DeNA関根大気が誇る「パワフルな母」との物語。40歳で教員免許、現在はクレープの移動販売

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2021年05月09日 11:21  webスポルティーバ

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 関根大気(横浜DeNA)と実際に会ったことがあるのは、5年前に横浜スタジアムで一度だけ。同じ空間を共有できないパソコン画面上で5年ぶりに顔を合わせたにもかかわらず、「お久しぶりです」とあいさつしてくれた。

 思わず「覚えていてくれたのですか?」と尋ねると、「かなり前に取材してくださいましたよね」と関根は爽やかに笑った。




 人を惹きつける能力は天性なのか、それとも育ちのよさからくるものなのか。DeNAに入団して8年目の今季、初めて開幕スタメンを勝ち取った関根は、多くのメディアで取り上げられた。関根のナイスガイぶりを知るメディア関係者のなかには、活躍すればすぐに取り上げたいと手ぐすねを引く人間もいたのではないだろうか。

 生い立ちを知れば知るほど、応援したくなってくる。5年前の取材で、関根は家族とのかかわりについて教えてくれた。

 母・美華さんと兄、妹との4人家族。関根は「不自由なく暮らしていたので、母子家庭という感覚はないです」と強調する。美華さんは仕事の傍ら、休日は兄弟が参加する野球チームの活動のため自家用車を運転して送迎してくれた。

 関根は愛知県屈指の名門・東邦に入学したが、春日井市の自宅から名古屋市の学校まで通学時間がかかるため、満足のいく練習ができずにいた。すると、関根家は一家そろって東邦高の近所に転居する。関根は当時をこのように振り返った。

「母が引っ越しの案を出してくれました。兄は僕の高校と近くだったので問題なかったんですけど、妹は当時中学生で、小学校からずっと遊んできた友達と離れなければならない。そこで転校させてしまうことになってしまいました」

 妹へのせめてもの罪滅ぼしとして、関根は妹の大学の学費を自分の給料から払っていたという。

 強い結束を誇る関根家の大黒柱が、母・美華さんだった。

「美華さんはどんな人ですか?」と聞くと、関根は「パワフルな人」と即答した。

「1人で3人の子どもを育ててくれたこともそうですし、40歳になってから『教師になりたい』と大学に通い始めて先生になってしまいました。子どもたちが独立した今は『クレープ屋をやりたい』と、横浜でクレープの移動販売を始めています。『こうしたい』と決めたらすぐに動く姿を見てきたので、パワフルだと思いますね」

 美華さんの方針で、関根家の3兄妹は小学6年時に地方へ山村留学に出ている。関根は鹿児島県で半年間、生活した。美華さんもアメリカ留学を2年間経験しており、我が子にも留学を通してたくましく成長してもらいたいと願ったのだろう。

 関根はうれしそうな顔でこう言った。

「鹿児島の友達や地域の人とは、いまだに交流がありますよ」

 2019年オフ、関根は単身メキシコに渡り、ウインターリーグに参戦している。見知らぬ土地に臆することなく飛び込み、溶け込む術を得たのは間違いなく幼少期の体験だと関根は考えている。

 メキシコに滞在した時期は、公用語のスペイン語をあまり話せなかった。だが、帰国後にコロナ禍で時間ができると、スペイン語の文法を勉強し直した。今では自身のTwitterアカウントで近況を発信する際、スペイン語も併記している。メキシコで世話になった人々に向けてのメッセージなのだ。

 関根は言う。

「出会った人々との縁を感じますし、それが人生のなかでどんどん増えていっている実感があります。いろんな人に支えられて、応援されているなと感じます」

 そして、関根は笑いながらこんなことを打ち明けた。

「僕には『お母さん』と呼んでいる人が3人います。1人は実の母で、あとは鹿児島で半年お世話になったお母さん。それと(キャンプ地の)沖縄でよくご飯を食べに行くところにもお母さんがいます」

 毎年母の日がくると、関根はピンク色の野球用具を購入して身につける。ピンク色のレガース、ピンク色のリストバンド、ピンク色の練習用バット......。使い終わると、各地の「お母さん」に贈り届ける。それが関根にとっての「カーネーション」なのだ。

 それにしても、気になるのは実母・美華さんが始めたクレープ店だ。クレープの味について尋ねると、関根は「めちゃくちゃおいしいですよ」と答え、こう続けた。

「僕は食事制限をしていて、デザートを食べることはないんです。小麦粉や生クリームをとらないようにしているので......。でも、母のクレープは米粉で生地をつくっていて、チョコもカカオに甜菜糖(てんさいとう)を混ぜてつくっている。健康にいい素材を使っているので、僕でも食べられるんです」

 美華さんがクレープ店を始めるにあたって、関根が何気なく口にした「俺でも食べれるクレープをつくってよ」という言葉を実現したのだ。関根は「生地がモチモチしていて好きなんです」と絶賛する。店名の『Delicioso』はスペイン語で「おいしい」という意味だ。

 関根は今年1月に結婚している。今後、どんな家庭を築いていきたいかを尋ねると、視線を少し宙に泳がせてこう語った。

「野球選手をやっている限り、家族と過ごす時間はどうしても限られてしまうんですけど、できる限り奥さんをはじめ、家族との時間を増やしたいと考えています。もしこれから子どもを授かったとしたら、いろんなことを共有したいですね。僕自身は父と暮らした記憶がないので、『父』という存在自体が初めての経験なんですけど」

 インタビューした4月27日は、じつは関根が一軍登録を抹消された2日後だった。

 関根の練習量はチーム内でトップクラスと言われる。雌伏の時を越え、ようやくチャンスをつかんだに見えたところでのファーム落ち。深い失望に包まれても不思議ではない。それでも、関根は暗いそぶりを一切見せることなく取材に応じてくれた。

「人間は悲しんでも仕方ないとわかっていても、悲しんでしまうことってあると思います。でもファームに落ちても、僕には後ろを向く時間はありません。応援してくれる人にどうやって喜んでもらえるかといえば、まずは最短で一軍に上がること。そのためにどう行動するかが決まってくるので。自分にとっていい時はもちろん、逆境の時にこそ周りの方々から力をもらえているなと感じます」

 そして、関根は冗談めかしてこう続けるのだった。

「僕にはあっちのお母さんやこっちのお母さんと、支えてくれる人がたくさんいますから」

 ナイスガイだからといって活躍できるわけではない。すばらしい家族やサポーターがいるからといって成功できるわけでもない。だが、こんな野球選手に成功してもらいたいと願わずにはいられない。関根大気の2021年は、まだ始まったばかりだ。

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