矢部太郎が語る、名作『星の王子さま』と向き合った時間 萩尾望都に言われた言葉にビックリ?

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2021年06月20日 12:51  リアルサウンド

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矢部太郎『星の王子さま』と向き合った時間

 主人公である「僕」と、どこか浮世離れした「大家」さんとの交流を綴ったコミックエッセイ『大家さんと僕』で手塚治虫文学賞短編賞を受賞するなど、今やお笑い界に留まらず、ベストセラー作家としても活躍する矢部太郎。


 文章とともに、人柄が伝わる温かなイラストが人気だが、新訳版が出版になったことで話題の『星の王子さま』(サン=テグジュペリ/作、加藤かおり/訳)で、そのイラストの力を発揮している。世界的な名作への取り組みに、「一歩間違えたら炎上する案件だな」と正直思ったという矢部。それでも自分で描くならと「イメージできた」という新訳版のイラスト執筆について、まっさきに描いた絵は? 黒地のイラストを描いた理由は? などじっくり聞いた。また改めて向き合って感じた『星の王子さま』の魅力や、少女漫画界の巨匠・萩尾望都、絵本作家である実の父とのエピソードも。(望月ふみ)


関連:【画像】矢部太郎が描いた“王子さま”


■真っ黒な宇宙にポツンと王子さまがいるイメージだった


――世界的な名作の新訳版イラストです。オファーがあったときは?


矢部太郎(以下、矢部):すごく嬉しかったのと同時に、「こりゃ、まずいな。お引き受けして大丈夫かな」と思いました。やっぱりサン=テグジュペリさんご本人が描かれた絵のイメージがありますし、それが素晴らしくて完成しちゃってますから。それを新たにというのは、一歩間違えたら炎上する案件だなと思って(苦笑)。でももともとすごく好きな本なので、自分が絵を描くならというのを、ちょっと考えてみたら、イメージできたんです。何枚か描けたので、「こういうものでもいいですか?」と編集の方に見ていただいたら「いいですね!」と言っていただけたので。「じゃあ、やらせていただいちゃおうかな」と。葛藤がありつつ、お引き受けしちゃいました。


――最初に描いてみたというのは、どの絵ですか?


矢部:表紙とあとはバラと王子さまとか。黒い版画みたいなのがいいなと思ったんです。


――ところどころに差し込まれる黒地のページが印象的です。矢部さんが出されたアイデアだったんですね。


矢部:「黒い絵が描きたいです」とお伝えしました。編集者さんも「めくって面白い本にしたいですね」とお話していて「黒地に白抜きの文字とかもありですよ」とおっしゃっていただいたので、どんどんイメージが膨らんでいきました。


――バックが黒というのは宇宙のイメージですか?


矢部:ポツンと宇宙に王子様がいるイメージがあって。もともと、なんでオリジナルは白いんだろうと思っていたんです。


――実際に描き始めて、特に筆が乗ったのは?


矢部:バラとのところは「4コマ漫画みたいな感じでもいいんじゃないですか?」と言っていただいて、少しそんな感じで描いたんですけど、楽しくてノリすぎちゃったかも。王子さまの流れるマフラーもハートっぽい形にしたりしちゃって。やりすぎたかな(苦笑)。


――逆に時間がかかったのはどこでしょうか。


矢部:服装かな。王子さまの服装を、パジャマみたいな感じにしたんです。オリジナルよりももっと子供っぽいのがいいかなと思って。まだ学校にも行ってないくらいの幼い感じがいいかなと思いました。


■いつか『星の王子さま』のような本を書きたいと思っていた


――『大家さんと僕』や新刊『ぼくのお父さん』は、ご自身の体験を文とイラストで描かれていますが、『星の王子さま』には全くご自身の文章がありません。そこに絵を描くことへの壁はありませんでしたか?


矢部:少し前に朝ドラの『スカーレット』と『おちょやん』のレコメンドで、1話1話WEBで感想を書いていたんです。本当は文章だけでよかったんですけど、勝手に絵も描いて。僕は仕事でもありますけど、好きなことについて絵を描くというのはみなさんもしてますよね。僕もそんな気持ちで。そのときすごく楽しいなと思えて、『星の王子さま』もその流れと勢いで描こうと思っちゃったかもしれないです。


――自分の文ではなくても、好きなものについて描けるから。


矢部:そうですね。それに絵を描くとなると、いっぱい見るしいっぱい考える。ドラマもどんどん好きになれた。『星の王子さま』も、もっと好きになれるんじゃないかなと思いました。


――『星の王子さま』に関しては、「いつかこんな本を書けたら」と公言されていたとか。


矢部:『大家さんと僕』を書き終わったときに、編集者さんからいただいたメールの文章の中に、「いつか矢部さんは『星の王子さま』みたいな本を書けますよ」という言葉があったんです。編集者さんの言葉ってすごく大きくて、力になるんです。そのときも最大の誉め言葉をいただいたな、本当に書けたらなと思ってました。


■巨匠、萩尾望都からの指摘にビックリ!


――絵本作家であるお父様について描かれた『ぼくのお父さん』も出版になります。こちらも読ませていただきましたが、『星の王子さま』とどこか世界観がリンクしているようで、両方読むと、より楽しめるような気がしました。


矢部:実は萩尾望都先生と対談させていただいたんです。そのときに、『ぼくのお父さん』を読んでくださった萩尾さんに、「『星の王子さま』みたいだと思った」と言われたんですよ! すごく嬉しくて、ビックリして。萩尾さんはそのとき僕が『星の王子さま』のイラストを描くなんて知らなったはずですし、子どもの世界観とか、なんとなくそう思ったって。『ぼくのお父さん』を描くときに、頭のどこかに『星の王子さま』のことがあったのかなぁ。


――そうなんですね! さすが、萩尾先生ですね。絵本作家のお父様は、今回、『星の王子さま』のイラストを担当することについては?


矢部:相談とかはしていませんが、でも知ってました。お父さん、ネット検索とか好きなので、調べたのかも(笑)。「ポプラ社さんはいい出版社さんで、お父さんもお仕事したことあるよ」と言ってました。


――矢部さんのお父様は、王子様と出会っても、バカにされない大人のような感じがします。


矢部:そうですね。たぶん、大ヘビに食べられたゾウが見えると思います。僕は見えないかも。小さいころ「将来は絵描きになりたいです」と作文にも書いてましたが、それはお父さんの影響です。でももう少し大きくなってからは、お母さんたちが困っている姿を見て、ちゃんと勉強して大学に行こうと思うようになりました。お父さんは、「こういう人が絵描きになるんだな」とすごく感じる人で、いつでも絵を描いていて、よく警備員に連れていかれていました。スーパーのレジでレジの人を描き始めたりして(笑)。


■『星の王子さま』は死がすぐ傍にあるからこそ、人にやさしくなれる


――『星の王子さま』と改めてじっくり向き合ってみて、発見はありましたか?


矢部:読み飛ばしていたところも結構あったんだなと思いました。それまでのいろんな星での話は覚えていましたが、地球に着いてからの特急列車の話とか、薬を売っている人の話とか、あまり印象に残っていませんでした。こんなシーンもあったんだ、ここも面白いなと思いました。


――好きなキャラクターを挙げるなら?


矢部:僕がずっと好きなのは“のんべえ”です。この本で一番好きな部分です。「飲むのが恥ずかしいから飲んでしまう」という。どうしようもできない感じ。僕自身はお酒は飲まないんですけど、なんだかすごくわかります。


――有名な「大切なことは、目に見えない」という言葉については。


矢部:そうですね。でもそうとも言い切れない自分もいます。目に見えるから大切なこともあるだろうとも思っちゃうんですよね。


――確かに、それもその通りだと思います。王子様に出会ったことで、飛行士は星の見え方が、キツネは麦畑の見え方が変わりますが、矢部さんにとっては、大家さんはとても大切な存在だと思います。これを見ると大家さんを思い出すといったものはありますか?


矢部:やっぱり伊勢丹ですね。新宿に行って伊勢丹の前を通って、あのマークを見ると思い出して、毎回写真に撮っています。つい思い出して毎回。伊勢丹新宿店はいつまでも残ってほしいです。


――『星の王子さま』にはどこか死に通じる部分もありますね。


矢部:死が近いところにありますよね。すぐそばにある感じがする。だから僕の絵も黒地にしたのかも。主人公の飛行機乗りにもそういう部分があるし。実は暗い本だなとも感じます。でも誰でも誰かを失ったり、身近に死を経験しながら、ずっと生き続けていると思うし、そういう思いがあるからこそ、ほかの人に対して、「わかるよ」って優しくなれると思います。その意味でも、みんなが持ってる悲しみとか、どうしようもできない気持ちが、この本にはあるなと思います。


――最後にメッセージをお願いします。


矢部:僕がこういう本が出来たらいいなと思う理想の1冊になりました。世界で2番目に素晴らしい『星の王子さま』の本になったと思います。


(取材・文=望月ふみ/写真=鷲尾太郎)


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