名物書店員がすすめる「“今”注目の新人作家」第1回:『熊本くんの本棚』『結婚の奴』

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2021年05月20日 13:31  リアルサウンド

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 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする。第1回は、セクシャル・マイノリティを題材とした2冊を、特徴や読みどころとともに紹介。


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 多様性社会という言葉をよく耳にするが、多様性とは一体何なのか、そして私たちの社会に通底する生きづらさの正体とは何か。作家たちが投げかける言葉は、その時代の意識や課題を鮮やかに切り取る。新人作家ならではの新しい感性や価値観が、今を生きる私たちの心を正面から揺さぶってくれるはずだ。


■デビュー作にして読み応え抜群の青春小説『熊本くんの本棚』


 昨年の12月に刊行された新人作家の小説の中で、最初にお薦めしたい一冊が、「第4回カクヨムWeb小説コンテスト」でキャラクター文芸部門大賞を受賞した、キタハラ著『熊本くんの本棚 ゲイと私とカレーライス』(KADOKAWA)である。


 本書は著者のデビュー作だが、まず文章がとても熟れているのが印象的だ。勘所を押さえた地の文と、リズムのある会話文が緩急をつけ、登場人物達の屈託や虚しさに寸でのところで侵されず上手く波長を合わせ、とても読み応えのあるものに仕上げている。もちろんそれだけでも出色だが、物語の内容もとても興味深い。


 本をあまり読まない女性・みのりと、読書家で料理上手な男性・熊本という、友人同士の大学生2人を中心とした話になっている。熊本があるきっかけからゲイ向けのビデオに出演し、みのりがそれを知って観てしまうところから物語が徐々に展開していく。


 「熊本くんにはどこか、まわりと違う雰囲気がある。秘密を抱えていて、それを隠すために所作や笑顔が浮世離れしているような。人はそういう人間をすぐに見つけだしては、どうにかして暴いてやろうと野蛮なことをする。相手の準備を待つ間もなく、自分なりの理屈をつけて、『友達だから』『悩んでそうだから』『なにも後ろめたいことなんてないよ』なんて胡散臭いいたわりを見せたりする。
 つまりはみんな、暇なのだ。自分のことを見たくないから、他人のことばかり気にする。(p.8-9)」


 「今日のことを、未来に思いだすことがあるんだろうか。
 友達のことを検索して、なにかをつきとめようとした日。自分にまったく関係がないというのに、事実を知りたいと綺麗事で自分をごまかし、熱中したこと。
 ビデオを通信販売しているサイトのページをめくり続けた。(p.14-15)」


 同じ時を刻みながらも違う、2人の日常と家庭環境。追いかけ、追いかけられた、忘れられない男女。複雑な家族の中で生きてきた熊本の混沌と、みのりのほんのりと冷静な視点が絡み合い、時には各自の想いが絞るように滲み出てくる。“もう一人の自分”がためらいながら徐々に動き出していく様子が、不器用な鈍い光に包まれた魅力へと繋がっている。


 また、この作品は「本」を巡る物語でもある。文中に登場する様々な小説と、熊本のアパートにあるぎっしり詰まった本棚と、彼自身が宿命のように綴る小説。忘れ去られるかもしれないけれど、人が死しても残り続ける「本」達が、もう1つの主役としてこの物語を駆け巡る。様々な感情が滞る不穏さと同時に、他では味わうことのできない一味違った爽快さを久しぶりに感じられた青春小説だった。


■能町みね子3作目となる私小説『結婚の奴』


 エッセイストでありながら、他にも様々な方面で活躍する能町みね子は厳密にいえば新人ではないかもしれないが、12月に刊行された第3作目の『結婚の奴』(平凡社)はぜひ紹介したい。『お家賃ですけど』『私以外みんな不潔』に連なる「私小説」だ。


 本書は、能町本人とゲイであるサムソン高橋が生活を共にするところから話が始まる。現在進行形で綴られる物語にうきうきするような楽しさがあり、読みながら思わず笑みが浮かんでしまう。2人の間に生じるやりとりが生き生きと描かれていて、話に彩りを与えているのも嬉しい。(余談だが個人的には田島貴男ボーカル時代のピチカートファイヴの名作「ベリッシマ」のジャケットポスターの扱いにぐっと来た)


 そして、当たり前のように起こる周囲の恋愛、結婚、出産の知らせに対して、能町の感じる生きづらさも言語化されている。そこにはルサンチマンや、コンプレックスが埋もれ火として残るものの、時にその感情を引き離し相対して淡々と綴る、能町の観察眼としなやかさがとても魅力的である。中でも、親交のあったライターの雨宮まみ(2016年40歳の若さで亡くなった)への記述は胸に刺さる。


 「死にたい死にたいと言って周りの人にさんざん心配をかけ、迷惑をかけ、いつまでも死なない人がいる。それはとてもすばらしいことだ。それに対し、マジメに生きて他人にも真摯に優しく対応し、自分のつらい気持ちは奥底に押さえ込み、結果として死んでしまう。これはダサい。ものすごくダサい。生きたほうがいいに決まってる。心から憧れていた人がその絶対値だけを残してきれいに裏返り、心から見下す対象になった、と思うとまた状況の不条理さに汚い涙がにじんできそうになるが、もうさすがに泣くのは飽きた。」


 サムソン高橋との関係を通じ、能町自身に訪れる驚きと発見が、生活の延長線上に次々と洗い出されていく。少しの緊張感をまぶしつつも、互いの日常を擦り合わせ、いつの間にか信頼し合っている。その幸せな様子は、もしかしたら「恋に似た物」と言っていいのかもしれない。だがそれは、「恋愛」の偽物では決してないことが読んでいくとわかる。


 エッセイでも小説でも、能町の文章は読んでいると素直な優しさをいつも感じられる。その理由は、読み手に安易に同意を求めない矜持と正直さだろう。今回も押しつけがましくない私小説で、読者にも波及する多幸感があり、この2人の世界がまだまだ続いていってほしいと読みながら思った。


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