アラフォーで活躍の選手も多数! 結果的に「谷間の世代」は最も頑張った年代?

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2021年04月23日 18:00  AERA dot.

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写真C大阪の大久保嘉人 (c)朝日新聞社
C大阪の大久保嘉人 (c)朝日新聞社
 今年のJリーグではC大阪のベテラン大久保嘉人(38)が年齢を感じさせないプレーを見せて話題となったが、かつては「谷間」と呼ばれる世代の選手だったことを覚えているだろうか。

 最近はめっきりその言葉を聞くことも少なくなったが、かつての日本サッカー界では、1979年・1980年生まれの選手たちを「黄金世代」と呼ぶのに合わせて、その下の世代である1981年&1982年生まれの選手たちを「谷間の世代」と呼んだ。

「黄金世代」はU−17世界選手権に出場した後、1999年ワールドユース(現U−20W杯)で史上最高成績となる準優勝を果たし、2000年シドニー五輪では32年ぶりに決勝トーナメントに進出して日本サッカーの希望になった。一方、この世代はU−17世界選手権の出場権を逃し、2001年ワールドユースではグループD(アンゴラ、チェコ、オーストラリア、日本)を1勝2敗の最下位で敗退するなど、結果を残せなかった。

 ここで「谷間の世代」と言われ始めると、2004年のアテネ五輪でもグループB(パラグアイ、イタリア、ガーナ、日本)を1勝2敗の最下位で敗退。その成績に加えて選手個々を見ても、小野伸二、高原直泰、稲本潤一、中田浩二、本山雅志、小笠原満男、遠藤保仁などスター性のある個性派揃いだった「黄金世代」に比べて見劣りし、“不作”だとされた。

 しかし、世代別代表では成績が振るわなかった「谷間の世代」だが、フル代表では評価が変わる。風向きが一気に変わったのが、2010年の南アフリカW杯だった。大会直前に就任した岡田武史監督の下、堅守速攻のスタイルを貫き、グループリーグでカメルーン(○1−0)、オランダ(●0−1)、デンマーク(○3−1)と戦って2勝1敗で2大会ぶり2度目の決勝トーナメント進出(自国開催のワールドカップ以外では初)。1回戦でパラグアイにPK戦の末に敗れたが、帰国の際の歓迎ぶりがファンからの評価の証だった。

 そしてそのチームの主力となったのが、大久保嘉人、松井大輔、阿部勇樹、駒野友一、田中マルクス闘莉王の「谷間の世代」の選手たち。グループリーグで2得点を挙げた本田圭佑にスポットライトが当たったが、その新エースにパスを送ったのが大久保と松井であり、阿部がアンカーの位置で、駒野がサイドバックとして奔走し、DFラインの中央では闘莉王が相手の攻撃を力強く跳ね返した。その前後となる2006年ドイツW杯、2014年ブラジルW杯では期待を大きく裏切る結果となったこともあり、2010年のベスト16入りで事実上、「谷間」という汚名を返上したことになった。

 そしてこの1981年&1982年生まれの世代は、W杯不参加組も含めてその後も日本サッカー界の中で存在感を放ち続けた。1981年10月生まれの前田遼一は磐田時代に2度J1得点王となり、一時はザックジャパンのエースとしても活躍。歴代2位となるJ1通算161得点の佐藤寿人も1982年3月生まれの選手だ。

 その他にも、石川直宏や森崎浩司・和幸の兄弟、高松大樹、那須大亮、そして闘莉王、岩政大樹ら「谷間の世代」で活躍した選手は多いが、年齢的には大ベテランとなるこの世代のプレイヤーのほとんどは引退した。だが、一方で大久保嘉人(C大阪)、松井大輔(サイゴンFC)、阿部勇樹(浦和)、駒野友一(FC今治)の南アフリカW杯組だけでなく、田中達也(新潟)、山瀬功治(愛媛FC)、茂庭照幸(マルヤス岡崎)と、国、カテゴリーはそれぞれあるが、今年で40歳もしく39歳となる年齢となっても現役でのプレーを続け、自らの実力を示し続けているものもいる。

 特に大久保は、川崎時代の2013年から3年連続でJ1得点王となり、さらに2006年以来、15年ぶりに復帰したC大阪では今季も開幕から3試合連続ゴールで存在をアピール。自らの持つJ1歴代通算得点を190にまで伸ばし、今季中に前人未到の大台200ゴールの到達も現実味を帯びてきた。この大久保を筆頭に、かつて「谷間の世代」と言われた面々は、「黄金世代」と比較され続けた中で反骨精神が強く染みつき、それがプレーを続ける原動力となっている。実はかなり活躍した1981年&1982年生まれの選手たち。今後も彼らの“谷あり山あり”の活躍を、ファンは楽しみにしている。













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