五輪がなくなった、そのとき選手は 1980年モスクワ五輪ボイコットで号泣した日本代表たち

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2021年05月13日 09:00  AERA dot.

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写真1980年、日本のモスクワ五輪への不参加が決まったことを受け、記者会見した山下泰裕選手(現JOC会長)。「ショックです」と一言いってじっとくちびるをかんだ (c)朝日新聞社
1980年、日本のモスクワ五輪への不参加が決まったことを受け、記者会見した山下泰裕選手(現JOC会長)。「ショックです」と一言いってじっとくちびるをかんだ (c)朝日新聞社
 新型コロナウイルス感染が終息する気配が見られず、東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が危ぶまれている。メディアの各種世論調査では「中止」「延期」が過半数を占め、国会では野党が政府に対して大会開催を再考するよう求めている。

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 いま、代表になった選手たちの胸の内はどれほど苦しいことか。しかし、大会中止になることは考えたくないはずだ。ベストのコンディションを保つしない。

 かつて、日本はオリンピック参加をボイコットしたことがあった。今回のような感染症拡大が理由ではない。政治的な理由による。

 このとき、多くの代表選手は泣き崩れた。オリンピックに出られなくなったことを、彼らはどう受け止めたのか。近著『大学とオリンピック』(中公新書ラクレ)から一部抜粋、再構成して紹介する(取材は2020年4〜10月)。

*  *  *
■涙がぼろぼろと出ました

 1980年モスクワ大会。日本オリンピック委員会(JOC)はこの大会をボイコットした。79年12月、ソ連がアフガニスタンに侵攻。アメリカのカーター大統領はこれに抗議するため、モスクワ大会のボイコットを西側諸国(当時)に呼びかける。それに追随した日本政府の意を受けての不参加だった。

 しかし、すでにモスクワ大会の代表178人は決まっていた。うち大学生は54人いる。大学生の彼らはどのような思いでボイコットを受け止めたのだろうか。

 モスクワ大会代表の学生4人=レスリングの太田章(早稲田大)とボクシングの副島保彦、樋口伸二、荒井幸人(以上、中央大)、そして、日本体育大の研究生だった体操の具志堅幸司を訪ねた。

 レスリングの太田章は、76年に秋田商業高校から早稲田大に進み、80年に全日本選手権で優勝してモスクワ大会代表となった。大学「5」年のときである。ボイコットを知らされたのは、強化合宿の最中だった。

「お酒を飲んでも、ふと我に返って、何のためにがんばってきたのかと思うと、涙がぼろぼろと出ました。早稲田の学生としてモスクワ大会に出るため、わざわざ卒論だけ残して留年したのですから。当時、早稲田のレスリング部は強くなく、二部リーグに甘んじ、部員も柔道部や相撲部から集めるほどでした。そのなかで早稲田の強さをアピールしたかったのです」

 しかし、太田はここからがすごかった。84年ロサンゼルス大会、88年ソウル大会、92年バルセロナ大会に三回続けて出場している。84年と88年は銀メダルを獲得した。「ボイコットが悔しくてその借りを返したく、できるだけオリンピックに出てやろうと火が付いたのでしょう。ボイコットはカーター大統領が決めたことに日本が従いました。そのカーターがノーベル平和賞を取ったとき、がっくりきました。ボイコットが戦争終結につながったとされていますが、スポーツは切り離してほしかった。やはりボイコットはおかしい。その決断は日本政府ではなく、JOCが行うべき。将来、モスクワと同じようなことがあっても、個人でオリンピック旗を掲げて出場すべきです」

 現在、早稲田大スポーツ科学部教授。比較格闘技論などを教えている。

■誰に文句を言えばいいのかわからなかった

 モスクワ大会のボクシング代表には中央大関係者からは5人選ばれている。うち、4人は学生だった。

 副島保彦は小学校6年からボクシングを始め、そのころからオリンピック出場を目指していた。横浜高校(神奈川県)の出身で、高校チャンピオンになっている。1978年、中央大に入学した。

 オリンピックのボクシング代表になるためには、各階級で日本一を決める「ベルト争奪戦」を制さなければならず、副島はそれに勝って代表の座を射止めた。80年4月のことだ。副島はライトウエルター級で、同年代には近畿大の赤井英和がいる。ベルト争奪戦の過程では赤井を一ラウンドKO勝ちで退けている。

 副島はボイコットについて、テレビで知ることになる。こうふり返った。

「正直、オリンピックに出られるかは半信半疑で、前年からボイコットが囁かれていたので覚悟はしていました。人に殴られて裁判に訴えるという話ではなく、誰に文句を言えばいいのかわからなかった。代表選手の仲間うちで話すこともない。世の中がボイコットについては誰も触れないという雰囲気で、ボイコットで不思議な時間を過ごしたという感じです」

 横浜高校から中央大はボクシングのエリートコースだった。副島の先輩にあたる荒井幸人も同じ道をあゆみ、76年に大学に進んだ。荒井は高校時代、ジュニアのアジア選手権大会、全国大会に優勝するなど好成績をおさめたが、プロの誘いを断った。アマチュアの学生選手としてオリンピックに出ることを優先した。

 荒井が大学4年のとき、モスクワ大会代表を決めるベルト争奪戦があった。このとき、対戦相手が出場辞退で不戦勝となり、オリンピック代表となる。この試合、勝つ自信があったので、荒井は悔しい思いをしている。こう話す。

「全日本チャンピオンがオリンピックに出ることになっていましたが、わたしは戦わずして代表となり、心から喜べませんでした。勝って白黒つけたかった。おまけにベルトはなぜか対戦相手が持ったままで、わたしには渡されなかった。これも納得できなかったことです」

 こんなわだかまりを持ちつつ、気を取り直してモスクワ大会への準備を進めていたとき、ボイコットを知らされた。

「部屋に戻り、布団をかぶって泣きました。当然、モスクワに行けるものと思っていたのに、いったいどうなっているんだと愕然としました。こんなことは二度とあってはいけません。今でもボイコットには反対です。スポーツと政治はしっかり分けてほしい。またボイコットするようなことが起こったら、モスクワ大会辞退を経験した者として、署名活動を行って国にオリンピック参加を訴えます」

■幻のオリンピック代表としてマスコミから注目される

 樋口伸二は熊本県出身。東海大第二高校(現・東海大熊本星翔高校)から77年に中央大に進んだ。

 樋口は右利きサウスポーだったが、決定打を身につけるため、練習後も左のアッパーの練習を繰り返した。それが功を奏し、ベルト争奪戦ではこれまで勝てなかったライバルを倒して、モスクワ大会代表の座を掴んだ。ボイコット当時をこう思い出す。

「え〜っ、オリンピックはないのと、悔しかった。一方で、厳しい練習が終わり休むことができる。苦しみから解放されてホッとしたという思いも抱きました。大学チャンピオンになって調子が良く、負ける気はしなかったので、モスクワ大会に出たらかなりいい線までいったはずなので残念でなりません。ただ、幻のオリンピック代表としてマスコミから注目されることがあります。これが他の大会だったら取材に来ないんじゃないかな。そういう意味ではおいしいのかもしれません」

 ボクシング代表には日本大を卒業したばかりの木庭浩一が選ばれている。熊本県出身。76年に大学へ進み、同年のモントリオール大会の代表を目指すが、かなわなかった。その後、モスクワ大会を目指して着実に力を付けていく。大学2年、4年で全日本選手権に優勝し、2年のときにアジア選手権を制している。しかし、モスクワ大会の夢は断ち切られてしまう。木庭は当時の無念さを次のようにふり返る。

「リングに上がろうとするけど、相手の顔がぼやけて分からない。シューズやマウスピースがなくてリングに上がれない……。そんな夢を何十回と見た。『また、この夢か』と思っている自分もいる。代表に選ばれたけど、モスクワに行っていない。結果が出ていない。ずっともやもやしたまま、ここまで来たのかもしれない」(『熊本日日新聞』2019年11月15日)

■「悔しさがこみ上げてきました」

 体操の具志堅幸司は、日本体育大学学長を務める(取材時)。当時、同校を卒業して2年目の研究生だった。ボイコットの報せを聞いた時の心境を語った。

「ショックでした。自分の力ではどうしようもできず、何も抵抗できないまま終わるのかと思うと、悔しさがこみ上げてきました。私費でいいからモスクワに行かせてほしいと懇願しましたが、それは無理な相談でした。当時24歳で、次のオリンピックは28歳になる。それまで身体がもつかどうか、最初で最後のオリンピックを逃したのではないか、と心配しました」

 しかし、最初で最後にはならなかった。84年ロサンゼルス大会では金メダルを獲得する。

 ボイコット経験者として、具志堅はオリンピックのあり方にこう警鐘を鳴らしていた。

「戦争があればオリンピックは開催されない。平和の祭典であることを骨身に感じました。近代オリンピックの基礎を築いたクーベルタンは『スポーツを通じて平和でよりよい世界の実現に寄与する』ことをオリンピックの目的に掲げています、二度とボイコットがないようにしてほしい」

(文/教育ジャーナリスト・小林哲夫)

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  • …一方、旧ソ連では…かな…。それでも40年前か…('-';)���顼�áʴ���
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