大阪桐蔭の「絶対に負けられない戦い」は乱闘寸前の遺恨試合になった

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2021年05月16日 11:11  webスポルティーバ

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王者の源流〜大阪桐蔭「衝撃の甲子園デビュー」の軌跡
第4回 

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 1991年の大阪桐蔭の主将である玉山雅一は「僕らの時代から(大阪桐蔭は)選手を尊重している」と言った。とくに玉山の代の選手たちは、自我を前面に出す傾向が強かった。

 試合になれば相手を野次ることもあり、審判の判定に対し露骨に不満顔を見せることも珍しくはなかった。監督の長澤和雄は、そんな奔放なチームを上から押さえつけることはしなかった。

「『相手を野次るくらいやったら、もうちょっと味方を鼓舞するような声を出さんか?』というような感じで言ったりはしましたけどね。あのチームは、打ちのめすような言い方をしたらダメです。大事な個性が失われますから」




 この頃の高校野球は「マナー」に対して、比較的寛容なところがあった。そんな風潮においても、大阪桐蔭の選手たちの血気盛んな振る舞いは目立っていたというが、部長の森岡正晃もチームの気質を損なわないよう、新チームが始動してからこう説き続けてきた。

「相手を力で圧倒するくらいじゃないと、接戦になればなるほど厳しい試合になる。おまえたち自身で優位に立てる野球を確立しよう」

 和田友貴彦と背尾伊洋の2枚看板に井上大と萩原誠を中心とした強力打線。初の甲子園となるセンバツ出場を実現させた背景には、こうした要素も少なからず存在していた。

 センバツでの敗戦後、チームは一時どん底に落ちた。そこから、コミュニケーションを重ねることで意思の疎通を深め、「一戦必勝で戦っていこう」と冷静さを取り戻した。

 夏の大阪府大会。春季大会を制した上宮と並び「優勝候補」に挙げられていた大阪桐蔭は、初戦で磯島を8対1の7回コールドで破ると、2回戦も門真西を7対1と危なげなく退けた。そして3回戦で最初の難関と目された北陽(現・関大北陽)戦を迎えた。

 この相手とは因縁があった。

 前年夏、その年のセンバツでベスト4に進出した強豪と5回戦で対戦した大阪桐蔭は、相手エースの寺前正雄(元近鉄など)に手も足も出なかった。安打は萩原と代打で出場した元谷哲也の2本のみで、0対5と完敗を喫した。

 試合には玉山、井上、萩原、澤村通、光武敬史の5人がスタメンで出場していた。途中出場の元谷と和田を合わせれば7人。屈辱は否応なくチームに植えつけられていた。

 こうして迎えた91年夏の北陽戦。前年のリベンジへ、選手たちは血沸き肉躍るような興奮を抑えきれなかった。玉山が回想する。

「1年前に『やられた!』という悔しさがあったんで、北陽の試合は燃えましたね。大会前のミーティングで『変な考えを起こさんと、一戦一戦、大事に戦っていこう』って言っていたのに、あの試合はみんなスイッチ入ってもうたんです。僕も含めて『やり返したる!』って感じでね」

 2回戦まで機能していたリミッターが効かなくなったことには、ほかにも理由があった。

 まず、序盤に試合が大きく動いたこと。先発の和田は本調子とはほど遠く、1回表にいきなり3点を献上し、3回にも2点を追加された。この回終了時点で3対5。ここで和田は降板するなど、チームは劣勢に立たされていた。

 また展開以上に大阪桐蔭の選手たちを燃えさせたのが、北陽の先発が寺前の弟・悦弘だったことだ。試合開始から激しい野次をマウンドに集中させるも、相手も負けじとインハイにボールを投げ込んでくる。

 とりわけ標的にされたのが、7番・白石幸二と8番・足立昌亮の下位打線だ。

「インコースは当たり前。顔の近くにも放られたんで、『次からは投げさせへんように』って威嚇の意味もありました」

 白石が寺前に詰め寄るそぶりを見せる。大阪桐蔭ベンチのボルテージが高まり、煽り声も勢いを増す。だが相手も委縮せず、続く足立もインコースを厳しく突かれた。

「なめられたらアカン!」

 足立も白石と同様のリアクションを取ると主審に止められ、監督の長澤と部長の森岡が注意を受ける。物々しい雰囲気が漂っていた。

 審判の大阪桐蔭を見る目がより注意深くなる。判定はあくまで公平だったが、選手目線では不服だった。そして、極めつけと言える場面が玉山の打席で起こった。

「低い」と見逃したボールを、ストライクとコールされ2ストライク。そして「前より少し低いから、今度こそボールや」と見送ったボールもストライクと判定された。不本意な三振に、玉山が憤慨する。

「それはないやろ!」

 悪態をつくようにバットを投げる。それだけでもマナーの悪さを咎められかねないが、不運にもその先に審判がいた。自分では「ただ放り投げた」つもりが、結果的に「審判に投げた」と見なされてしまったのである。

 再び監督と部長が主審に呼ばれ、叱責された。森岡が困った様子で述懐する。

「ジャッジが不服なら『今のストライクは(いっぱいの)高さですか?』とか丁寧に聞いて、次の打席に生かすようにしようと選手には伝えていたんですけど......。まあ、高校生には難しかったのかもしれないですね」

 たしかに、選手たちは過剰なまでに熱さを出した。ただ、冷静さを失ったわけではなかった。

 執拗なインコース攻めでもわかるように、北陽には強気なプレーで応戦されていた。走塁にしても同様だった。今でこそ禁止されているが、当時はダブルプレーの際、相手の送球を遅らせるためにあえてセカンドのベースカバーに入った選手に向かってスライディングすることも、戦略のひとつと考えられていた。

「まるで『スクール☆ウォーズ』みたいな試合でしたからね」

 80年代に一世を風靡した学園ドラマに喩えながら、元谷が苦笑いする。ただショートを守る元谷は、相手のプレッシャーにも動じずプレーを成立させていた。背景として、日々の練習によって、セカンドの澤村と意思の疎通が図れていたからだと元谷は言う。

「普段のノックから、相手がスライディングしてくるだろうと想定している幅をさらに越えてスローイングしたり、わざと体勢を崩しながら投げたりしていましたから。そこは澤村と、あらゆる状況を考えて『このあたりに投げてくれたほうが捕りやすい』『こういうスライディングをしてきたら、このへんに投げてくれ』と、いつも話していましたから。僕と澤村は、どこにも負けない二遊間コンビやったと思いますよ」

 二遊間を起点として堅守。また4回からマウンドに上がった背尾も相手打線を無失点に抑えるなど、大阪桐蔭ベンチは熱量を保ちながらも冷静に勝機をうかがうことができた。

 4対5で迎えた8回、反撃の口火を切ったのは6番の光武だった。

「序盤はリードされていて、自分もカッカしていたところはありましたけど、比較的落ち着いていたと思います。『負けたくない。なんとしても出塁せな』って」

 この回先頭の光武が、北陽の2番手・浜村昌明からセンターオーバーの二塁打で出塁すると、さらに無死一、三塁とチャンスを広げる。ここで打席を迎えた足立も、自分の仕事に徹することだけを考えていた。

「『ここが山場や』と思いましたね。冷静さ以上に、気合いが入っていました。『ここで俺が打てば、チームが盛り上がる!』って」

 そんな気持ちがバットに乗り移る。右中間を破る二塁打で同点。北陽はセンターを守っていた寺前を再びマウンドに送ったが、潮目は完全に大阪桐蔭へ傾いていた。一死満塁から澤村が押し出しの四球を選び勝ち越し。さらに2点を追加し、この回一挙5点。大荒れの試合は事実上、ここで終結を迎えた。

 スコアは9対6。行き過ぎた言動があるなど、決して褒められた内容ではなかったが、選手たちには「負けられない」という強い意志と情熱があった。森岡が強い言葉で同調する。

「周りからは『やんちゃ』『悪ガキ』と言われましたけど、そうじゃないんです。『勝ちたい!』という気持ちが、ほかの高校生より強すぎたんです。褒められた行為でないことはわかっています。でも僕は、気合いの表われだったと受け止めています」

 試合後、森岡は主審に「以後、気をつけてくださいね」と念を押された。大阪府高野連からも厳重に注意され、始末書も提出した。だからといって、選手を責めることはしなかった。

 後年、アマチュア関係者が集まる会合で偶然にも北陽戦の主審と再会し、「和解したんです」と教えてくれた玉山は、森岡ほか自分たちを尊重してくれた指導者の方針を意気に感じていた。

「森岡さんはもちろん、長澤監督も有友(茂史)コーチにしても、僕だけやなくて、みんなのことを理解してくれていたと思います」

 理解者はほかにもいた。当時、校長を務めていた森山信一の存在も「負けられないと思えた」と玉山は言った。

 森山は毎日練習に顔を出し、試合も時間が許す限り応援にきた。玉山は主将となってから森山とは個人的に話す機会も多く、そのたびに「おまえらの代で大阪桐蔭を勝てるチームにしてくれ」と頼まれ、玉山も「任せてください!」と約束を交わしていた。

「センバツが終わってからチームの雰囲気が悪くなった時も、『俺にできることがあったら何でも言ってくれ。その代わり、チームを立て直してくれ』とか、何度も励ましてくれました。校長との約束ということは、学校とも約束したってことやないですか。だから、弱気にならず『なんとしても優勝せな!』と突っ走れたんやと思います」

 主将の玉山を旗頭に大阪桐蔭という"看板"を背負った野球部。この北陽戦をきっかけに「力で圧倒する」というチーム本来の野球を取り戻していく。夏の大阪初制覇へ、機運は高まっていった。

つづく

(文中敬称略)

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