ジャンプ編集部が本気で教える、マンガを描くのに必要な「心構え」とは?

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2021年04月23日 09:01  リアルサウンド

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出し惜しみなし!ジャンプが教える漫画道

 漫画の描き方について書かれた入門書は、昔から現在まで多数ある。その最新型が『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』だ。「週刊少年ジャンプ」の編集部が、どうやって漫画を描いたらいいか分からない初心者から、プロデビュー前後の漫画家のタマゴまでを対象に、漫画の描き方を本気で説明した良書である。


 「はじめに」や「おわりに」に書かれているが、最初は技術論中心で行くつもりだったが、途中で方向変換をして、“『好きなことを描く』を大事にしてほしいとくりかえし訴える、心構え的なことにつついての話が比較的多い本”になったという。つまり、心構えがメインとなっているのだ。たしかに大切なことである。


 私は仕事で、小説の書き方についての講義をすることがある。その体験を通じて思ったことは、創作者に必要なのは「才能」「心構え」「技術」の3点だということ。そして教えることができるのは「心構え」と「技術」だけだということだ。「才能」は生得のものであり、他人がどうこう教えることはできない。ここを伸ばせばいいと思うなど、アドバイスはできるが、最終的には本人次第だ(あくまでも個人的な意見である)。


 これに対して「心構え」と「技術」は、教えることが可能だ。本書は、プロの漫画家として活躍しているコーセイが、過去を回想する場面から始まる。まずコーセイの成功した姿を出すのは、極端に失敗を恐れる若者が増えているからだろう。現代の状況や感覚に合わせ、内容に入りやすくする。この構成からして、考え抜かれているのだ。ジャンプ編集部、やってくれるものである。


 ここから内容は過去に飛び、ジャンプ編集部のサイトウのもとに持ち込みにきた高校1年生のコーセイが、漫画の「心構え」と「技術」を教わるというスタイルで進行していく。きちんとした漫画を一本も仕上げたことがないのに持ち込みにくるコーセイはどうかと思うが、漫画の描き方の初歩の初歩から説明するための設定であろう。とにかく、こんなに初歩的なところから始めるのかと驚いた。しかし今は、ここまで徹底しないと駄目なのだ。


新井久幸『書きたい人のためのミステリ入門』(新潮新書)

 そういえば数カ月前に、新潮社の編集者・新井久幸の『書きたい人のためのミステリ入門』という本が出た。ミステリ小説の書き方の入門書だ。こちらも本書同様、こんなことまで書かなければいけないのかと驚くほど、初歩の初歩から説明していた。私もミステリの新人賞の下読みをしているから分かるが、そもそもミステリというジャンルをよく理解していないのではないかという投稿者は、それなりにいる。これくらいは常識だろうと考えてはいけないのだ。一から懇切丁寧に説明する姿勢は、現実をよく知っているからこそなのである。


 話を本書に戻そう。凄いと感じたのは、ジャンプの人気漫画家に、ネームを書いてもらったり、質問に答えたりしてもらっていることだ。「下校中の男子2人組(学生)。ひったくり犯を見つけて捕まえる」「会社をクビになった人(男性でも女性でもOK)が公園で落ち込んでいる。公園にいた子供が心配してくれる。励ましとしてクワガタをもらい、ちょっと元気がでる」という2ページのネームを、白井カイウ・附田祐斗・筒井大志・空知英秋が描いているのだ。同じストーリーで描いても、それぞれキャクターや見せ方が違う。漫画家を目指す人なら、これだけで参考になるだろう。しかもコメントで、それぞれの漫画家がネームの意図と方法論を披露してくれる。まさに出し惜しみなしである。


 さらに漫画家へのアンケートも注目に値する。13の質問に対する答えを見て感心するのは、多くの人に読まれることを強く意識していることだ。ここまで徹底しているのは、やはりジャンプの漫画家だからではなかろうか。また、「漫画を描くときに心がけていることはありますか?」という質問に対する、芥見下々の答え「自分と同世代にセンスいいと思われようとしないこと」には、限られた場所に安住しないという覚悟が窺えて痺れた。


 さらに、デジタル作画のコツをミノウラタダヒロに訊いたり、アナログ作画のための道具選びを四谷啓太と田代弓也に語ってもらうなど、「技術」の部分も漫画家を活用。なんとも贅沢な漫画の描き方の入門書なのである。


 ただし書かれている内容を生かすかどうかは、読んだ人次第。最後の方で、ジャンプ編集部は、「この本に書かれていることは、どれくらい守ったほうがいいのでしょうか?」という質問に対して、「自分に当てはまりそうと思ったところだけ参考にする・納得いかなければ無視する…という使い方をしてもらえればうれしいです」と答えているではないか。それでも、「漫画の描き方には唯一絶対の『正解』はない」「流行りなんか気にしなくていいよ」「『結局、何を一番描きたいの?』」などなど、随所にちりばめられた教えから、学ぶべきものは多い。きっと本書を読んだ漫画家志望者から、次代の「週刊少年ジャンプ」を背負う人気漫画家が現れることだろう。その日を楽しみに待ちたい。


■細谷正充
 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。


■書誌情報
『描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』
編集:週刊少年ジャンプ編集部
出版社:集英社
価格:本体900円+税
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-790022-4


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