なぜ政府は“従軍”を消した?「慰安婦」は日韓の問題ではない 日本社会に足りない視点

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2021年05月11日 16:00  AERA dot.

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写真金福童さんの葬儀の日。韓国ソウル市庁に大きく金福童さんの写真が張り出され、多くの市民が死を悼んだ(提供)
金福童さんの葬儀の日。韓国ソウル市庁に大きく金福童さんの写真が張り出され、多くの市民が死を悼んだ(提供)
 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、「慰安婦」という表現について。当事者や支援者たちが、この言葉を使うのには理由があるという。

【写真】少女像は何を象徴しているのか?
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 これからは“従軍慰安婦”ではなく“慰安婦”と言う。

 そのような内容のものが、4月27日に閣議決定されたという。 「従軍慰安婦」という言葉だと誤解を招く可能性がある、と自民党の下村博文政調会長が説明していたが、軍の関与が強調される言葉を消したかったのだろう。

 安倍さん(安倍晋三前首相)のころから、政治家の言い換え問題は指摘されてきた。徴用工を朝鮮半島出身の労働者と呼んだり、オスプレイの墜落を不時着と言い張ったり、カジノのことをIRと呼んだりとか。言い換えることで、意味が薄れ(なくなり)、ツルツルのビニールが被せられ引っかかりが消える。「徴用工集団訴訟」という事件も、「朝鮮半島出身の労働者の皆さんの訴え」となったとたん、時代背景も暴力性も消えるというものだ。

 とはいえ、これから「慰安婦」と呼びましょう!問題。さて、困ってしまった。たぶん、「慰安婦」運動に関わってきた人たちはみんな困っている。なぜなら「慰安婦」にされた女性たちも、彼女たちを支援してきた人たちもみな、「従軍慰安婦」とは言わず、「慰安婦」を使ってきたから。自民党的な言い換えをしてるわけじゃないのに、結果同じになってしまった。

「従軍慰安婦」という言葉を、当事者や支援者たちが使わないのは、従軍カメラマンとか従軍記者など、自ら志願して軍に従ったとも捉えられる「従軍」という言葉に問題を感じるからだ。そもそも「従軍慰安婦」という言葉自体が戦後につくられたもので、女性たちにはなじみのない言葉だったというのもある。そのため、カギ括弧の「慰安婦」を使うようになった。カギ括弧をつけるのは、「慰安」という言葉そのものに含まれる、性暴力が性暴力だと理解されていない暴力性を逃さないため。男性から見たら生死のはざまで味わう一時の慰安、でもこちら側からしてみれば地獄。地獄を「慰安所」と名づけられる恐怖も含めて、「慰安婦」はカギ括弧で語られる言葉として定着してきたのだ。

 性暴力被害者を表す言葉は、どのような言葉を使っても、胸の奥が抉られるような思いになる。十分な食事も与えられず、丸太のように寝たまま、性器を洗う間もなく、一日に何十人もの男性の性器を挿入させられる生活は、まさに性奴隷状態だった。とはいえ、「性奴隷」という言葉はあまりにも重い。語るたびに屈辱と痛みを強いる言葉に私自身がひるみ逃げたくなってしまってどうしても使えない。また、“元慰安婦”と表現する新聞やテレビは少なくないのだけれど、この言い方にも、とっさに目を背けたくなる。「元性暴力被害者」という言い方がないように、「元慰安婦」という“肩書”などないはずなのに。「慰安婦」=性暴力被害者という認識がないことが、“元慰安婦”という言葉からは見えてしまう。とはいえ、性暴力被害者に対してぴたりとはまる適切な呼称など、いったいあるのだろうか。

 数年前、故・金福童(キム・ボットン)さんにお話を伺ったことがある。亡くなる数カ月前の貴重な時間だった。金福童さんはそのとき私に「人権活動家、金福童です」と自己紹介してくださったのだった。金福童さんは、2010年代の「慰安婦」運動の中心に立たれ、国際世論を動かし、多くの若者を導く存在になられた方だ。文字通り、人権活動家として多くの人に尊敬された方だった。すさまじい性被害を受け、そのことを告発した女性が、誰もが認める人権活動家として社会に尊敬される存在となる。ご本人がまっすぐに「私は人権活動家です」と相手の目を見つめる。その重い事実に私は圧倒された。

 今年、縁あって、韓国で2018年に書かれた『咲ききれなかった花』という本の翻訳出版をすることになった。「慰安婦」にさせられた女性たちに絵を教えた美術の先生が、女性たちとの思い出を記した本だ。最初は、花瓶などの身の回りのものを描く授業だったのが、次第に女性たちは自らの過去をキャンバスに描きだすようになる。それが図らずも、性暴力被害のトラウマ治療になっていく静かな時間が描かれている。本の中では「慰安婦」という言葉は使われず、「日本軍性奴隷制被害者」と表されていた。韓国社会で「慰安婦」問題は、挺身隊問題や 日本軍「慰安婦」問題などと称されていたが、国際機関や国内外の社会団体を中心に今は、「日本軍性奴隷制被害者」という用語を公式に使用するようになっているという。日本軍の制度的・組織的犯罪であることを明確にするという意図がそこにはある。

 日本社会で「慰安婦」問題を語るのは、とても気が重いことだ。語れば語るだけ火の粉が飛んでくるような経験を多くの人はしている。それは、この問題を「日韓」の問題と捉え、日本が“不当”に批判されていると考える人々を刺激するからなのだろう。それでも、「従軍慰安婦」から「従軍」を国が外すことを決めることが、「解決」になるはずもない。「慰安婦」被害者に限らず、全ての性暴力被害者の共通の願いは、加害者が事実を認めることだ。なかったことにしないでほしい。その強い思いで、被害者は声をあげてきた。日韓の問題ではなく、女性の人権、痛みの話なのだという視点が、この社会には絶望的に足りないのだと思う。

 今年は金学順(キム・ハクスン)さんが「慰安婦にさせられた」と声をあげてちょうど節目の30年になる。性病感染のない「処女」を、できるだけ多く、安価に、効率よくと、朝鮮半島で無数の10代の女性たちが戦地に追いやられた。長い沈黙の末、金学順さんが声をあげたのは、日本の国会で「あれは業者が勝手にやったこと、日本軍は関係ない」という発言があったことがきっかけだった。なかったことにするな、という悔しさが背中を押したのだ。言葉の力はあなどれない。「慰安婦」という聞き心地のよい、プロフェッショナルな職業のような錯覚をさせる言葉の前で、その暴力性はかぎりなく不透明になってしまった。意味を失わせ、言葉を軽くすることで痛みに向き合わない社会は、結局私たちの生きにくさにもつながっていくのかもしれない。暴力が見えなくなる。

■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

このニュースに関するつぶやき

  • クソ左翼のアクロバット擁護を見にきました、淫売のパンパンがどうしたって?
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  • 韓国の嘘と言い掛かりと集りに付き合う必要がないから。以上。
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