJはもともと得意であった法人向けビジネスにおいてMVNO事業を先行させましたが、この頃のMVNOはどのようなビジネスモデルを展開していたのでしょうか? この頃、最もよく見られたMVNOのサービスは、モバイルWi-Fiルーターの提供です。スマートフォンやタブレットが登場する前夜に当たる2000年代後半に、多くの利用者が外出時に使用していた端末はノートPCですが、公衆Wi-Fiは今ほど充実しておらず、外出先でどのようにノートPCをネットにつなげるか、それが大きな課題でした。



 この頃、利用者に大きく支持されたモバイル回線はイー・モバイル(後にソフトバンクに吸収)、そしてUQ WiMAXです。この2社が提供するモバイルブロードバンド回線は、7.2Mbpsや21Mbpsといった、当時にしては十分な高速通信を、しかも使い放題で利用可能というサービスでした。



 また後発のこれら2社は、MVNOと組むことで、自らリーチできない利用者にもサービスを提供したいとして積極的にMVNOを通じた拡販に挑戦しました。この頃MVNOに参入したのは、ADSLや光回線といった固定のインターネット回線をPC向けに提供するインターネットサービスプロバイダー(ISP)や、ノートPCを購入する客にモバイルWi-Fiルーターを合わせて提案したい家電量販店といったプレイヤーです。イー・モバイルやUQ WiMAXをそれぞれのブランドのショップで契約するよりも安く契約できる、これらISPや家電量販店系のモバイルWi-Fiルーターは、ノートPCを自宅外でも使いたい多くの「モバイラー」が契約し、急速に拡大を遂げていきました。



●スマートフォンの登場でMVNO環境にも変化が



 しかし、これらのイー・モバイル、UQ WiMAXを利用するMVNOは、その後徐々にMVNOの主流の地位を失っていきます。その原因となったのは、2010年代に急速に普及を始めたスマートフォンです。通信事業者から視点からの、ノートPCとスマートフォンの最大の違いは、「自前の通信手段を持っているかどうか」です。現在に至るまでSIMスロットを持たない製品の多いノートPCに対し、携帯電話の発展系としてのスマートフォンは全てがSIMスロットを持ち自力でネットにつながる機能を持っています。



 これまで外出先でのネットアクセスにノートPCを使っていた利用者のうち、スマートフォンで事足りる利用者はスマートフォンに移行し、ノートPCが依然として必要な利用者も、特にライトユーザーを中心にその通信手段はスマートフォンのテザリングで足りるようになっていきます。



 このように、使い放題だけれども料金が比較的高価で2年縛りといった期間拘束があったモバイルWi-Fiルーターから、スマートフォン向けの安価なSIMカードに利用者ニーズは移り変わっていきました。このビジネスで先行したのは、MVNOのパイオニアでもある日本通信です。MNOの当時のプランではテザリングに追加料金を設定することが当たり前だった中、特に流通大手のイオンと提携して展開した「イオンSIM」は、100kbpsに通信速度が制限されたSIMカードでしたが、月額980円(税別)という低料金で、スマートフォンを常時ネットにつないでおけるMVNOサービスとして人気を集めました。



●高速通信と低速通信を切り替えられる技術に着目



 この頃、筆者の勤めるIIJは、1つの新しい技術に着目していました。それが、当時技術標準化が終わったばかりのPCC(Policy and Charging Control)です。PCCを用いることで、データ利用量や通信料金の推移を、リアルタイムに通信速度に反映することが可能となります。



 2011年当時、筆者はIIJにおいてLTEに対応可能な新たな通信機器のMVNO事業への導入を担当していたのですが、PCCにより新たなタイプのMVNOの料金プランを提供できることに気付き、それを新しいスマートフォン向けモバイルサービスに仕立てることを思いつきました。それが2012年にサービスを開始したIIJmio高速モバイル/Dサービス(現IIJmioモバイルサービス)です。



 PCCを活用することで、プランのデータ量を消費する高速通信と、消費しない低速通信(当時は128kbps、現在は200kbpsで、4月スタートのギガプランからは300kbps)を切り替えられます。高速通信のデータ量はプランにバンドルされているか、Webサイトなどから購入できます。かつ購入すれば即時、高速通信が可能となるというものです。あわせて、高速通信可能なデータ量を複数枚のSIMカードでシェアできる仕組みも開発しました。



 これらのサービスは、モバイルWi-Fiルーター向けの、使い放題が中心であったそれまでのMVNOサービスとは一線を画し、切り替え可能な低速通信やシェアといった、これまでにない新しいフィーチャーを取り込んだものです。サービスの企画担当としては、一般の消費者に受け入れられるか不安でもありました。しかし、サービス開始後、程なくしてIIJmioは利用者の皆さまから厚い支持をいただけることが分かり、筆者は肩をなで下ろすことになります。



 今では容量別のプランの裏方として、MVNOのみならずMNOにおいても広く用いられているPCCですが、筆者が知る限り、PCCを商用サービスに使い、リアルタイムに切り替え可能な高速通信・低速通信をプランとして提供した通信事業者はIIJが世界で最初であり(世界の全ての事業者のサービスを完全に把握しているわけではないので、間違っていたらごめんなさい)、MVNOがサービス開発においてMNOにも先行することができることを証明した瞬間でもあります。



 この後、MVNO各社からPCCを活用し、料金を抑えつつ高速通信を利用可能なスマートフォン向け料金プラン(格安SIM)が広く提供されるようになり、それまで主流だった使い放題のモバイルWi-Fiルーターを徐々に圧倒していくことになります。また、MVNOでの提供が先行した容量別プランは、2014年にMNO3社から提供された「新料金プラン」(NTTドコモ「カケホーダイ+パケあえる」、KDDI「カケホとデジラ」、ソフトバンク「スマ放題」)が追随することになり、MVNOの作った料金プランがMNOに波及していくという、画期的な出来事となりました。



●SIMフリースマートフォンも拡充



 MVNOのスマートフォン向けサービスが拡大していくにつれ、スマートフォンメーカーもMVNOに目を向けていくようになります。いまだMVNO向けのスマートフォンの販売のなかった2012年当時に、IIJmioを利用されていた初期のお客さまの多くは、ドコモショップで販売された後、「中古品」「新古品」として中古ショップに流れたドコモブランドのAndroidスマートフォンを利用されていたようです。



 これらのドコモスマートフォンは比較的容易に入手できた反面、MVNOのSIMカードを挿入すると、大きな利用者ニーズのあるテザリングが封じられるといった制約も抱えていました。一方、MVNOが提供するSIMカードがマーケットでの存在感を拡大するに連れ、スマートフォンメーカーが直接、キャリアショップ以外の販路で、テザリングが可能であるなど機能面での制約の少ないSIMロックフリースマートフォンを販売するようになります。



 これらのメーカーの多くはこれまでMNOとの関わり合いの薄かった海外メーカーでしたが、富士通やLGなど、MNOのブランドでスマートフォンを提供していたメーカーも含まれていました。このようなSIMロックフリースマートフォンは、当初は家電量販店での販売が主流でしたが、後にはMVNOも端末の取り扱いを増やしていきました。



 2014年には、日本経済新聞が「格安スマホ」という用語でスマートフォンとMVNOのSIMのセット販売のことを記事にし、その後業界からも賛否ありつつ、「格安スマホ」は、MVNOを表す用語の1つとして認知されたように思われます。



 SIMフリーモデルの販売を開始したメーカーの中にはAppleもいました。2013年、Appleは突如として直営店にてSIMロックフリーのiPhone 5s/5cを販売開始したのですが、MVNOの利用者がiPhoneを利用する道が、中古だけではなく新品にも開けたことは、MVNOの利用者の拡大に大きく寄与しました。その後、最新のiPhone 12に至るまで、Appleは各モデルで日本市場でのSIMロックフリーiPhone/iPadの販売を行っています。



●MVNOの躍進を陰で支えた政策



 このようなMVNOの躍進を陰で支えたのは、既にご紹介したモバイルビジネス研究会の報告書と、モバイルビジネス活性化プランに端を発した総務省による一連のMVNO振興政策です。特に2014年に発表された「「モバイル創生プラン(※PDF)」では、国民の携帯電話料金の負担軽減を掲げ、2016年までにMVNOの回線数を1500万に、という目標が示されました。



 このような追い風の中、業界的な課題を広く議論して解決しながらMVNOの拡大を図っていくために、2013年、一般社団法人テレコムサービス協会において、MVNOの業界団体となる「MVNO委員会」が設立されました。筆者はその創立当初より、ワーキングレベルチームとなる委員会内の運営分科会の副主査を拝命し、2017年からは同分科会の主査を務めています。



 MVNO委員会はその後、継続的に業界横断的な課題の調査や分析、消費者へのサービスの向上を目指した取り組みなどを続けており、過去に2度、業界からの政策提言を発表してMVNOが活躍しやすい環境作りを訴えました。



 また、毎年3月にさまざまな業界のトピックを取り上げて議論する公開のフォーラム「モバイルフォーラム」を開催するという広報的な活動や、MVNO業界における課題を明らかにするための勉強会、海外視察といった活動を続けています。最近では、LINEの年齢認証をMVNOに拡大する取り組みにおいても、MVNO委員会の関与をITmedia Mobileでもニュースに取り上げていただきました。



 このように、紆余(うよ)曲折はありながらも順調に成長を続けてきたMVNOですが、不意に転機が訪れることになります。どうぞ、中編と後編もお楽しみに。



●著者プロフィール



佐々木 太志



株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) MVNO事業部 ビジネス開発部 担当部長



 2000年IIJ入社、以来ネットワークサービスの運用、開発、企画に従事。特に2007年にIIJのMVNO事業の立ち上げに参加し、以来法人向け、個人向けMVNOサービスを主に担当する。またIIJmioの公式Twitterアカウント@iijmioの中の人でもある。


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