安倍前首相が露骨なスルー! 河野太郎から遠のく首相の座…菅首相後任はどうなるのか

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2021年06月12日 14:12  日刊サイゾー

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写真安倍晋三 自民党 公式サイトより
安倍晋三 自民党 公式サイトより

 月刊「Hanada」(飛鳥新社)7月号の安倍晋三前首相のインタビューに、河野太郎周辺は驚きを隠さなかった。

 9月末に任期満了を迎える自民党総裁選に関し、インタビュアーがポスト菅について、「世論調査では河野太郎さん、石破茂さん、小泉進次郎さんが人気で、辞めたばかりの安倍総理も候補に入っていますが」と河野を含む3人の有力候補の名前を挙げ、水を向けた。

 しかし、安倍は「茂木敏光外務大臣は誰もが手腕を評価している。官房長官の加藤勝信さんには私の臥薪嘗胆時代から支えてもらい、アピールをせずに黙々と仕事をする珍しい政治家。下村博文さんも政調会長として党務で頑張っているし、岸田文雄さんは誠実な人柄で、外務大臣での実績は評価されています」と回答し、河野を含む3人の名前には一切触れなかった。

 河野は、スルーされたのだ。

 たかがインタビュー、されどインタビュー。河野の地元、神奈川県平塚市に住む長年の支持者は、「次の首相の世論調査でいつも1位の太郎の名前は挙げないのはおかしい。意図的としか思えない」と安倍の回答に首を傾げる。

 読売新聞が今年3月5日から7日にかけ実施した、次の首相に相応しい自民党の政治家を問う世論調査で、河野太郎は26%で1位となり、2位の石破茂(19%)、3位の小泉進次郎(17%)を引き離した。菅義偉首相に至っては3%と大きく引き離された。

 ネット世代の人気のバロメーターでもあるツイッターのフォロワー数は232万5千。安倍晋三前首相の225万5千を抜き、国会議員の中では最多だ。

 抜群の発信力と突破力を買われ、今年1月18日に菅義偉首相に新型コロナウイルス感染症ワクチン接種推進担当大臣に指名されたのは記憶に新しいところだ。​ワクチン接種という菅政権の命運を左右する重要な役割を担うと同時に次期首相となり得るか、手腕が試される局面に置かれている。しかし、ワクチン接種は65歳以上の対象者3549万人のうち、少なくとも1回接種した人が26.4%、2回目の接種を終えた人が3.5%(6月8日時点)と諸外国と比べても遅れ気味だ。

 ワクチン接種は厚生労働省のみならず、総務省、防衛省、地方自治体など様々なプレイヤーとの協力・連携が不可欠となるので、遅れの責めを河野1人に負わせるのは酷かもしれない。だが、菅は河野の突破力と抜群の発信力に、それらの異なる組織を束ねることを求めていたはずだ。それが今は空回りしている。

 菅と河野は同じ神奈川選出の国会議員ということで関係が深い。菅が昨年9月の内閣発足で、神奈川出身の河野を行政改革担当大臣に、小泉進次郎を環境大臣に抜擢したのも、二人を将来の宰相候補として育てようといる狙いがある。同時に、自らの首相退陣後、キングメーカーに成らんとする菅の意図も見え隠れする。

 もし五輪が中止となったり、ワクチン接種の更なる遅れと混乱が生じた場合、菅が9月の自民党総裁選を待たずに退陣することもありえる。その際、河野が総裁候補の筆頭に躍り出る可能性も浮上してくる。

 しかし、菅の引きがあっても、肝心の所属する麻生派内での河野の評価は低い。麻生派の関係者は「大分良くなってきている」と前置きしながら、「これまでの周囲を顧みないスタンドプレーに過激発言。派が一丸となって推せる総裁候補ではない」と手厳しい。

 安倍の盟友、麻生太郎は今年9月で81歳になる。河野が現時点で首相になることは自民党指導層の完全な世代若返りと自らの政治的影響力低下を意味するので猛反対しているという。

繰り返されるのか一郎、洋平の悲劇

 河野太郎は神奈川県を地盤とする政治家の三代目だ。祖父、一郎は副総理、東京五輪担当大臣、農林水産大臣などを務めた自民党の実力者。自ら率いた河野派には後に首相となる中曽根康弘もいた。

 1964年10月の東京五輪閉会式翌日に、喉頭がんのために池田勇人(はやと)が退陣を表明すると、後継総裁候補の1人に名前が挙がったが、池田が最終的に後継総裁に指名したのは安倍の大叔父、佐藤栄作だった。一郎は、最近では、過去最低の視聴率に終わった2019年のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)」に実在の人物として登場し桐谷健太がその役を演じたので、若い世代にも多少の馴染みがあるかもしれない。

 そして、父親の洋平は祖父一郎が果たせなかった自民党総裁の座を手にするが、とうとう首相にはなれなかった。村山富市首班の自民・社会・さきがけの連立政権で洋平は副総理・外務大臣で入閣していた。

 1995年夏の参議院議員選挙で与党が不振に終わると、村山は自民党総裁である洋平に政権禅譲を提案する。しかし、これに小渕派会長の小渕恵三が待ったをかける。河野は次期総裁選に出馬することも叶わず、結局、橋本龍太郎が総裁となり後継の首相となった。

 祖父の一郎も、父親の洋平も首相の座が手に届きそうになりながら、最後の土壇場で、運命の女神に見放される。特に洋平は、村山首相から政権禅譲を相談されるなど、父親の一郎よりも、もっと近くに首相の座を引き寄せながらチャンスをものにできなかった。

 これに加え、洋平には宮崎喜一内閣の内閣官房長官だった1993年8月4日に発表した「河野談話」がある。従軍慰安婦問題で初めて日本軍や官憲の関与を認め、「おわびと反省」を表明したのだが、これが後に韓国側からの更なる批判を招き、世界各地に慰安婦像が建てられる要因となった。

 自民党保守派は河野談話こそが今の日韓関係の悪化を招いた主要因として、談話の修正または取り消しを求めている。首相を目指す太郎にとり、談話は今も大きな呪縛となっている。

 7月23日の東京五輪の開催までに国民の大半がワクチン接種を終えるような状況を作り出すことができたなら、河野太郎は将来に首相の座に大きく近づけたかもしれない。しかし、現状は65歳以上の高齢者のワクチン接種ですら目標の7月末までに完了できるか微妙なところだ。

 河野は初当選のときから「いつかはトップを目指して自分の思う政策を実現してみたい」と述べるなど、首相への意欲を隠さなかった。自民党が2009年8月の総選挙で惨敗し下野、責任を負う形で辞任した麻生太郎総裁の後任を決める自民党総裁選が翌9月に行われたが、河野は「自民党がここできちんと変わらないと存在意義がない。国民に期待をかけてもらえるような政党になることが、健全な二大政党制への大きな一歩になる」と総裁選に出馬した。

 自民党を飛び出し、「新自由クラブ」を立ち上げた父親の洋平のように、新党設立などに走らず、自民党に踏み止まって党を改革しようとした根性はもっと評価されていいだろう。

 加えて、米ジョージタウン大学で学んだ抜群の英語力は強みだ。首相になった時に外国の首脳と共通の言語である英語で直接対話し、時にユーモアを交えながらやり取りできるスキルは日本外交にとり大きなプラスだ。

 たとえ、今回のコロナとの戦いで敗れ、「敗軍の将」の烙印を押されても捲土重来を期して、宰相の座に挑み続けてもらいたい。80代の麻生太郎、二階俊博が闊歩する永田町で、58歳の河野太郎はまだまだ若い。次のチャンスは必ず来よう!

このニュースに関するつぶやき

  • 二世議員はすべて辞めさせる。親中、親韓、親米も辞めさせる。省庁や業界のバックがいるのも辞めさせる。誰が残るかな?
    • イイネ!6
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  • どうせ誰がなっても貶すくせにねぇ?
    • イイネ!26
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