『スピリッツ』編集長が語る、“アンケート至上主義”ではない理由 「編集者がおもしろいと思ったものが人々の心を打てる」

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2021年06月18日 12:11  リアルサウンド

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『週刊ビッグコミックスピリッツ』創刊号

 1980年の創刊以来、「青年漫画」のジャンルを牽引してきた雑誌『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)。『めぞん一刻』、『軽井沢シンドローム』、『東京ラブストーリー』、『YAWARA!』、『美味しんぼ』、『伝染るんです。』、『クマのプー太郎』、『サルでも描けるまんが教室』、『ギャラリーフェイク』、『月下の棋士』、『ピンポン』、『最終兵器彼女』、『闇金ウシジマくん』、『高校アフロ田中』、『アイアムアヒーロー』、『あさひなぐ』……と、いちいち挙げていてはキリがないのでこの辺でやめるが、これまで、ご覧のとおりの、漫画史に燦然(さんぜん)と輝く革新的な作品の数々が同誌から生み出されてきた。そしてその「新しい漫画を作りたい」という編集部の精神(スピリッツ)は、いまも変わらないし、これから先も変わることはないだろう。


 そこで今回のインタビューでは、昨年、創刊40周年を迎えた同誌の石田貴信編集長に、他の漫画誌との違いや、「おもしろい」と思うエンターテインメントの形、また、編集長としてこれから目指す雑誌のあり方などについて、熱く語っていただいた。(島田一志)


心のエネルギーの源となるような作品を


――まずは昨年の創刊40周年、おめでとうございます。


石田:ありがとうございます。読者や作家の皆様をはじめ、これまで関わってくださった多くの皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。


――石田さんが『ビッグコミックスピリッツ』(以下『スピリッツ』)の編集長に就任されたのはいつですか?


石田:昨年(2020年)の10月です。いまはコロナ禍でいろいろとたいへんな時期ではありますけど、こんな時だからこそやれることもあると思いますので、「先」を見据えてがんばっているところです。


――もともと石田さんは『スピリッツ』ではなく、長いあいだ『ビッグコミックスペリオール』の編集部に在籍されていたそうですね。その頃の、つまり、現場の編集者だった時代の代表作を教えてください。


石田:思い出深い作品はたくさんありますが、『医龍―Team Medical Dragon―』(乃木坂太郎・永井明)、『幽麗塔』(乃木坂太郎)、『響―小説家になる方法―』(柳本光晴)といったあたりが、みなさんがよくご存じの作品かもしれません。


 いまは連載を直接担当することはありませんが、編集長としてこれまで通り、読者の皆様に心のエネルギーの源となるような作品を届けられるよう、一生懸命であろうと思います。


関連:【画像】『医龍―Team Medical Dragon―』表紙


■新しい息吹、新しい精神(スピリッツ)を


――さて、ここから本題に入ろうと思いますが、『スピリッツ』の創刊は1980年の10月ですね。創刊時は月刊誌でしたが、そののち隔週刊の時代を経て、1986年には週刊化されました。創刊当時の石田編集長は中学生くらいの年齢だったかと思いますが、編集長になるにあたって、創刊のきっかけやいきさつみたいな話は聞いていますか?


石田:昨年刊行された漫画家本SPECIAL『スピリッツ本』という本の中で、創刊編集長の白井勝也が当時の様子を詳しく語っています。興味のある方はそちらも併せてお読みいただきたいと思いますが、簡単にお答えすれば、当時、先行して出ていた青年誌である『ビッグコミック』(1968年創刊)の読者の年齢が徐々に上がってきていて――つまり、同誌の読者と『少年サンデー』の読者のあいだに、年齢的な空白ができつつあったようなんです。それで、そのあいだをつなぐ新雑誌を作ろうという意図があったようです。


 もちろん、それ以前に、白井としては単純に自分たちが読みたいと思える新しい雑誌を立ち上げたいという気持ちも強かったみたいで、その情熱と行動力は、同じ編集者として大変尊敬しています。


――同時期に、他社でも『ヤングジャンプ』(集英社)と『ヤングマガジン』(講談社)が創刊されていることを考えてみても(前者は1979年、後者は1980年創刊)、その頃に新しい世代の漫画読者が誕生していたともいえますね。ちなみに、『スピリッツ』の創刊号の表紙のアオリには、「ニューパワーを結集して第3のビッグここに誕生!!」とあります。


石田:少し補足しますと、「第3の」というのは、『ビッグコミック』と『ビッグコミックオリジナル』(1972年創刊)に続いて、という意味です。白井によると、『スピリッツ』という誌名には、『ビッグコミック』の名を借りるからには、そこにさらに「新しい息吹、新しい精神」を注ぎ込まねばならないという想いが込められていたようですね。それとある種の「反骨精神」も。


――『スピリッツ』が他の漫画誌と違う点を教えてください。


石田:アンケート至上主義ではないということでしょうか。小誌では、編集長や現場の編集者たちがおもしろいと思っている作品については、アンケートの順位が低いという理由だけで、途中で打ち切られることはありません。編集長が変われば雑誌のカラーは変わるものですが、これについては40年間一貫している編集方針かもしれませんね。


――「おもしろい」とは、具体的にはどういうことですか?


石田:何がどうおもしろいのかを言葉で説明するのは難しいことですし、「おもしろさは人それぞれ」としかいいようがありません。ですから、これはあくまでも私の個人的な意見です、というのを前提にお話ししますが、個人的に一(いち)編集者としてずっと意識してきたのが、「アンチであれ」というテーマです。アンチとは、世の中に対する疑問や不満、反抗心のようなものですね。それを病院を舞台にして描けば『医龍』になりますし、同調圧力やSNS社会に目を向ければ『響』になるわけです。


 それと人間ドラマを追求することも大事だと思っています。そのためには、人間というものの探求が編集者にとっても必要で、時代によって変わらないもの、現代(いま)だからこそのもの、どちらの視点も大切だと思います。


 個人的に好きなストーリー形式のひとつは「仲間が集まっていく物語」です。たとえば、黒澤明監督の『七人の侍』も、映画の序盤でアウトローめいた侍たちがひとりずつ集まっていく過程がおもしろいわけですし、スポーツ漫画の名作の数々も、主人公を中心にチームが作られていくまでのエピソードを最初の山場に持ってきている場合が多いでしょう。


 それとだいぶ話が逸れますが、「日曜劇場」の枠で放送されているドラマはおもしろいですね。負けたくないという気持ちになります。


――ドラマといえば、『スピリッツ』の作品は、昔から映像化されることが多いですよね。アニメ化される作品ももちろんありますが、どちらかといえば、実写のドラマ化や映画化の印象が強いです。一世を風靡した『東京ラブストーリー』をはじめ、『美味しんぼ』、『あすなろ白書』、『ピンポン』、『20世紀少年』、『闇金ウシジマくん』などなど……。近年でも、『あさひなぐ』や『健康で文化的な最低限度の生活』、『映像研には手を出すな!』、『ホムンクルス』などが話題になっています。


石田:それはおそらく、そうした小誌で連載された(されている)作品の多くが、「時代の空気」をうまく捉えてきたからだと思います。映画やテレビドラマというものには、モロにそれが反映されますから。私としては、これから先も漫画作品と映像作品の作り手が、お互い良い形で刺激し合って、エンターテインメントの世界を盛り上げていければいいと思っています。


■2021年の漫画界が注目している作品のひとつ、『チ。』


――現在連載中の話題作2作について、お訊きしたいと思います。まずは浅野いにお先生の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』から。同作は今年、第66回小学館漫画賞の一般向け部門を受賞したことで、ますます注目が集まっています。巨大なUFOが上空に浮かんだ東京で暮らす、ふたりの少女の日常生活を描いたSF作品ですが、その不安感が漂う世界観は、もともとは3.11とその後の原発事故を暗喩させていたはずですよね。でも、コロナ禍の現在は、別の読み方もできるという。


石田:そうした浅野先生の「時代の空気」を見事に取り入れているところも評価されたのではないかと思います。


 その一方で、おそらく浅野先生としては、3.11や新型コロナウイルスよりも、「未曾有の事態を前にしても、人々の日常生活は続く」ということを描きたかったはずですから、同時代性うんぬんは抜きにして、いつの時代でも読める普遍的な作品だともいえますね。物語はいま佳境に入っていますので、この先どういうエンディングを迎えるのか、あるいはまだ予想もできない先があるのか、一(いち)読者としても注目しています。


――そしてもう1作、魚豊先生の『チ。―地球の運動について―』も漫画ファンのあいだでかなり話題になっています。少し前に発表された「マンガ大賞2021」でも堂々の2位に選ばれていますし、おそらく年末に発表される各種ランキングでも上位にランクインすることでしょう。リアルサウンドブックでも、以前、魚豊先生にインタビューさせていただきました(『チ。』作者・魚豊が語る、“主観的な熱中”の尊さと危うさ 「気持ちに逆らえない人たちの姿を描きたい」)。


 同作は、異端思想が弾圧されていた中世ヨーロッパを舞台に、「地動説」に魅入られた人々の命がけの研究を描いた骨太(ほねぶと)なストーリーですが、ここまで高く評価されているのはなぜだと思いますか?


石田:魚豊先生については、実は前作の『ひゃくえむ。』の頃から注目していました。タイトル通り100m走のランナーたちの物語ですが、なんておもしろい漫画なんだろうと。『ひゃくえむ。』も『チ。』も、描かれているのは特殊な世界に生きる、どちらかといえばマイノリティの人々の話ではありますが、エンターテインメントの基礎がしっかりしているから、読んでいて主人公たちに共感できるんですよね。そして、「共感」だけでなく、「次が読めない」という二転三転する展開がまたすごい。


 『チ。』をすでに読まれた方は、1巻の最後に主人公が選ぶ決断を見て、度肝を抜かれたことでしょう。多数派の意見に流されずに、自分の信念に従い、命を賭すことのできる主人公。その姿に、不安に満ちたいまを生きる人々が共感してくれたんじゃないでしょうか。知と暴力という、現代では一見交わらないもの同士が、密接につながっていた時代があった。そんな時代の人間の生き様をあえて描こうとする作家の野心も素晴らしいと思います。いずれにしても、こういう良質な作品が広く読まれているということは、心強い限りです。


――漫画の世界はいま、さまざまな面で変わり目の時代にきていますよね。具体的にいえば、創作(表現)の面でも媒体(流通)の面でもデジタルの台頭が著しい時代になっています。


石田:たしかに時代の変わり目はきていると思います。この先、デジタル技術の進化にともない、漫画の見せ方や作品が消費されるスピードは大きく変わっていくだろうとも思います。ただそれでも、時代を捉え、価値観が揺さぶられるようなテーマやキャラクター、そして人間ドラマ、そういう「おもしろい漫画の条件」自体は変わらないはずだと考えています。


――それでは最後に、石田編集長がこれから先の『スピリッツ』をどういう雑誌にしたいと考えているか、お話しいただけますか。


石田:まずは何よりも、『スピリッツ』という雑誌を、読者にとっても作家にとっても魅力的な「場」にしたいと考えています。そのためにも、私がいま編集部員たちによくいっているのが、「大ヒットを狙ってください」ということなんです。ちなみに「大ヒットを狙う」ということと、「アンケート至上主義ではない」ということは矛盾しません。そもそも「最初の読者」である編集者がおもしろいと思ったものでないと、多くの人々の心を打てるはずはありませんからね。


 斜に構えて、「わかるやつだけがわかればいい」とかいってても仕方ないじゃないですか。多くの読者に自分が描いた物語やキャラクターの生き方を伝えたいと思っていない漫画家などいないわけですし、だとしたら、そのために最大の努力をするのが我々編集者なんだと思います。いずれにしても、『スピリッツ』という「場」を通して、多くの読者の価値観をゆさぶって、社会を変える力さえ持つような漫画を次々と生み出していけたらと考えています。


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