『まとまらない言葉を生きる』『海辺の金魚』……書店員が選ぶ、“言葉について考える”新刊

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2021年06月20日 12:41  リアルサウンド

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書店員が新刊を携えて考える、言葉とは何か

 本稿は、渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で文芸書担当として働く山本亮が、書店員としての日々を送る中で心に残った作品や、手にとった一冊から思考を巡らせるエッセイ連載である。(編集部)


 前回のエッセイ(https://realsound.jp/book/2021/05/post-758081.html)で、書店員による書評について触れた。筆者も当連載などで書店員として文章を出すことがあり、掲載後も色々思うことがあった。例えばある小説を読んだ感想で、「感動した」と書く。読まれた方がそのまま受け取って共感してもらえれば良いが、一方で意図せず反感を買うこともあるかもしれない。自分から発した言葉の扱い方は、本当に難しい。そして言葉が相手の心の一線を越えることについて、ときどき店頭に飾る手書きPOPを書く筆が止まり、パソコンの前でうーんと腕組みをして考える。


 相手の言動へすぐに反応して気の効いた返答をする。あるいはばっさりと遠慮なく断定する。SNSなどが発達している現在、こういったコミュニケーションが得意な人が、「できる人」と思われている節がある。でも何か大切なものを、置いてきぼりにしてないだろうか。その疑問に応えてくれる本が、荒井祐樹『まとまらない言葉を生きる』(柏書房)だ。


関連:【画像】『まとまらない言葉を生きる』『海辺の金魚』


 著者は日本文学を大学などで教える傍ら、マイノリティの研究をしている。この本では〈短い言葉ではない説明しにくい言葉の力〉について、取材や普段親交のある障害者を中心に出会った人々の言動を通じて考えていく。


言葉には、疲れたときにそっと肩を貸してくれたり、息が苦しくなったときに背中をさすってくれたり、狭まった視野を広げたり、自分を責め続けてしまうことを休ませてくれたり……そんな役割があるように思う。


 表向きに現れた単語や文章には、人を救い幸せにするものもあるが、人を傷つけるものもたくさんある。でも読み進めるうちに、斬りつける刃は、言葉だけではなく自分の心の持ちよう、また相手への想像力によるものが大きいのではないかと気づく。その時々の考えや想い、また時代の風潮や流れ……。著者は抗い、叫び、違和感を書き綴る。そして本に登場する全ての人々の重みをずしりと感じたあと、行きついたのは、切実に生きていこうとする想いだった。それはまさしく、あるがままの自分だけの譲れない言葉を発しているからなのだろう。また、著者が師事していた障害者運動家で文筆家・俳人の花田春兆の、生前彼に向けた言葉が素晴らしい。


荒井君、評価されようと思うなよ。人は自分の想像力の範囲内に収まるものしか評価しない。だから、誰かから評価されるというのは、その人の想像力の範囲内に収まることなんだよ。人の想像力を超えていきなさい。


 本当に必要な言葉とは、どんな状況でも身体と心へ自然と染み入り、その人を肯定し整えるものではないだろうか。その大事な連なりに、本書を開けばきっと出会えるはずだ。


 『まとまらない言葉を生きる』を読んだあと、手に取った『海辺の金魚』(ポプラ社)も、言葉を慎重に選び表現した小説だった。著者の小川紗良は役者や映画監督としても活躍しているが、本作は児童養護施設「星の子の家」を舞台にした、著者監督作品の原作だ。


 会話の描き方がとても素晴らしい。口から出た言葉が、相手にどう伝わり、どう影響を与えるのか。全体を俯瞰しながらも、とても親身に寄り添い、日常の子ども達の表現豊かな声を表現している。また登場人物のなかでも、施設で子ども達の世話をするタカ兄の存在が心に残った。心の奥深くで傷ついている子ども達に対して、時には厳しく諭しながら、彼は暖かく理屈抜きに包み込む。論理を尽くしているのではない、また誰もが感動できる印象的な内容を発しているわけではない。でも、彼しか言えない血の通った想いが、来年施設から出て行かなくてはいけない18歳の花との会話にも現れる。


〈「ごめん……ありがとう」
 「いや、ただ心配なんだよ」
 「心配?」
 「ちゃんとしようとすればするほど、崩れるのはあっという間だから」〉


〈「どんなにちゃんとしようったって、初めからうまくいくわけはないんだよ。血がつながってても、つながってなくても」
料理の済んだ台所を布巾で丁寧に拭きながら、タカ兄は続けた。
「日々を重ねるしかないんだ」〉


 子ども達の、大人や世の中にいくら言っても仕様がないと、やるせなく抱え込んでしまう虚しさと悲しみと怒り。それでもタカ兄は自身の行動と会話で繋ぐように、子どもの心を解きほぐし道筋を示していく。鮮やかな映像を思わせる場面描写もそうだが、同時に言葉の力と魔法を十二分に感じられる小説だった。


 この二つの本から届けられる声と鼓動にじっと耳を傾けて、著者からの願いと想いを見失わないようにできれば良いと思う。言葉を通じて相手や世の中に何ができるのか、今それぞれの姿勢が問われているのではないだろうか。そう考え行動するのに、決して早すぎることはないはずだ。


(文=山本亮)


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