「1人でも多くの“いのち”を救いたい」。医療従事者の信念を描く、異色の時代小説が登場

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2021年05月19日 06:41  ダ・ヴィンチニュース

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ダ・ヴィンチニュース

写真『いのちを守る 医療時代小説傑作選』(宇江佐真理、藤沢周平、藤原緋沙子、山本一力、渡辺淳一:著、菊池 仁:編集/KADOKAWA)
『いのちを守る 医療時代小説傑作選』(宇江佐真理、藤沢周平、藤原緋沙子、山本一力、渡辺淳一:著、菊池 仁:編集/KADOKAWA)

 コロナ禍が続くこと約1年。時間が経つごとに大きくなるのは、医療従事者への尊敬の念だ。いまもなお、新型コロナウイルスと闘う献身的な彼らをテレビで見るたび、頭が下がる。ただ彼らは決してコロナ禍だから献身的になっているのではない。「いつどんなときも、患者のいのちを守りたい」という信念のもと、医療に携わっているのだ。5人の作家の小説を編んだ短編集『いのちを守る 医療時代小説傑作選』(宇江佐真理、藤沢周平、藤原緋沙子、山本一力、渡辺淳一:著、菊池仁:編集/KADOKAWA)には、そんな医療従事者の信念が如実に描かれている。

 本作は「江戸時代の医療従事者」が題材だ。その職種はさまざまで、医者はもちろんのこと鍼灸師も登場する。また境遇も、獄医(現代の刑務所勤務医)、藪医者と噂される内科医、腕利きの女医、天然痘撲滅に奮闘する医者とさまざまだ。ただそんな彼らにも共通する思いがある。「人に寄り添い、可能な限り“いのち”を守りたい」という思いだ。

 特に、第三編「名医」では、その思いがまっすぐ表現されている。

 物語は、口入れ屋(人材派遣の仕事)の番頭の娘・おふくが、岸田玄桂という医者の家に女中(家事手伝い)として駆り出されるシーンから幕を開ける。もともと玄桂には妻と呼べる人がおらず、家事全般は玄桂の母親・玉江がこなしていた。おふくが彼の家に駆り出されることになったのは、玉江が足にひどい怪我を負ってしまい、家事ができなくなったためだ。本作はこれをベースに、おふく目線で医者・岸田玄桂の姿が描かれていく。

 玄桂は、周囲の人から“藪医者“と噂されていた。藪医者というと、治療技能を持たないにもかかわらず患者をだまして治療費をもらう医者をイメージするだろう。おふくも、彼が藪医者だという噂は耳にしていた。ただ、女中として勤め始めてまもなく彼女は、玄桂がどの医者からも匙を投げられ、治療を拒否された男性患者の面倒を見続けていることを知る。少しでも容体が悪くなれば、脱兎のごとく駆け出し彼に可能な限りの治療を施す。弱気な言葉を発すれば「あなたはいま生きているんだ、しっかりしろ」と励ます。また物語の終盤では、診察代や薬代が払えない病人を無償で診察していたことも明らかに……。もし彼が噂通りの藪医者だとしたら、ここまでするとは到底考えられない。おふくは次第に、玄桂が自分や周りのイメージとはまったく異なる医者であり、むしろ医者としての信念を持ち、可能な限り患者に寄り添い、精一杯の医療を提供する“名医”だったのだと実感していく。

 他の小説も、「名医」のように信念を持って患者に寄り添い、治療に奮闘する医療従事者の姿が描かれている。もちろん内容はフィクションだが、本作で描かれる彼らの信念は、リアルな世界で働く医療従事者の根底にもある。たとえ時代が違っても、医療機器や技術が進化しても、医療や患者と向き合う人の心は変わっていない。本作はそう感じさせてくれる1冊だ。

文=トヤカン

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