Apple Musicの“追加料金無しでハイレゾ提供”が楽曲販売に与えるインパクト インディーレーベル運営者の視点

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2021年05月18日 18:02  ITmedia NEWS

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写真ホールでの収録風景
ホールでの収録風景

 Apple Musicが6月からハイレゾとイマーシブオーディオ(AppleはDolby Atmosに対応した空間オーディオと称する)に対応するというニュースが飛び込んで来た。すばらしい。何にも増して、追加料金なしで楽しめるという点が美しい。ただ、レーベル関係者の中には、抵抗感を覚える人もいるのではないか。



【その他の画像】



・Apple Music、ロスレスとDolby Atmos空間オーディオに対応 ハイレゾも追加費用なしで6月から提供開始



 これまで、ハイレゾやイマーシブオーディオコンテンツの価格設定は、「音質や没入感の向上」を錦の御旗に、ロッシー(MP3やAACなどのようにデータが圧縮され一部の情報が欠損している)音源より高額な設定で、エクストラチャージを強いていた。例えば、moraでダウンロード販売しているEaglesの「Hotel California (2013 Remaster) 」は、ロッシー音源が1517円なのに対し、192.0kHz/24bit版は2200円。ユーザーはハイレゾという付加価値に700円近い追加料金を支払っていることになる。



 それは、マーケティング戦略として当然のことのように思えるが、音楽業界の末端でインディーレーベルを運営している筆者としては、どこか違和感があった。



 というのは、筆者が制作に携わる音源の場合、マスター音源は、すべて96〜192.0kHz/24bitで作成している。インディーレーベルとプラットフォームを仲介するアグリゲーターに納品する際、ハイレゾマスターはそのまま納品可能だが、ロッシー音源は、コンピュータのリソースを消費して44.1KHz/16bitにダウンコンバートして納品する必要がある(ロッシーへの変換はプラットフォーム側が実施する)。



 つまり、原価を考えれば、余分なリソースを消費している分、ロッシー音源の方がコスト高になっているわけだ。原価積み上げの考え方で価格を決めるのであれば、ロッシー音源の方が高額に設定しなければならない。制作環境によっては、マスタリングソフトからワンストップで複数のフォーマットが書き出せるので、コストは変わらないという向きもあろうかと思うが、それはそれで、同じコストじゃないか、という話になる。



 Apple Digital Mastersのようにロッシーでも最良の音を追求し、CDマスターとは別の専用のマスタリングを実施する場合もある。ますますもってコストがかかっている。参考までに、筆者のレーベルでは、一部、著作権の関係で高く設定しているアルバムを除き、ハイレゾのダウンロード音源も基本的にロッシー音源と同価格帯に設定している。



・Apple Digital Masters、AACでも「24bitスタジオマスターと区別つかない」は本当か?



 ちなみに、ストリーミング系では、Amazon Music Unlinitedが、月額980円であるのに対し、ロスレス・ハイレゾ配信のAmazon Music HDは1980円で提供されている。もっとも米Amazonは今回のApple Musicの戦略に対抗して、Amazon Music HDの価格をこれまでの月額14.99ドルから9.99ドルへと、ロッシー音源と同価格に値下げしたそうだ。



・Amazon Musicのハイレゾ、Unlimitedプランで無料に(日本は対象外)



 プラットフォームの言い分としては、ハイレゾはデータ容量が大きい分、ストレージやネットワークのリソースを多く消費するからエクストラチャージは当然、という考え方もあるだろう。それは理解できる。そういった意味でも、今回のApple Musicの、エクストラチャージなしでハイレゾとイマーシブオーディオが聴けるという英断は賞賛に値する。



●Bluetoothイヤフォンならハイレゾに意味ない?



 今回、ハイレゾとイマーシブオーディオに対応ということだが、リスナーとしての筆者は、ハイレゾ対応に大きな意味を見出せない。というのは、iPhoneで音楽を聴くときは、基本的にAirPods Proで聴いているからだ。AirPodsやPowerbeats ProといったAppleのBluetooth接続のイヤフォン・ヘッドフォンは、元の音源がハイレゾであってもロッシー(AAC)変換された音を聴くことになる。



 ハイレゾをハイレゾとして楽しみたければ、有線のイヤフォンか、専用のDACを用意する必要がある。どちらにしても、有線接続が前提になるわけで、AirPods Proで完全ワイヤレスの利便性が身体に染みついた今となっては、有線への「退化」は受け入れることができない。いい音か、利便性か、問われたら躊躇(ちゅうちょ)なく利便性をとる。したがって、Apple Musicのハイレゾは、こだわりをもったマニア向けという位置付けだと認識している。



 あえて言えば、macOSの「ミュージック」アプリとハイレゾに対応したオーディオインターフェースという組み合わせで聴くようなシチュエーションならばハイレゾの意味を見いだすことはできそうだ。もちろん、それはそれで楽しみだが、利用頻度としてはそれほど多くはない。



 その一方で、イマーシブオーディオには期待したい。数あるイマーシブオーディオの中から、Dolby Atmos方式に対応しているそうだ。ただ、Dolby Atmosは、映画など映像とセットになったコンテンツに対し、上左右前後の音源の定位を駆使することで、没入感を演出する。いわゆるオブジェクトベースというやつだ。そのようなフォーマットを音楽の世界でどのように表現するのか、制作者のセンスが問われるのではないか。



 例えば、アコースティックな楽器をホールで録音する際、上左右前後にマイクを設置し、ホールで鳴っている音のありのままをキャプチャーするというナチュラル指向の考え方もあれば、オブジェクトベースの利点を生かし、楽器の音を好きな位置に配置したり、縦横無尽に動かすといった考え方もあるだろう。



 映像コンテンツにDolby Atmos音源を設定するためのマスタリング作業は、ホームシアター系の再生環境を想定する必要があり、それなりのシステムが必要で、制作コストの面でお高いものなる。



 しかし、AirPods Proなどイヤフォンでのリスニングを想定した形であれば、「Pro Tools」や「Logic Pro」といったDAWと、「Dolby Atmos Renderer」や「Dolby Atmos Music Panner」のような専用プラグインとの組み合わせで、低コストでコンテンツ制作が可能なだけにインディアーティストでも参入できる世界だ。



 制作者の数が多ければ、さまざまな考え方に基づいた、独自の作品が生まれてくるのではないか。ちなみに、Dolbyのプラグイン関係は、M1 Macでは動作しないという情報もあるので、後日、検証して別記事で報告したい。



参考:Dolby Atmos Music Quick Start: Getting Started with Logic Pro



 Dolby Atmosへの対応は、iPhoneか、あるいはH1/W1チップに対し、ソフトウェアアップデートでDolby Atmosのデコード機能を追加することになるのだろう。ハードウェアメーカーが音楽配信サービスを提供する、垂直統合の強みを生かした機能追加と考えることもできる。リスナーとしても、音楽制作者としても、Dolby Atmosへの対応は、イマジネーションをかき立ててくれる。6月の登場が楽しみだ。



(山崎潤一郎)


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