「家庭が新たなチャレンジのエンジンになった」 アパレル企業で出会った夫婦の選択

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2021年06月18日 17:00  AERA dot.

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写真【妻】漆崎愛[26]フリーランスPR:うるしさき・あい◆1995年、大阪府生まれ。同志社大学卒業。アパレル企業「カイタックインターナショナル」を経て、「ゲストリスト」でプレスを担当。2021年にフリーランスに転身。複数のブランドのSNSを更新している。ブランドのインスタライブではモデル役をすることもある/【夫】漆崎祥一[28]トキワコンサルティング 資金調達サポート:うるしさき・しょういち◆1992年、福井市生まれ。法政大学卒業。アパレル企業「カイタックインターナショナル」での営業職を経て、現職で創業資金の調達をサポートする
【妻】漆崎愛[26]フリーランスPR:うるしさき・あい◆1995年、大阪府生まれ。同志社大学卒業。アパレル企業「カイタックインターナショナル」を経て、「ゲストリスト」でプレスを担当。2021年にフリーランスに転身。複数のブランドのSNSを更新している。ブランドのインスタライブではモデル役をすることもある/【夫】漆崎祥一[28]トキワコンサルティング 資金調達サポート:うるしさき・しょういち◆1992年、福井市生まれ。法政大学卒業。アパレル企業「カイタックインターナショナル」での営業職を経て、現職で創業資金の調達をサポートする
 AERAの連載「はたらく夫婦カンケイ」では、ある共働き夫婦の出会いから結婚までの道のり、結婚後の家計や家事分担など、それぞれの視点から見た夫婦の関係を紹介します。2021年6月21日号では、フリーランスPRとしてブランドのSNS更新などを行う漆崎愛さん、コンサルティング会社で資金調達サポートを担当する祥一さん夫婦について取り上げました。

*  *  *
夫25歳、妻23歳で結婚。長女(2)と3人暮らし。

【出会いは?】新卒で入ったアパレル企業で、夫が妻の1年上の先輩。

【結婚までの道のりは?】新卒で入社した会社で、夫が直属の先輩、妻が後輩だった。妻の入社から数カ月して付き合いだしたところ、妊娠がわかった。1年間の交際を経て結婚した。

【家事や家計の分担は?】フリーランスの妻が、家事の大部分をこなす。夫は洗い物を積極的にするようにしている。家賃や保育園料、食費は夫の口座から引き落とし。妻は必要に応じて夫の口座に振り込む。


漆崎愛[26]
フリーランスPR

うるしさき・あい◆1995年、大阪府生まれ。同志社大学卒業。アパレル企業「カイタックインターナショナル」を経て、「ゲストリスト」でプレスを担当。2021年にフリーランスに転身。複数のブランドのSNSを更新している。ブランドのインスタライブではモデル役をすることもある

 入社1年後に、1年先輩の夫と23歳で結婚、出産しました。学生の頃から、ファッションブランドのプレス(広報)にあこがれていて、ブランドの顔として、SNSでPRするのが魅力的だと思いました。そんな仕事がしたくて入ったけど、最初は営業だったので、任せてもらえたPR業務は限られていました。

 出産のタイミングで休職していたとき、別の会社のプレスルームで働かないかと声がかかりました。ドラマや雑誌のスタイリストが使いたくなる服をプレスルームにそろえる、思い描いた仕事でした。

 ただ、産後3カ月から働くのは大変。社内で搾乳して、冷蔵庫に入れていました。午後7時頃に保育園にお迎えに行くと、子どもがぽつんと待っていました。子どもとの時間をつくりたい、自分一人でどこまでできるのかやってみたいと、25歳で辞めました。今ではフリーランスとして、ブランドのSNSを更新して、インスタライブでモデル出演しています。家庭があるから、チャレンジできました。


漆崎祥一[28]
トキワコンサルティング
資金調達サポート

うるしさき・しょういち◆1992年、福井市生まれ。法政大学卒業。アパレル企業「カイタックインターナショナル」での営業職を経て、現職で創業資金の調達をサポートする

 社会人になってから、先のことを考えずに生活していました。平日は週3日くらい友達と飲みに行って、土日は夕方まで寝ていました。貯金もあまりするタイプではなかったです。ファッションが好きなので、当時勤めていたデニムメーカーでの仕事は充実していたのですが、疲れるとぐたっとして、仕事を後回しにしがちでした。いまほどの熱量はなかったですね。先を読む感覚がなかったんです。

 それが入社2年目で妻と出会い、付き合って数カ月後に妊娠がわかり、翌年に結婚しました。ある時、「小学校までにいくらかかるんだろう」と子育て費用を調べて、これからは将来を考えないといけないと思いました。

 それからは仕事で疲れても、「もうちょっと頑張ろう」と踏ん張りがきくようになりました。家族を支えようという思いが湧いてきました。アパレル業界は在庫を抱える課題があり先が見えませんでした。将来性を考えて、コンサルに転職を決めました。家庭が私のエンジンになりました。

(構成・井上有紀子)

※AERA 2021年6月21日号

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