大矢明彦は「谷繁タイプ」のキャッチャー。「古田タイプ」との違いも八重樫幸雄が解説

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2021年05月06日 11:21  webスポルティーバ

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【大矢さんが若手を激しく叱責した思い出】

――今回も引き続き、大矢明彦さんとの思い出を伺っていきたいと思います。1970年代は大矢さんがレギュラー捕手として君臨していましたが、1981年頃から徐々に試合出場が減っていき、代わって八重樫さんの出番が増えていきます。この頃の心境は覚えていますか?

八重樫 「ようやく、オレの出番だ」というより、「大矢さんよりも元気を出して、しっかりやらなくちゃ」という意識のほうがずっと強かったですよ。大矢さんが偉大なキャッチャーだったから、「チームに迷惑をかけないように」というプレッシャーもあったし、結果が出始めてからは「もっともっと上に」という気持ちも出てきたし。少しずつ心境は変化していった気がしますね。




――前回伺った「大矢さんの厳しさ」とはまた違った捕手像を目指したんですか?

八重樫 確かに大矢さんはとても厳しい人でした。大矢さんがヤクルトの選手会長のときに、僕が副会長を務めたことがあるんです。キャンプでのことだったけど、大矢さんが「若手たちがきちんと挨拶をしない」とすごく怒っていて、「おいハチよ、ちょっと注意をしてくれ」と言われたことがありました。

――それで、どうなったんですか?

八重樫 ユマキャンプで、練習後にみんなを集めて「きちんと声を出して挨拶しなさい」と注意しました。でも、最初はいいんだけど、しばらくするとまた挨拶がいい加減になってきて。それで「今度はオレが言うよ」となって、大矢さんが自ら若手に注意をしたんです。

――八重樫さんが注意したときと、若手たちの反応は違ったんですか?

八重樫 プロ入りも同期だし、大矢さんが引退されるまでずっとチームメイトだったけど、あんなに怒った姿は初めて見ましたね。ものすごく大きな声で厳しく叱ったんです。それでチームもすごくピシッとした。僕自身は、大矢さんに怒られたことは一回もないんですが、「礼儀やしつけに関しては、これだけ厳しく徹底させるんだ」というのは印象的でしたね。

――そうなると必然的に、八重樫さんは大矢さんと違うタイプを目指すようになりますね。

八重樫 そうだよね。僕にはあれだけの厳しさはないから、大矢さんと同じタイプにはちょっとなれないかな、と感じたよ(笑)。

【キャッチャーには「古田タイプ」と「谷繁タイプ」がある】

――八重樫さんにとっては、キャッチャーとしてのタイプも、人間的な部分でも自分とは異なるけど、ずっと「尊敬すべき先輩」という感じだったんですね。

八重樫 ずっと尊敬していました。前回のラストに「古田敦也と谷繁元信の違いを交えつつ説明したい」と言ったけど、大矢さんは谷繁タイプなんですよ。......いや、逆かな。実際のところは谷繁が「大矢さんタイプ」なんだけどね(笑)。僕も谷繁タイプが理想だと思っているので、キャッチングにしても、スローイングにしても、大矢さんに憧れて目標としていたのは変わらなかったけど。

――横浜ベイスターズ監督時代、大矢さんは谷繁さんを厳しく鍛えたと言われていますから、2人のキャッチャーとしてのタイプが似ているのは、ある意味では当然のことですよね(笑)。具体的に「古田タイプ」「谷繁タイプ」の違いを教えてください。

八重樫 簡単に言うと、「古田タイプ」は先手必勝型で、投手の決め球、持ち味をどんどん惜しげもなく出していくリード。一方の「谷繁タイプ」は、試合終了時点から逆算して攻め方を考えていくタイプ。この違いなんですよ。

――なるほど、両捕手には明確な違いがあるんですね。

八重樫 古田の場合は日本代表としてマスクをかぶって、オリンピックを経験したことが基になっている気がします。「ここで打たれたら終わりだ」という場面では逆算して攻めるのではなく、とにかく目の前の勝負に全力を尽くしていく発想なんですよ。たとえ試合の序盤であっても、「ここが勝負だ」となったら、勝負球でどんどん攻めてくるんです。

―― 一方の谷繁さんは、結果から逆算して餌を撒いたり、誘いをかけたりする配球、ということですか?

八重樫 そうそう。まさに、「餌を撒く」という感じ。試合終了時点からの逆算で配球を考える。もっと極端に言えば、ペナントレース優勝の瞬間から逆算してリードしている。だから、いわゆる「捨てゲーム」を作って、次の対戦に備えるようなことも平気でできる。伏線を張る配球が特徴だと思いますね。もちろん古田だって、きちんと伏線を張ってリードをしています。でも、谷繁のほうが、その傾向がより顕著だったような気がしますね。

【大矢さんと話すのは、今でも緊張する】

――以前から、八重樫さんはしばしば、谷繁さんのことを絶賛していましたよね。

八重樫 僕は谷繁のリードがすごくいいと思っていましたから。よく考えれば、それは大矢さんの教えだったんだよね。古田の場合は、入団からしばらくの間は自分流の攻め方で結果が出ていたけど、次第に相手に読まれて結果が出ない時期もあったんです。でも、そこで彼は努力して、「逆算型配球」も身につけていって、超一流に育っていったんだと思います。

――現役引退後、大矢さんは横浜の監督を務め、今は評論家として活躍されています。大矢さんとの関係に変化はありましたか?

八重樫 僕がまだ現役だった頃は、大矢さんが解説を務める試合でバッティング練習をしていると近づいてきたので、挨拶をしたり、ほかの選手について話したりはしましたね。でも、大矢さんも僕も仕事中だから、そんなに長話や無駄話はできないんですよ。だから僕がユニフォームを脱いでからのほうが、昔のようなつき合いに戻った感じですね。

――子どもたちへの野球教室で一緒になることもあるんですよね。

八重樫 コロナ以前はOB会で会ったり、年に数回、子どもたちに教えたりしていました。大矢さんに「おいハチ、先に説明してくれ」と言われて、まずは僕が実演する。次に僕が、「大矢さん、足りない点は補足してください」と託す。そんなふうに、2人で一生懸命に説明していますよ(笑)。

――現役時代のような先輩、後輩の関係性は変わらないんですね。

八重樫 やっぱり、まったく変わらないですね。1970(昭和45)年にプロ入りしたときの関係性がずっと続いている感じです。まだ軽口で話せなくて、いまだに「大矢先輩」という感じなんですよ。若松(勉)さんは「ワカさん」、松岡(弘)さんは「松っつあん」って呼べるけど、大矢さんはいまだに「大矢さん」のまま(笑)。

――それは、どうしてなんですかね?

八重樫 たぶん、若松さんや松岡さんとは、現役引退後も指導者として一緒に戦ったけど、大矢さんとは現役を離れてから一度も同じユニフォームを着ていないからだと思います。昔も今も、「大矢先輩」のままなんで、どうしても気安くしゃべりかけられない感じなんです。決して気難しい人じゃないけど、その点はこれからも変わらないんじゃないかな(笑)。

(第65回につづく>>)

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