吉永小百合「“転んだらダメ”をテーマに」 自宅周辺のウォーキングが日課

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2021年05月13日 11:30  AERA dot.

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写真吉永小百合さん(提供)
吉永小百合さん(提供)
 俳優になって半世紀以上、映画出演本数は120本を超える吉永小百合さん。最新作「いのちの停車場」では、その俳優人生で初めての医師役に挑んだ。しかし、新型コロナウイルス拡大の影響で役作りのための病院見学も中止となった。吉永さんはこのコロナ禍で医療のことだけでなく、さまざまなことを改めて考えたという。

【前編/吉永小百合がずっと夢見ていた医師役に 出演122本目の映画「いのちの停車場」】より続く

【映画「いのちの停車場」の写真はこちら】

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 吉永さん自身のライフワークとしている、平和を訴えて35年来続けている詩の朗読会も、多くは中止に。だが、戦後75年の節目となる昨年1月の「吉永小百合・坂本龍一チャリティーコンサートin沖縄『平和のために〜海とぅ詩とぅ音楽とぅ』」、8月の新潟県十日町市での「吉永小百合・村治佳織チャリティ朗読コンサート」は実現した。前者は詩の朗読とピアノ演奏、沖縄を代表する歌手・古謝美佐子さんの歌で、平和の尊さを伝え、平和を願う催しだった。

 吉永さんは68年の映画「あゝひめゆりの塔」に主演し、沖縄と沖縄戦にかかわりを持って以来、戦争と平和を考え、重い課題を自らに背負わせてきた。悲惨な歴史に思いをはせると、観光気分で沖縄の地を踏むことにはためらいがあった。それから50年余の歳月を経て、沖縄の死生観や自然、沖縄戦などをつづった詩を、坂本さんのピアノ演奏にのせて朗読し、古謝さんや子どもたちとともに、「てぃんさぐぬ花」を歌った。珠玉の時間に、長年の心のつかえがようやく消えた思いがした。

「沖縄に続いては、プライベートで、カンボジアとベトナムを旅しました。戦争といえば、これまでにポーランドにあったアウシュヴィッツ強制収容所を訪ねたりしていますが、戦争の世紀といわれる20世紀の半ばに生を受けたひとりとして、ベトナム戦争もずっと気になっていたんです」

 最初にアンコールワット、アンコールトムを訪れ、ベトナムに入った。

「ベトナム戦争の戦場となった土地が、戦争を経て、どう変わったのか、知りたくて。ホーチミンからハノイへと北上。とくにアメリカ軍の激しい空爆を受けて、壊滅状態になったダナンの街で、人々が戦争をどう体験したか知りたかったのです」

 激烈をきわめた戦争からほぼ半世紀、いたるところに戦跡が残されているものの、「想像以上にゆったりしている市民の暮らしぶり」を知った。ただ、戦争はそのさなかだけではなく、終わってからも人々に多くの犠牲や苦しみを強いる。生ある限り、見つめていかなければと思う。

「どちらの国も、食べ物は美味しく、素晴らしい文化を持っている。また訪れて、より深く知りたいと思っています」

 3.11の記憶も風化させてはならないと、切に願う。10年を迎える今年の春は、例年にもまして朗読会を通して、今も苦しむ福島の人々の思いをすくい上げ、核の悲惨さを訴えたかった。しかし、こちらも、コロナ禍でほとんどが中止に。

「だからといって何も伝えられないというのは口惜しいので、レギュラー出演するラジオの中で、2週にわたって3.11特集を組みました。1回目は東日本大震災直後に訪れた陸中海岸や南三陸町の方々に、電話で10年の流れ、これからのことなどをうかがいました」

 2回目は、原発事故のことや故郷の風景を詩で綴った福島県在住の詩人、和合亮一、佐藤紫華子(しげこ)、事故当時小学生だった小原隆史の3氏に電話をつなぎ、また3人の作品を朗読した。

「この10年間、復興が叫ばれてきたけれど、人々が望む本当の復興はまだまだのようです。とくに次世代を担う子どもたちに、原爆、戦争、原発、震災の被害を伝え続けていかなければ、と。来年も忘れないでいよう、この思いをそのまた先へつなげていこう、と強く思いました」

 コロナは吉永さんのプライベートも変えたが、できるだけ平常心で過ごすことを心がけた。トレーニングのためのジム通いはままならなくなり、「その分、自宅周辺のウォーキング」を日課に、足腰を鍛えた。

「この年になると転倒が怖いですから、“転んだらダメ”をテーマに、路地のすみずみまで地図が描けるくらい歩いて(笑)。食事は多種類を少しずつとり、免疫力をつけるもの、例えば発酵食品の漬物、キムチなどをよく食べています」

 料理担当は、もっぱら夫の岡田太郎氏(元テレビプロデューサー)。

「結婚当初はお茶もいれなかった人が、退職後に男の台所とかテレビを見て学んで、今はフライ、ソテー、シチューなど洋風はほとんど作ってくれます。無から有を生む、作るという点ではドラマも料理も似ているんですって(笑)」

 仕事、家庭、ライフワークとしている朗読会、3本の柱が絶妙のバランスで、若さと美を支えている。(由井りょう子 構成/長沢明)

吉永小百合(よしなが・さゆり)/東京都出身。小学6年のときラジオドラマ「赤胴鈴之助」でデビュー。1959年「朝を呼ぶ口笛」で映画初出演、以来、「キューポラのある街」「愛と死をみつめて」などでスターに。自らプロデュースも手がけた「ふしぎな岬の物語」、「最高の人生の見つけ方」ほか出演作多数。かたわら原爆詩の朗読などを通して戦争、核について問題を提起、平和への思いを発信し続ける。

※週刊朝日  2021年5月21日号より抜粋

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  • 芸能界屈指の極左タレントには、やさしい朝日さん、でも作品は、ずっとこけっぱなしだけど映画会社社長のお気に入りだから作られ続けてるんでしたっけ
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