すべてが完璧だった福住と、最悪の走り始めから復活の野尻。ふたりがSFで示した強いメンタル

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2021年05月07日 07:41  AUTOSPORT web

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2021スーパーフォーミュラ第2戦鈴鹿 福住仁嶺(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)と野尻智紀(TEAM MUGEN)
すべてが完璧だった。『その瞬間』までは。

 全日本スーパーフォーミュラ選手権第2戦鈴鹿、福住仁嶺(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)は走り始めのフリー走行から一貫して速く、土曜日は予選を含む全セッションでトップタイムをマーク。自身初のポールポジションを参戦20戦目で遂に獲得した。

 クルマはほぼ完璧に決まっており、セッティングをほとんど変えずにQ3まで進んだ。

「クルマは良く、走りだけに集中できる環境が整っていました」と笑顔の福住。しかし、初ポールの喜びを爆発させるシーンは見られなかった。

「はしゃぎ過ぎると恥ずかしいなと思っただけで、めちゃくちゃうれしいです。スーパーGTと違い、自分とエンジニアさんが作ったクルマでのポールなので尚更です。ただ、まだ決勝では勝ったことがないので、すぐに明日の決勝のことを考えていました」

 テレビ中継のマイクが向けられ「いまの喜びを誰に伝えたいですか?」と聞かれた際は、少し間をおいて「ファンのみなさんと家族に」と答えた。おそらくインタビュアーは、新婚の福住に「妻に」と言わせたかったのだろう。

「そういうとほかのコたちに怒られちゃいますから」と福住はニヤリ。「いま、ウチには『ちくわ』と『つくね』という2匹のネコもいるので」

 そんなジョークがさらりと出るほど、予選後の福住は自然体だった。家族が増え心休まる場所と時間ができたことに加え、今年からパーソナルトレーナーが帯同し、身体と気持ちのメンテナンスがきちんとなされていることもその理由に違いない。いずれにせよ、今年の福住にはこれまで以上の落ち着きと、前向きさが感じられる。

 福住に次ぐ予選2番手は、開幕戦の勝者である野尻智紀。コンマ2秒離され「今週、福住選手は微妙に手が届かないところにいる」と感じたという。それくらい、鈴鹿に入ってからの福住は安定して速かったのだが、対照的に野尻の走り始めはいまひとつだった。

 TEAM MUGENの一瀬俊浩エンジニアは「持ち込みは大外しだったと思います。オンボード映像を見ていたら、全然狙った動きをしていなかった。飛び込みでリヤがなく、ミッドまでいくとアンダーみたいな、典型的な悪い動きのクルマでした。前戦富士の延長線上で、今年仕様のセッティングでいこうとしたのが良くなかったですね」と、フリー走行を振り返った。

 トップタイムの福住とは1秒以上の大差。そこで、野尻とチームはセッティングをガラリと大きく変えた。具体的には、昨年まで積み重ねてきた、実績のある方向に戻したのだ。

「最初はアンダーもオーバーも出て一貫性がない動きをしていたので、それをまずオーバー方向だけに集め、そこからリヤをつけていきました。SF19は、とにかく曲がっていかないと話にならないので」と野尻。

 一瀬エンジニアは「オーバーがいいとは思っていませんが、SF19はミッドで回頭性を出そうとすると、なかなか全車速できれいにバランスをとるのが難しい。だから、エントリー側は少しオーバーステアでもミッドで曲がるクルマを目指していますし、とくに鈴鹿は曲がるクルマじゃないと勝負にならないので。野尻選手はうまく乗りこなしてくれています」と補足する。

 戻る場所があればこその、今後の進化も見据えた攻めのセッティング。結果的にはうまく機能しなかったが、次戦以降に向けて貴重なデータが得られたという。いずれにせよ、最悪の状況からでも挽回できる『底力』が、野尻とTEAM MUGENのクルマにはあった。

 ただし、福住の予選オンボード映像を見て、一瀬エンジニアはショックを受けたという。

「エントリーではしっかりとリヤがあって、ミッドも曲がっている。基本的にはオンザレールでステアリングを切って曲がっているのですが、自分たちのクルマであそこまで舵角をつけてしまうと、かなりアンダーになってしまいます。自分たちとはまったく違う動きをしていましたが、野尻選手も本当はああいう走り方をしたいはずです」

■福住と野尻、ふたりが示した強いメンタル
 決勝直前、グリッドでは福住のもとに野尻が歩み寄り言葉をかけた。スタート前の緊張をあまり感じさせない、笑顔のふたり。

「野尻さんに『何かあっても恨みっこなしでいこうぜ』と言われました。スーパーGTでは相方ですし、どちらが勝ったとしてもスーパーGTの8号車にとってはいい流れになると思いますし」と福住。

 正々堂々、思いきり戦うための環境が整い、彼らのスタートは極めてクリーンだった。トップを守った福住は2番手野尻に対するリードを着々と拡げていき、9周目には約3秒差をつけていた。何事もなければ、今回は福住のレースになるだろうと誰もが思うくらい速く、安定した走りだった。

 しかしその直後、バックスストレートでまさかのバーストが福住を襲った。砕け散る右リヤタイヤ、リンク先を失い暴れ動くサスペンションアーム。

「うわ〜終わった」と福住は思ったという。

「デブリとか何も踏んでいなかったと思うんですけど、スプーンふたつ目を曲がっているときに違和感を覚え、そこからすぐに症状が悪化しました。バックストレートを登りきる手前でパンクをしたと分かりましたが、その瞬間にバーストしていた。もう、どうしようもなかったですね」

 福住のバーストを直後で目撃した野尻は「すごくイヤな気分でした」と、その瞬間を振り返る。

「過去、僕がいた時代もDOCOMO TEAM DANDELION RACINGのクルマがバーストしたことはなかったし、ほかのクルマもタイヤが壊れていたので、いつ僕の身にも起るか分からなかった。だから、なるべくタイヤに負荷をかけないように、大きなスライドをなくし、とにかく繊細にプッシュし続けましたが、ファイナルラップでチェッカーを受けるまで心配でしたね」

 タイヤ交換直後に内圧が上がりきっていない状態でボトミングし、1コーナーをオーバーランするというミスこそ一度あったが、それを除けば野尻は最後まで盤石の走りを続け、開幕2連勝を飾った。どん底だったフリー走行からの見事な復活。速さもさることながら、メンタル面での強さが印象に残る、匠のレースだった。

「福住選手の気持ちを考えると素直に喜べないところもちょっとありますが、チームのみんなの頑張りもあるので、喜ばないといけないかなという葛藤もあります」と、優勝記者会見で野尻は複雑な胸中を打ち明けた。

 突然霧散した初優勝の夢。しかし、コクピットのなかで福住は意外にも冷静だったという。

「それほど感情的にはならず、仕方ないなと思いましたね。あそこまでのポテンシャルはすごく高かったし、自分のパフォーマンスも証明できていたので。いつか自分にチャンスが回ってくるはずだと思いながらピットに帰ってきました。本当は感情的になったほうが見ている人はうれしいだろうし、面白いかもしれないですけど、そういう感情になると僕、疲れちゃうので」

 自分の身に起きた悲劇を、福住はまるで他人事のように淡々と語る。

「あと、辛いのは僕だけではなくて、チームのみなさんも一緒だし、自分ばかり落ち込むのも良くないなと思います。そういうことは(山本)尚貴さんから学びました。大きなチャンスを逃してしまったことは確かだし、どうせならもう1回やり直したいですけどね。仕方ない、次と考えないと」

 タイヤはバーストしても、心は崩れず、むしろいままでにないくらいの強靭さが感じられた週末だった。心技ともに強さを増している福住が、初勝利をつかむ日はすぐに訪れるに違いない。

「いや、心はボロボロになりましたけどね」と、福住は笑った。

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