「学歴不問」の実態は? 日本社会の根深い“学歴差別”や“学歴コンプ”はこの先変わるのか?

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2021年06月14日 21:21  All About

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写真学歴がビジネスパーソンの中途採用やキャリア形成においてどのような意味を持つのか、人材コンサルタントの小松俊明が解説する。
学歴がビジネスパーソンの中途採用やキャリア形成においてどのような意味を持つのか、人材コンサルタントの小松俊明が解説する。
中途採用の現場で、学歴がどの程度参考にされているのか、あなたは気になるだろうか。この質問に対して、人によって答えは割れることが予想できる。その意見の違いは、本人が高学歴か、そうではないかによって生まれるのではなく、どのような価値基準で人物評価をしているか、それによって意見が割れるのではないだろうか。

たとえば、高学歴の象徴として東京大学の卒業生を思い浮かべた時、あなたは職場にいる同僚や部下、もしくは上司に対して、東大出身だから優秀であるという評価を下すだろうか。優秀な人物と出会った時、あとからあの人は東大出身らしいよと聞かされて、勉強で優秀だと仕事でも活躍するんだと納得する場合もあるのかもしれない。

一方、職場の同僚の出身大学など気にかけないという人も多いに違いない。実際、難関大学の出身者が仕事もできるとは限らない。そもそも大卒が、高卒や高専卒よりも仕事ができると思うことも、全くの偏見である。進学先の選択には成績の良さ以外にも、その時の家庭環境や本人の健康状態などが影響することも多く、難易度の高い大学に進学した学生は、裕福な家庭出身が多いという統計もある。

学生時代の専門性を会社はどの程度評価するのか

若いころから関心を持った機械工学を高専で早くから専門的に学んだ人、数字を扱うことが得意な自分の特徴を活かして商業高校で経理を専門的に勉強した人は、社会に出た時点で即戦力である可能性が高く、高校や高専で学んだ分野の仕事に就ける可能性も高い。

一方、大企業への「就社」を希望する傾向の強い日本の新卒学生の場合、大学で学習した専門分野を活かした「就職」を実現する学生は一部である。理系であっても、自分が研究室で学んだ専門教育とは無縁な就職先を選ぶ学生は少なからずいる。

欧米やアジアの大学生と比べて、日本の学生の大学院進学率が低いのは、専門教育を受けても、それが入社後に評価されないことが多いとの認識があるからではないだろうか。他に類を見ない新卒の就職に関する日本の慣行(4月に新入社員が一斉に入社するというような)を支えているのは、企業による学歴至上主義であるという意見もある。

大企業の多くは、結果的に有名大学出身学生の青田買いを繰り返し、大量採用をしている。ただそれは、学生時代の専門性を評価しているというよりは、「主体性を発揮して、良い学生時代を過ごしたか」「コミュニケーション能力が高いか」「自ら問題を解決できる論理的理解力があるか」など、人間性やバランス感覚、組織の中で働ける対人関係に優れた人物であるかを優先的に評価している。

社会人経験がほとんどない新卒の採用においては、地頭の良さと学歴との間に一定の相関関係があると考え、結果的に学歴を担保にした採用に落ち着いているのかもしれない。

中途採用では、学歴より即戦力であることが評価されるワケ

では、経験と実績を積んだ社会人の評価において、学歴はどのような意味を持つのだろうか。新卒と異なるのは、既に社会人経験があることであり、経験と実績、スキルなどをアピールすることができることだ。もちろん、中途採用でも人間性やバランス感覚、対人関係など、組織との適合性や相性はチェックされるだろうが、その中に学歴はどの程度考慮されるのか。

私見であるが、私は学歴とは血液型で人の性格を言い当てるようなものだという意見である。高学歴を誇る人には申し訳ないが、学歴とは、マラソンに例えていえば「スタートから5キロ程度の通過点」である。

もちろん、スタートした時点で優秀な結果を出したことにも意味があるが、それがその後の長い社会人生活において、どれほどの意味があるかといえば、マラソンでゴールした時、最初の5キロ地点での順位を気にする人があまりいないことと同じではないだろうか。

もちろん、スタートから5キロ地点でトップだった人が、そのままゴールテープをトップで切る場合もあるはずだ。学歴という言葉が、20歳前後で終了したものととらえるから、その意味は人生の時間が経過するとともに薄れていく。

一方、生涯学び続けるのが社会人生活の醍醐味であるととらえれば、学んだ履歴としての学歴は、大学や大学院卒の学位のことを指すのではなく、自分が学び続けたテーマ、その一つ一つが学歴である。

中途採用では、社会人として目先の仕事で成果を出せるように、日々学び続ける人を評価するものだ。人が経験と実績をアピールした際に、そこには毎日の取り組みの歴史が透けて見えてくるものだ。趣味で学ぶことも、自らの人生にとっては貴重な糧となるが、仕事に直接活かせることを学んだ場合、それは全て会社への貢献につながる可能性がある。

10年前、20年前に学校を卒業した「通過点としての学歴」にはほとんど何の意味も残っていなくても、その後も長い期間、仕事のために「主体的に学び続けてきた学歴」は、中途採用では大きく評価される。

社会に残る学歴差別は今後どうなるのか

そうはいうものの、学歴に対するコンプレックスを持つ人がいないわけではない。もっと勉強すればよかったという後悔は誰にでもある。本当は違う国立大学に行きたかった、MARCHではなく早慶に行きたかったというように、一見高学歴に見える人の間でも、学歴に満足しない人はいる。

特に、新卒の就職の際に学歴が足を引っ張って、人気の大企業には就職できなかったと考える人がいるかもしれない。有名大学出身者を取る傾向のある大企業への就職では、出身大学が不利に働いたケースはあるのだろう。しかし、それがその後の社会人生活でもずっと続くのかといえば、社会人として取り組んだ勉強次第では、常に昔の学歴が不利に働くというわけでもないのではないだろうか。

そうはいっても、日本はほかの国々と比べると、学歴差別が比較的多いのかもしれない。社会の同調圧力が強く、長時間労働の慣習が残り、昇給・昇進などの待遇も横並びで大差がない職場環境があるため、学歴で人より優越感を感じたり、逆に劣等感を持つ人が生まれやすい風土があるのかもしれない。

国籍や性別、年齢で採用差別をしてはいけないことは法律にも明記されているが、学歴で採用差別することに特に規定はない。企業の応募条件に、大卒以上であることと書かれているケースは多い。大学院卒でないと採用に至らない職種も、少なからずある。

では、社会に残る学歴差別は今後どうなるのだろうか。その際に、今後注目すべき二つのキーワードをここで紹介しておきたい。一つ目は「教育のグローバル化」、そしてもう一つは、「社会人の生涯学習」である。

世界全体で進む「教育のグローバル化」とは

「教育のグローバル化」には、複数の意味がある。一つは、教育を受ける場所や方法の選択肢が広がっていることである。海外の大学や大学院は、英語で授業を受けることができる教育機関が急激に増えている。つまり、その国の母国語がポーランド語やドイツ語、ノルウェー語だったとしても、教育機関では、いろいろな専門分野に英語で提供される学部の専門プログラムが用意されている。

そして、その多くがオンラインで受けられるものが増えてきた。コロナ禍の影響もあり、オンライン授業が世界中に広がったことを受け、その国に行かなくても、オンラインで授業を受けて卒業までいけるようなプログラムがたくさんある。その学費は、外国人学生でも無料の国もあれば、無料ではなくても日本と比較すれば安く、中には日本の国立大学の学費の半額以下で修士や学士がとれるものもある。

日本人にとって英語で授業を受けることはハードルが高いが、アジアや欧州など、英語が母国語でない国では、海外の大学・大学院のオンラインプログラムを受講する人が急増していることから、「教育のグローバル化」は世界全体を巻き込んだ大きな潮流であることは間違いない。

「教育のグローバル化」のもう一つの意味するところは、教育のグローバル化が遅い日本でさえも、事業のグローバル化が進む企業の現場では、海外大学や大学院で学んだ日本人学生や社会人への評価が高まっていることである。

実際に、新卒採用には、海外大学の卒業時期に合わせて、新卒の10月入社を始めた会社も少なくない。新卒採用者に占める海外大学卒業者の割合も増加している。これは中途採用の世界でも全く同じである。社会のグローバル化が進む中で、教育のグローバル化が進むことは世界の既定路線であり、日本ではその歩調が他国よりは遅いとはいえ、確実にその方向にベクトルは向いている。

働きながら学べて何度も学びなおせる、社会人の生涯学習に注目!

長時間労働が常態化していれば、働きながら学ぶことなど思いもしないだろう。心身ともに疲れ切っている以上、まずは体を休ませることを優先すべきである。しかし、労働時間の問題は、会社や個人によって事情が大きく異なる。コロナ禍の世の中になり、多くの人の間で在宅勤務が増えたこともあって、自身の働き方、時間の使い方を見直したという人もいることだろう。

欧米諸国やアジアなどを中心に、大学や大学院での学び直しや各種資格取得など、いわゆる「社会人の生涯学習」に注目が集まっている。興味のあることを学ぶために若い時は大学を選んだ人も多かったはずだが、社会人が働きながら学ぶことの多くは、職業体験を通して今、必要と思う学びを選択することが多いはずだ。

忙しい毎日の中でうまくやりくりをして学ぶし、授業料は原則自己負担であるゆえ、勉強との向き合い方も真剣そのものに違いない。

本質的に学歴の問題は過去のものであり、本来は、常に学び続けていることが評価の対象になるのだ。高卒であるため最終学歴を大卒にしたいと思えば、社会人として働きながら大学の勉強を続けることもできる。

もし、教育のグローバル化に目を向けて、選択肢を海外の大学や大学院に広げることができる場合、その選択肢は一気に何十倍にも膨れ上がる。もし英語は苦手という場合でも、国内にもすでにかなりの選択肢はある。

国内の選択肢の場合はオンライン講座だとしてもコストがまだ高いが、競争が広がっていく中で、いずれもっと安くなっていくことが期待されているし、いろいろ調べれば行政からの補助が付くケースもある。

社会に学歴差別はある。学歴へのコンプレックスは根深いかもしれない。企業や個人も、人によって学歴との向き合い方は千差万別であり、学歴を考慮して人物評価、業績評価をする人がいないわけではない。

しかし、グローバル化を筆頭に、社会は全く新しいステージへ変化のスピードを速めている。今後の社会の変化を先読みし、いろいろ先取りしていけないか、検討を始めてみてもいいだろう。

人生100年の時代である。英語学習を含め、何事も気づいたとき、まさに今から始めても遅くはないのではないだろうか。
(文:小松 俊明(転職のノウハウ・外資転職ガイド))

このニュースに関するつぶやき

  • 新卒なら採用の手間を省くために学歴の必要度はある程度生き延びるが、中途採用では下手するとかえって足かせになる。
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  • 学生である期間よりも社会人になってからの期間の方が長いのだから、その中で自分で何を見つけられるか?という話でしかないと思う。気づきの多い人ほど伸びしろがあるんだろうね。
    • イイネ!27
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