なでしこ、東京五輪メンバー選考の裏にあった3人の物語。変化で目標を叶えた者と忘れてはいけない人物

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2021年06月19日 17:31  webスポルティーバ

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 なでしこジャパンにとって2大会ぶりのオリンピックへ挑戦する18名が発表された。このコロナ禍で、国際親善試合では強豪国と対戦することが叶わず、肝心の強度面での対応力は"見込み"の状態での決断となった。 




 なでしこジャパンに大きな転機が訪れたのは昨年の秋のこと。コロナ禍で活動が制限される中、ようやく叶った7カ月ぶりの代表活動で潮目が変わった。昨シーズン好調だった浦和レッズレディースとセレッソ大阪堺レディースから多くの若い選手が選出され、貪欲さと吸収力で新しい波を起こした。

 そして今回、北村菜々美(C大阪L→日テレ・東京ヴェルディベレーザ)、塩越柚歩(三菱重工浦和レッズレディース)、宝田沙織(C大阪L→ワシントン・スピリット)の3名がオリンピック出場の権利を掴んだ。

 その中でも注目は宝田だ。2018年にU-20 女子ワールドカップ優勝メンバーだった宝田は2019年のFIFA女子ワールドカップではFWとしてぶっつけ本番でサプライズ招集される。スーパーサブとして起用されたが、その勢いのまま活躍できるほど世界は甘くなかった。

「点を獲ることが途中から出る自分の仕事なのに......」と悔し涙を流した。

 そこから2年、21歳となった宝田はセンターバック(CB)としてなでしこジャパンに戻ってきた。粗削りとはいえ、FWとしての攻撃センスを兼ね備えた宝田は、まさに高倉麻子監督が目指す最終ラインからのビルドアップには最適だ。正確なキックも強みのひとつ。

 今シーズン、宝田はアメリカのチームへ移籍した。世はコロナ禍であるにも関わらず、なでしこ入りを確実なものにするために迷いはなかった。そして、思いがけない行動に出る。攻撃要員としてワシントン・スピリット入りしたものの、彼女は「後ろ(CB)で経験を積ませてほしい」と監督に直談判したのだ。なでしこのポジションを見据えての行動であり、アメリカでも積極性は失わなかった。

 4月の代表2連戦(パラグアイ戦、パナマ戦)では磨いた守備力を格下相手に確認することはできなかったが、宝田のオリンピック行きを確実にしたのは、今月10日に行なわれたウクライナ戦だ。宝田はCB熊谷紗希(FCバイエルン・ミュンヘン)の相棒を務めた。隙を突かれて自陣深くまでえぐられた際の対応では、落ち着いて相手と対峙し、飛び込みすぎず、相手の呼吸を読みながら仕掛けるスイッチが入る直前に一歩間合いを詰めた。このワンプレーだけでも、アメリカで多くのことを吸収してきたことがわかる。さらにはゴール前へのロングフィードに、セットプレーからの豪快なゴールを決める得点力まで披露した。

 選考の最後に飛び込んだのが田中美南(INAC神戸レオネッサ)だ。4月の国際親善試合では絶好の決定機を外すなど好調とは言い難かった。ラストチャンスである6月の2連戦もウクライナ戦で中島依美(INAC神戸レオネッサ)が得たPKを決めた得点と、メキシコ戦では岩渕真奈(アーセナル)のアシストで得た1点とアピールは弱かった。この時点ではギリギリの当確ライン上にいたと思われる田中だったが、非公開で行なわれたメキシコとの2戦目で怒涛の4連続ゴールを決めて一気に当選ラインを超えた。

 実力者揃いで、お膳立てができてしまうベレーザで得点を重ねていた田中が昨シーズン、ライバルであるINAC神戸レオネッサへ移籍を決めたのは、自分で切り拓く力をつけるため。今シーズンドイツへ渡ったのは、ハイプレッシャーの中でも自分のプレーを出せるようにするため。そのすべては東京オリンピックを見据えてのことだった。

「東京オリンピックは目標であり、活躍したい一番の場所」と断言する。田中はオリンピックのピッチに立つために、できることはすべてトライし、何が何でもオリンピックへ行くんだという気迫が実を結んだ。

 そしてもう一人、忘れてはいけない人物がいる。高倉麻子監督は発表の会見で「ここに名前がない選手たちの努力があったから、この18名がいる」と表情を引き締めた。その言葉に最も当てはまるのが鮫島彩(大宮アルディージャVENTUS)だろう。いつもは個人の評価に対して慎重に言葉を選ぶ高倉監督だが、鮫島に関しての発言には熱情が混じっていた。

 勝利から見放された時、失点の連鎖にハマった時、課題が生まれるとミーティングで一つずつ解決していった。その中心にはいつも鮫島がいた。「無駄に経験があるだけに押しつけにならないよう、みんなの意見を出し合って答えを見つけたい」(鮫島)と何時間も映像を見返した。

 しかし今回、最終18名の中に鮫島の名はなかった。「なかなかのどを通らないゴハンを最後まで食べている姿や一人でケガの治療しているサメの後ろ姿を見てきた」と高倉監督は、ピッチを離れた際の鮫島の立ち振る舞いもすべて理解していた。その上での選択であり、苦渋の決断だったことを明かした。

 なでしこジャパンをもう一度世界と戦えるチームにする----そのために一切の労を惜しまなかった鮫島の存在に代わるものはいない。この"不在"を選ばれた選手たちは力に変えなければならない。暑さの中、足が止まりそうになった時、選手たちには彼女の声を思い出してほしい。

 鮫島だけでなく、多くの選手がこの18名で創る最終形のなでしこジャパンのために関わってきた。"誰かのためにプレーする"ことで強くなるのがなでしこジャパン。オリンピックでは、その神髄を見せてほしい。

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