人の話を聞くのがストレス…精神科医・水島広子先生に聞く、人間関係で疲れないために重要な「聴く技術」

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2021年06月14日 06:41  ダ・ヴィンチニュース

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写真水島広子先生
水島広子先生

 やたらと愚痴の多い人、子どもの話ばかりする人、悩み相談をしてくるわりに人の意見は聞かない人……。話を聞いているだけで疲れてしまう相手をかわすには、どうしたらいいんだろう? 堂々巡りの話をどうしたら終わらせられる?

 シリーズ10万部を突破した「それでいい。」シリーズの第2弾、『やっぱり、それでいい。』(創元社)は、相手を変えようとするのではなく、話を聞く姿勢をちょっと変えるだけで、格段にラクになる方法を伝授してくれる1冊だ。

 マンガ家・細川貂々さんとともに本書を刊行した、著者で精神科医の水島広子さんに、多くの人が陥りがちな勘違いと、大人の人間関係に必要なコツについて、うかがいました。

(取材・文=立花もも)

アドバイスするということは「相手を否定する」ことに繋がってしまう

やっぱり、それでいい。
『やっぱり、それでいい。』(細川貂々、水島広子/創元社)

――人の話を聞いて疲れてしまうのは、「相手のためにならなきゃ」と思っているからで、聞く姿勢を変えるだけでモヤモヤしたりしんどくなったりしなくなる。と、マンガ家の細川貂々さんとの共著『やっぱり、それでいい。』に書かれていました。

水島広子先生(以下、水島) 私たちは幼いころから「相手の立場になって考えなさい」と言われて育ちますから、話を聞くときも相手の立場に立って考えようとしますよね。それが根本的な勘違い。「もし自分だったら」というのは言葉どおり、相手の状況に自分が置かれたらという想像で、相手にとっての真実と重なるとは限りません。

――同じ状況に立たされても、どんな選択をするかは人によって違いますもんね。

水島 ほとんどの人は、相手の話を聞いているつもりで実は自分のことを考えているんです。だから「私にもそんなことがあった」という共感や「私ならそんなことはしない」というアドバイスが、相手にとっていまいちピンとこないものであることも多い。そもそも、「アドバイスが欲しいんだけど」と持ちかける人の多くは、単なる前置きとして言っていて、本当はただ話を聞いてほしいだけなんです。そして気をつけなくてはいけないのは、アドバイスをするという行為自体、基本的に相手の現状を否定しているのと同義だということ。

――アドバイスが、相手の否定になるのですか?

水島 どんな状況であろうと、その人なりに頑張った結果、「今」があるわけでしょう。「もっとこうしたら?」と言うのは「今のあなたじゃだめ」という否定が前提になってしまうんです。言われたほうも無意識にそれを感じとるから、たいていの場合、素直に受けとれない。

――対して、アドバイスをする人は「自分」の話に置き換えて話しているから、アドバイスが受け入れられないと、それはそれで否定されたような気になってしまう……。

水島 そう。たとえば、「ここからいちばん近い駅は××です」と教えてあげたとして、相手がその隣の駅まで歩いて行ったとしても腹は立ちませんよね。何か用事があったのかな、道に迷っちゃったのかな、とすんなり受けとめられる。そうした客観的情報のやりとりなら互いにストレスが発生しにくいのですが、「もっとこうしたほうがいい」というアドバイスは過去の経験から蓄積したデータベースが基になっている。それはとても主観的なものだから、相手に聞き入れられないと「せっかくアドバイスをしてあげたのに!」とフラストレーションを溜めてしまう。「そんな男とは別れたほうがいいって言ったのに、まだつきあってる!」とかね(笑)。

――あるあるですね(笑)。

水島 だから、意見が相手に採用されなかった場合、自分がイラっとしてしまうかどうかは見極めるポイントのひとつです。果たして自分は客観的な情報を渡すことができたのか、それとも相手の現状を否定してアドバイスしてしまったのか。自分の評価を押しつけて、相手の現状を決めつけてしまうのは、結果的に自分が疲れるだけ。だからこそ、思考を“脇におく”ことが必要なんです。

――『やっぱり、それでいい。』にも書かれていた、雑念をとりのぞく作業ですね。よけいな思考はなくして、相手の現在に集中するという。

水島 「私だったら……」とか、相手の話に反応して自分のことを思い浮かべてしまったら、そのまま脇におくんです。「考えちゃだめ」みたいに打ち消すのも、しない。そこから「ああ、また自分のことを考えてしまった」というように、思考が連鎖していきますからね。

――なんだかとても難しい作業のような気がするんですが……。

水島 不得手な性質の方もいるでしょうから、絶対とは言い切れませんが、15年近く続けているワークショップで見ている限り、訓練すれば誰にでもできるようになりますよ。映像的にぽいって投げるイメージをする人もいれば、「データベースから出る」ってスイッチを入れるだけで済む人もいて、やり方は人それぞれですけれど。日常で誰かと話すとき意識的に練習すれば、それほど時間もかかりません。とはいえ、私たちは修行僧じゃありませんから、いつなんどきも相手の話に100%集中しなきゃいけないってこともありません。話を聞いておもしろいと感じたなら、その感情に支配されたままでも別にいいんです。ただ、その場合はつまらないと感じたとたんに相手の話から気がそれますから(笑)、そんなふうにネガティブな反応が起きたときの対処法として覚えておくとラクになるということです。

堂々巡りの愚痴を聞かされたら? 攻撃されたときはどうしたらいい?

――堂々巡りの愚痴や悩み相談を何度もされてイラっとする、という場合はどうしたら……?

水島 これはね、私が精神科医になってわりとすぐ気づいたことなんですけど、「この話いつまで続くんだろう」って考えながら聞いていると、絶対に話が長くなるんです。

――え!?

水島 そう考えてしまう時点で、相手の話に100%集中していないということ。すると、適当な相槌を打ったりアドバイスをしたりしてしまうので、相手が聞いてもらえていないことを察知して不安になるんです。で、わかってもらえないのは、真剣に聞いてもらえないのは、自分の説明が不十分なせいじゃないかと思って、ますますしゃべってしまう。できるだけ短時間で済ませたいなら、腹をくくって聞くことに専念したほうがいいと思います。

――話している最中に、意見を求められたときはどうすればいいんでしょう?

水島 先ほども申し上げましたように、ほとんどの人はアドバイスなんて求めていないんです。恋愛相談で、アドバイスが採用されたことなんてほとんどないでしょう?(笑)「どう思う?」と聞くときはたいてい、「私の話はつまらなかっただろうか」などと不安に感じているとき。ですから、あたたかく穏やかに聴いていてあげれば、そもそも意見を求められることはあまりないと思います。

――なるほど……。

水島 私のように医師として治療をする立場なら、もちろん意見を述べることは必要ですが、「どうしたらいいと思うか」と聞かれるまでは雑念を脇において集中していますし、答えるときも自分のデータベースではなく、専門知識をもとに考えます。専門家でない人がそれをするのは難しいでしょうから、相手が満足するまでただ聴いてあげるというのがいちばんだと思います。

――「どう思う?」と聞かれたら、「どうしたい?」と返して話をうながしてあげるほうがいいんでしょうか。

水島 それもひとつの手だと思います。大事なのは、相手の話を決して逆流させないこと。話の流れにそのまま乗ってあげるのが大事です。

――上司や親といった逆らえない立場の人から、攻撃的なことを言われたときはどうしたらいいでしょう。「そういうところがだめだ」とか「何を考えているんだ」とか。相手の話に集中するほど、苦しくなってしまいそうです。

水島 「相手が怒っている=相手が困って、助けを求めている」と切り替えるスイッチを頭のなかに入れておくとラクですよ。そうすると、怒りが激しければ激しいほど「うわあ、この人相当困ってるんだな」と思えて傷つかずに済みますし、怒らせておいたら何もしなくても相手の気が済む、ということもあります。相手の怒りは、相手の悲鳴。我が事としてとらえないのがいちばんです。たとえ原因が自分だとしても、感情は相手の問題なので「まあお気の毒に」って受け流せばいいんです。

――我が事のように考えるのが寄り添っていることのように感じてしまいがちですけど、そうすると相手の感情に巻き込まれてしまいますもんね。

水島 せっかく頼ってくれたのだから助けになることを言ってあげなきゃ、とか、相手のために自分の悪いところを直さなきゃ、とか、そんなふうに考えた瞬間、実は相手から気が散っているんです。いい人だと思われたい、という気持ちが先行して、けっきょく相手の話に100%向きあえてはいない。雑念を脇におき、我が事として考えないというのが、けっきょくのところいちばん相手に誠実な姿勢なんだと思います。

――「ぐちぐち言うほうが悪いのに、どうして私が相手にあわせて態度を変えなきゃいけないんだ」みたいに理不尽を感じる人もいると思うんですが。

水島 相手のため、と思わないことです(笑)。自分がいやな時間を過ごさないために気持ちのありようを変えようとしているだけで、相手に温情を与えようというわけではありません。たとえば……そうですね。以前、地方講演の仕事が入ったとき、先方のミスで予定していた飛行機に乗れず、東京での仕事をキャンセルせざるをえなくなったことがあるんです。頭にきましたし、ずっとイライラしていたんですけど、ふと気づいたんです。イライラしていたところで飛行機には乗れるわけではないし、スケジュールが元通りになるわけでもない。だったら、せっかくいつもよりいいホテルをとってもらえたんだし、満喫していい時間を過ごそう、って。そうしたらすごくラクになりましたし、これが本当の意味での忍耐なんだなとも気づけました。

――忍耐、ですか?

水島 自分を苦しめて耐える忍耐は、ただつらいだけでしょう。そうではなく、ネガティブな感情をあえて手放し、より質の高い時間を過ごすんです。ミスした相手は、そのことを教えてくれた先生だと思うことにしました。上司にも報告しないだろうしお詫びもないだろうなと思っていたら案の定でしたけど、済んでしまったことはしょうがないとわりきったら、気にならなくなりましたね(笑)。

――正義感から怒り続けてしまう人も、いるように思います。注意しないと、相手のためにならない!と。

水島 上司に言いつけてやろうと(笑)。その気持ちもわからないでもないですが……正義というのは人によってかなり違いますから。「親を大事にするべき」という価値観ひとつとっても、円満な家庭に育った人と虐待を受けて育った人とでは意味が変わってくる。何についてどう感じるかというのは本人にしかわからないこと――それを私は「領域」と呼びますが、人それぞれ正解の違うものを競いあってもエネルギーの無駄。だったら自分にとってストレスのかからない解釈を採用し、受け流すのがいいと思います。「自分には理解しきれないけど、親を大事にしたいと思えないほど大変な環境だったんだな」とか。

大人の人間関係に重要なふたつのコツ

――相手の話を逆流させないのが大事、というように、「否定しない」というのはコミュニケーションの上では何より大事なんですね。

水島 否定するというのは、他人の領域にずかずかと踏み込んで、自分の基準を押しつけて相手をジャッジするということ。反対に、自分の領域をやすやすと明け渡してしまって、傷つけられやすいという人もいます。領域の線引きをはっきりさせておくというのは、大人の人間関係においてはとても重要なことなんですけど、たいていの人はそれがとても下手。

――領域を明け渡すことが親密の証のように感じてしまっている部分もありそうですよね。

水島 相手を思いやれという道徳教育によって、線引きが破壊されているのだと思います。思いやりを、相手の領域に勝手に忍び込んで忖度することだと勘違いしている人が、とても多い。本当は、相手には相手の感じ方があるということを自覚しましょう、ということなのに。

――「よかれと思って」というだいぶ暴力性のある忖度もありますしね。

水島 「自分だったら嬉しい」という善意の積極性があるぶん、たちが悪いですよね。だから、相手が何を言っても「あなたはそうなのね」という感覚で受けとめられるようになると、傷つけることも傷つけられることも少なくなると思うのですが……難しいのが、陰口を共有されたとき。同調しても否定しても、立場が悪くなってしまう。そういうときは「陰口を言いたくなるくらいにこの人は不愉快な思いをしたんだな」ということだけ理解して、陰口を言われている人については決して言及しない。つらかったね、大変だったね、と、あくまで自分に理解できる相手の感情にのみ、共感してあげるのがいいと思います。

――マウンティングされたりしたときも「この人はマウントをとりたくなるくらい、苦しい何かがあるんだな」って思っておけばいいんでしょうか。

水島 そうですね。ただこれまでは、『女子の人間関係』(サンクチュアリ出版)にも書いたように、マウンティングというのは女性の上位に立とうとする心理から起こるものとしていたんですが、されたと思う側の問題でもあるかもしれない、と考えるようになって。というのも、私には子どもが2人いて、プロフィールにも書いていますしTwitterでつぶやくこともあるんですけれど、それに対してマウンティングされたと感じる人がいるらしい、と知ったんですね。

女子の人間関係
『女子の人間関係』(サンクチュアリ出版)

――「子どもが2人いることを自慢している!」と?

水島 でも決して、私にそんな意図はなくて、情報としての記載と日常のつぶやきでしかないわけです。でもそうは受けとらない人もいる、と知ったとき、相手の状況に自分を重ねてみずから反応してしまっているケースもあるのかもしれないな、と。

――領域にずかずか踏み込む人もいれば、領域を開示しすぎて傷つきやすくなっている人もいるように。

水島 去年刊行した『「つい感情的になってしまう」あなたへ』(河出書房新社)という本にも書いたんですが、いやな経験をしたときに、みずから思考で反復し続けることによって、いつまでもネガティブな状態から抜け出せなくなる、ということがあります。誰かに足を踏んづけられてイラっとした、で終わらずに、「足を踏むなんてひどい」「なんて失礼な人だろう」と考え続けるというように。

「つい感情的になってしまう」あなたへ
『「つい感情的になってしまう」あなたへ』(河出書房新社)

 それと同じように、誰かの発言にちょっといやな思いがしたとしても、「あんなこと言うなんて」とイライラし続けるのではなく、「あの人はそうなんだな」とシンプルに考える。あるいは友達なら「私、そういう話を聞くと落ち込んじゃうんだよね」と伝えて、話題にしないようにする。それが、互いの領域を侵さないということ。雑念は脇において、領域には線引きをしっかり引く。それが人間関係で疲れないためのコツだと思います。


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  • 適当に相槌だけ打っている…��������。放っておいても人間なんざ最後には自分で結論出すんだから。自分も有力な情報以外は聞き流しているからなあ…。
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