『おちょやん』杉咲花演じる千代の“鬱展開”は史実よりマシ!? ドラマより救いがない夫・渋谷の外道っぷり

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2021年04月24日 20:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

現在放送中のNHK連続テレビ小説『おちょやん』。ヒロインの千代は、喜劇女優の浪花千栄子さんをモデルとしていて、浪花さんの自伝『水のように』(朝日新聞出版)に登場する人々や逸話を巧みに再構成して出来上がった作品です。そんなドラマの登場人物の“本当の話”を、『あたらしい「源氏物語」の教科書』(イースト・プレス)などの著作を持つ歴史エッセイストの堀江宏樹氏が解説!

 20世紀中盤の演劇史に名を残す、2代目・渋谷天外。

 NHKの朝の連続ドラマ小説『おちょやん』の主人公・千代(杉咲花さん)の夫、天海一平(成田凌さん)のモデルです。「何でうちやあれへんの?」(第20週)の放送では、千代の後輩女優・灯子(小西はるさん)に手を出し、妊娠させていることまで判明しました。

 千代と一平夫妻がうまくいっているように見えていたので、破局しないという話になればいいなぁ……と思っていたけれど、甘かったですね。残念ながら、史実に即した鬱展開になってしまいました。

 しかし、今回は「救いがないように見える」ドラマのほうが、史実よりも「よほどマシだったんだよ」という悲しいお話です。

 史実においても、浪花千栄子(千代のモデル)の後輩女優を妊娠させた時、浪花の夫・渋谷天外には反省の色などほとんど見えなかったようです。当時、史実の松竹新喜劇の看板女優は、名実ともに浪花でした。浪花のファンが来てくれるから、劇団は黒字になっていたにもかかわらず、です。

 浪花は、渋谷から感謝されるどころか、苦労ばかりさせられていました。彼女には、こんな証言があります。

「あの人(=渋谷)、女性関係がとても多くて、もらったお金はほとんどそちらへ(略)。天外の名をよごさぬよう、(浪花は)なるべくお芝居して(外見を)つくろって」いたのだそうです。

 こんなリアルすぎるエピソードも、浪花は語っています。

「役者の楽屋へはいろんな女が出入りしますがな。ある女が、主人がおらんとき、主人の座ぶとんにすわり、主人の鏡台で顔なおしてたら、そらァもう、完全にできてますな。間違いなし」(以上、「週刊読売」昭和40年9月号)

 渋谷が九重京子(灯子のモデル)を妊娠させるまでも、彼が劇団内の女優に手出しするのは日常茶飯。しかも、芸者にも貢いでいたので、夫の稼ぎの大半は女関係に費やされてしまっていた。

 夫の浮気相手が女優だった場合は、さらにつらかった。座長の妻である浪花を差し置いて、浮気相手の女が大胆な行動に出ることもしばしばで、それに気づいていても、泣く泣く、自然に振る舞い続ける必要が浪花にはあったというわけですね。

 ドラマより、史実のほうが、よほどひどかったことがわかります。渋谷と浪花の夫婦関係が破綻しなかった理由は、ただ一つ。渋谷が、ヨソの女との間には子どもを作らなかったからです。

 浪花に替わって渋谷の2番目の妻になった九重も、渋谷に対して「お金でなんとかなる玄人の女性とだけ浮気はして」「ヨソで子どもを作ることだけはやめて」の2点を守るように頼んでいたようです。

 一方、浪花は渋谷に対して「ヨソで子は作らないで」くらいしか言えていなかったのかもしれませんね。渋谷のことを、浪花は深く愛しすぎていました。しかし渋谷は浪花との約束を破り、九重という新人女優を妊娠させてしまったのです。

 九重は、松竹芸能が「タカラヅカ」を真似たOSK(大阪松竹歌劇団)という女性だけの劇団の元男役で、松竹芸能から「客を呼べるスターにするように」と、松竹新喜劇が世話を任されていた女性でした。ですから、浪花にとっては、2人に裏切られた感は強かったでしょうね。

 ただ、当時の劇団を知る人たちの複数の証言から見て、浪花は「ふだんは我慢強いが、芸に対しては厳しく、口やかましい」……そういう、お局型の女優になっていたようです。多くの若い女優たちは、そんな浪花に気圧され、成長できないままでした。

 おそらく、妊娠事件がなければ、九重もただの若手女優の一人として終わったでしょう。実際に、九重が女優という仕事にかける熱量はそう高くはなかったようです。妊娠出産後には女優をすんなり引退、渋谷天外夫人として夫の創作活動を支える影の存在となっています。

 それとは真逆の頑張り型女優の浪花は、夫・渋谷天外からすれば、頼れる戦友ではあったでしょうが、妻としては見ることができない存在になっていたのでしょう。

 意外かもしれませんが、渋谷と浪花の離婚は九重の出産後、しばらくしてからのことでした。それはつまり、九重の生んだ渋谷の子を自分たち夫婦の養子にもらえるのなら、離婚しない。退団もしない。結婚生活を守りたいと、浪花が最後まで粘ったことを意味しているように思われます。

 残念ながら、浪花の頑張りは実を結ばず、渋谷は実子を生んだ九重をパートナーに選びました。パートナーと書いたのは、2人が長い間、正式には結婚しなかったからです。ちなみに、両者の結婚は事実婚をスタートさせて同居してから約8年も後のことです。すでに第2子(後の3代目・渋谷天外)も生まれた状態での電撃婚(?)でした。

 浪花は渋谷との約20年の結婚生活をこう振り返っています。

「天外の女房という立場は補欠の立場みたいなもんでしたね。人のいやがってた役とか病気の代役ばかりやらされ、新しい衣装を着せてもらえず(略)、気兼ねせんならん(略)。お話にならん苦労を続け、二十年も主人大事になりふりかまわず働き、やっと戦後に松竹新喜劇が出けて(=出来て)、やれ安心とおもったら、あきまへん」(昭和31年11月16日、東京新聞夕刊「浪花千栄子芸談」)

 「あきまへん」というのは、夫と自分が目をかけて面倒を見てきた、九重の不倫と妊娠が発覚したという事件を指しています。夫婦関係の破綻は男女両方に責任があり、浪花の主張ばかりを見ていてはいけません。

 ところが、渋谷は元・妻である浪花への言及自体がほとんどない。これには驚かされました。渋谷の悪口を隠せない浪花に比べ、しゃべりもしない渋谷を見ていると、浪花に対する気持ちは、何も残っていなかったことがわかります。

「あれだけ技量とキャリアを持った人気女優(=浪花千栄子)を失ったのだから劇団としては大きな痛手である。私にこそ一言の文句もいわなかったが、劇団員の心中はオヤジ(=座長・渋谷天外)不信の一歩手前であったと言える」とは認めていますが、浪花への絶賛はどこか白々しいです。

 そして、浪花の退団後については

「酒井光子はじめ若手の女優がムクムクと頭をあげて、見違えるばかりの演技の上達である。劇団の責任者の妻であり、ピカ一的な存在であった浪花さんのその人気と芸に押さえつけられて伸びる機会のなかった彼女たちが、その重圧から解放されて一時(いっとき)に開花したのである。ピンチ即チャンス、ということになったのである」(渋谷の自伝『わが喜劇』)

とも言っています。結局、古株の浪花が抜けてくれたから、新しいスター女優が、それも複数育つことになって、逆によかった! と結論づけているのですから、驚いてしまいました。

 これが渋谷天外という男の本質であり、浪花千栄子が自伝『水のように』で、「よく、だましてくださいました」と皮肉を言うのもよくわかります。

 浪花は渋谷から「お前が一番大事で、一番頼りにしている(だから無理をかけてすまん)」と言われ、それを信じようとしていたのだと思われます。「よくだました」の後に、「よくぶってくださいました」、つまり手を上げられていたとも浪花は自伝に書いていますから。

 しかし、渋谷は浪花ではなく、九重京子を最終的に選んだ、ということですね。ちなみに渋谷にいわせれば、「極論すれば喜劇役者と喜劇作者は生活破たん者であったほうが良いとまで思っている」(日経新聞「私の履歴書」)のだそうです。

 「生活破たん者」とまではいいませんが、そして苦労を芸のコヤシにするという考え方は今でもありますが、渋谷天外の外道っぷりには、ちょっと納得しづらいものがありますよね。

▼『おちょやん』解説▼

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