「7歳の息子の食べ残しを許す妻と意見が分かれる」 父親の悩みにアドバイスは?

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2021年06月20日 17:00  AERA dot.

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写真論語パパこと山口謠司先生
論語パパこと山口謠司先生
 7歳の息子に「食べ残しはいけない」と教育する夫。逆に「体調が悪くなるなら残してもいい」と甘やかす妻に、夫はどうしたらいいのか悩んでいます。最近は、行き過ぎた完食指導がトラウマになり、人と一緒に食事をすることを苦痛に感じる「会食恐怖症」も注目されています。「論語パパ」こと中国文献学者の山口謠司先生が、「論語」から格言を選んで現代の親の悩みに答える本連載。今回の父親へのアドバイスはいかに。

【5人に1人の子どもが悩んでいる! 発達障害と間違えやすいHSCの特徴】

*  *  *
【相談者:7歳の息子を持つ40代の父親】
 7歳の息子を持つ40代の父親です。息子がご飯を残すことについて妻と意見が割れています。息子は食欲にムラがあり、量を少なくしても食べ残してしまうことが多いのですが、私は「作った人に失礼だから絶対に残してはいけない」という考えです。私自身、幼少期から「出された料理は完食しなさい」という教えのもと育ち、食べ残しは許されませんでした。先日、息子が、体調が悪いのを理由に晩ご飯を残し、妻が「無理しなくていいよ」と、捨ててしまいました。妻の母親は「無理して食べると気持ち悪くなるから口に合わないものは残していい」という考えの人です。私は許せず、「食べ物を残していいのか?」と息子を強く叱りました。しかし妻には、「無理やり食べると、後でもどしてしまい、食べることそのものが苦痛になる。『いやなら残していい』と教育されてきた私は今、何でも食べられるから、好き嫌いには影響ないはずだ」と反論されました。私の考えが間違っているでしょうか? 

【論語パパが選んだ言葉は?】
・「君子の天下に於(お)けるや、適(よ)きも無(な)く、莫(あ)しきも無し。義にのみ之(こ)れ与(とも)に比(した)しむ」(里仁第四)

・「忠(ちゅう)もて告げて善もて之れを道(みちび)く、不可なれば則(すなわ)ち止(や)む。自(み)ずから辱(は)ずかしめらるること無かれ」(顔淵第十二)

・「斉(せい)に在(あ)りて韶(しょう)を聞く。三月、肉の味わいを知らず」(述而第七)

【現代語訳】
・「立派な人格者は、世界の万物に対して主観的な好悪を持たない。ひとえに正しきものにこそしたしむ」

・「友にあやまちがあれば、真心をこめて忠告して導くことが大事である。しかし聞き入れられないときには、やめるがよい。無理をして自らを辱めるようなはめになってはならない」

・「斉の国に行ってすばらしい管弦楽を聞くと、そのすばらしさに陶然となって、3カ月間、肉の味を空虚なものと感じた」

【解説】
 お答えします。相談者さんは、厳しすぎます! 「出された料理は完食しなさい」と言って育てると、海外には行けなくなってしまいますよ。私は若い頃、かなりの大食漢でしたが、伊フィレンツェの貴族の家に滞在しているとき、ランチに、まずパスタが出てきて、その後、サラダにステーキ、スープ、魚料理、チーズ、デザートと延々とおいしいものが出てくるのです。完食なんてできません。アメリカや中国でも同じです。皿に盛られたものを全部食べていたら、体を壊してしまいます。

 戦後まもなくの日本の飢餓状態であれば「完食」は、言われなくてもしたことでしょうが、時代も環境もまったく違います。「正しさ」は、つねに変化するものなのです。父親である相談者さんが厳しい古い習慣に固執していると、息子さんは時代の流れについていけない大人になるかもしれません。

 孔子もこう言っています。

「君子の天下に於(お)けるや、適(よ)きも無(な)く、莫(あ)しきも無し。義にのみ之(こ)れ与(とも)に比(した)しむ」(里仁第四)

「適」とは、一方的に固執することをいいます。「莫」は「適」の反対で、何も考えないこと、漠然と散漫に物事を行うことをいいます。つまり、君子と呼ばれる人は、「物事に対して、必ずこうしなければならないと固執した考えを持つこともなく、漠然とその場に流されてしまうこともない」というのです。

「君子」は、ふつう「立派な人」と訳されますが、決して「位が高い教養のある立派な人」という意味ではありません。「他者とうまく付き合うことができる人格者」を表します。

 あまりに物事に固執した考えを持っている人、反対にいつも不注意で散漫な人、こんな人と付き合いたくはありません。ちょうどいい感じ、つまり「中庸」でいなさいと孔子は言うのです。そして「義にのみ之れ与に比しむ」と付け加えています。これは、「ひとえに正しい規則や慣習にしたしむ」と訳されますが、「正しいことと現実との折り合いをつける」という意味だと私は考えます。

 食べ物は大事にしないといけないのは、言うまでもないことですが、食べることが楽しみでなく、苦しく感じる人もいます。現代社会で問題になっている、人と一緒に食事をすることを苦痛に感じる「会食恐怖症」は、学校給食での完食の強制によって引き起こされるといわれています。食事は「強制」するより、「楽しむ」ことを教えるほうが、大切なのではないでしょうか。

 孔子は、こんなことも言っています。

「忠(ちゅう)もて告げて善もて之れを道(みちび)く、不可なれば則(すなわ)ち止(や)む。自(み)ずから辱(は)ずかしめらるること無かれ」(顔淵第十二)

 これは、子貢という弟子が、「友と付き合うにはどういうことを注意しないといけないか」と孔子に聞いたときの答えですが、親子の関係でも同じことが言えるでしょう。

「友にあやまちがあれば、真心をこめて忠告して導くことが大事である。しかし聞き入れられないときには、やめるがよい。無理をして自らを辱めるようなはめになってはならない」と。

 本来楽しいはずの食事が、「食べ物を残していいのか?」と息子を強く叱ることで、親子の雰囲気が悪くなるのはとても残念です。

 また、「好き嫌い」についていえば、それは成長段階の些細なきっかけで改善されてしまうものです。

 たとえば孔子は、弟子たちに分けることも惜しいと思うほど肉が大好きな人だったと伝えられていますが、斉(せい)の国に行ってすばらしい管弦楽を聞くと、そのすばらしさに陶然となって、3カ月間、肉の味を空虚なものと感じた(斉に在<あ>りて韶<しょう>を聞く。三月、肉の味わいを知らず)といわれています。

 子どもの頃、大嫌いだったピーマンも、恋人がおいしいピーマンの肉詰めを作ってくれたら、それからピーマンが好きになったというようなことはいくらでも聞くことです。たとえ自分の息子であっても、人の食べ物の「好き嫌い」など気にしないほうが賢明です。「好きなもの」「嫌いなもの」は、誰にだってあるものですし、育った時代も、環境も違います。息子さんを無理して矯正しようとすると、前述した「会食恐怖症」の例のように、後に精神的代償が大きくなってしまうこともあるのです。食事は、体だけでなく心の栄養です。楽しく頂きましょう!

【まとめ】
物事に固執せず、しかし散漫でもない、「中庸」であることが大事。完食を強要せずに楽しく食事しよう

山口謠司(やまぐち・ようじ)/中国文献学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞受賞。著書や監修に『ステップアップ  0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など多数。母親向けの論語講座も。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族。

このニュースに関するつぶやき

  • 教えても無いのに子供達は食事を残す事に罪悪感を覚えるようで、仕方が無いから初めから「お腹が 一杯になったら終わりね」と言い続けてる。満腹は健康に非情に悪いかとwww
    • イイネ!3
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  • 残していいですね。私がこどもの頃とは違いますね。
    • イイネ!19
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