アルビノが恥ずかしい…「ふつうの外見」になれない私を変えた出会い 語り合える場所があることの大切さ

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2021年06月24日 07:00  ウィズニュース

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写真遺伝子疾患のアルビノであることに、コンプレックスを抱いてきたという神原由佳さん(右)。別の当事者との出会いを経て、自らの外見を受け入れられるようになるまでの日々を、振り返ってもらいました(画像を一部加工しています)=神原由佳さん提供
遺伝子疾患のアルビノであることに、コンプレックスを抱いてきたという神原由佳さん(右)。別の当事者との出会いを経て、自らの外見を受け入れられるようになるまでの日々を、振り返ってもらいました(画像を一部加工しています)=神原由佳さん提供

肌や髪の毛の色が薄いアルビノで生まれた神原由佳さん(27)はかつて、自らの症状を「恥」ととらえていました。「ふつう」の見た目になりたくてもかなわず、悩んできたのです。しかし他の当事者と出会い、その生き方に憧れたことで、「自分も誰かにとっての道しるべになりたい」と思えるように。今では人生に希望を持ち、アルビノの人同士の交流会にも足を運ぶ神原さんに、転機となった体験についてつづってもらいました。

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「自分一人が異なった存在」という心細さ
私はアルビノだ。ただ、同じアルビノの方に会うのが怖かった過去がある。

アルビノは1万〜2万人に1人の確率で生まれてくる遺伝子疾患だ。その確率を多いと感じるだろうか。それとも少ないと感じるだろうか。正直、2万人に1人と聞いて、私は今もピンとこない。

ちなみに、横浜アリーナは1万7000人、日本武道館は1万4000人を動員できる。両会場にも音楽ライブや成人式で行ったことがあるが、最初に思うのは「広い」「人が多い」だ。そんな中で自分一人が周囲とは異なった存在であると思うと、やっぱり心細さを感じる。

小中学生のころから、自分以外にもアルビノの人がいること、当事者本人や家族のためのセルフヘルプ・グループが存在することはネットの情報で知っていた。でも、他の当事者に会いたいという気持ちにはどうしてもなれなかった。むしろ、関わりたくなかった。

アルビノであることが恥ずかしかった思春期
街中で他のアルビノ当事者の存在を感じるような経験はあった。

幼い頃、母と電車に乗って出かけた時のこと。駅の改札で「由佳と一緒みたいな人がいたよ。多分、そうだと思う」と母に言われたことがあった。その駅はターミナル駅で日中でも人通りが多かった。しかも、弱視で素早い動きを捉えることが難しく、背も小さかった私は、そのアルビノらしき人に気付くことはできなかった。

母にアルビノらしき人の存在を教えてもらって、うれしいというよりは少し胸がちくりとした。うれしければ「どんな人だった?」と聞き返したはずだ。そのときの私は「そうなんだ」と答えた気がする。母もそれ以上はその話題に触れてこなかった。

どうして、あの時の私は他のアルビノの人の気配を喜べなかったんだろう。もしもこれがありきたりなドラマだったら、「私だけじゃないんだ……!」と希望の光が差したはずだ。

けれど、現実の私はその気配に戸惑い、困ってしまった。今も昔も根暗な性格だけども、子どものときから既にひねくれてしまっていたというのか。

あのときの気持ちを分析してみる。当時、私は周りと同じ黒髪に憧れ、そうではない自分を受け入れられていなかった。「ふつう」になりたい願望が強いあまりに、アルビノであることを恥じていた。だから、他のアルビノに対しても恥ずかしいと思っていたのかもしれない。

アイデンティティが揺らぎまくった中高生時代、髪色を理由にアルバイト面接で不採用通知を受けた大学1、2年生の頃も、アルビノを理由とした生きづらさを抱えながらも、他のアルビノの人に会いたいという気持ちは湧かなかった。当事者とつながることは決して難しいことではなかったが、あえてそれをしなかった。

「本当にいるんだ」他の当事者との出会い
そんな私が他のアルビノの人に会いに行こうと思った理由は、卒業論文だった。

外見に症状がある人たちが、学校でいじめにあったり、恋愛や就職で苦労したりする「見た目問題」をテーマに選んだものの、当事者の自分のことさえもよくわからない……。

情報収集をしていると、明治大学主催のヒューマンライブラリー(障害者やLGBTなど偏見にさらされやすい人たちが「本」役となり、参加者と対話する集い)に、アルビノの人が登壇することがわかった。今まで散々「他の当事者に会うのが怖い」と思っていたが、卒論という重大任務が背中を押してくれて、「えいや!」という気持ちで予約を取った。

通常のヒューマンライブラリーは「本(話し手)」一人に対して「読者(聞き手)」が5、6人で行われる。しかし、明治大学のヒューマンライブラリーは「本」と「読者」が1対1だった。始まる前からとても緊張していた。

いよいよ私の番になり、「失礼します」と言って教室の扉を開けた。そこに立っていたのは真っ赤な可愛い衣装がよく似合う、アルビノの薮本(やぶもと)舞さんだった。

舞さんもどのような人が聞きにくるかは知らされておらず、お互い目が合うなり「うわー!」と歓声が上がった。「本当にいるんだ」と、うれしい反面、すぐにはその事実を受け入れられなかった。その後は何を話したかよく覚えていない。とにかく無我夢中だったんだと思う。

舞さんと向かい合うことで、自分がアルビノであることを改めて強く意識してしまい、コンプレックスが刺激された。同時に、アルビノの経験を分かち合える存在との出会いをずっと待ち望んでいたことに気づいた。その日の帰り道は、胸がとてもほくほくしていた。

誰かにとってのロールモデルになりたい
その後、舞さんに誘われ、20代のアルビノ当事者が集まる場に参加するため、大阪にまで足を運んだ。

他の当事者の人と話をするのは楽しいし、何よりリラックスできた。お互いに近い感覚で話ができるといのは自分にとっては必要なことだった。私は単に、当事者に出会うことを食わず嫌いしていたのかもしれない。

舞さんはアルビノの当事者や家族らの交流を目的とした「アルビノ・ドーナツの会」の代表を務めており、先んじて当事者発信にも力を入れてきた方だ。私にとって、舞さんは憧れの存在であり、ロールモデルであり、人生の道しるべであり、信頼できる相談相手だ。おかげで少しだけ自分の未来を描きやすくなった。

私にとっての舞さんのように、私も誰かにとってのロールモデルになれたら、それほど嬉しいことない。

今では、私も当事者として発信したり、「日本アルビニズム・ネットワーク」というセルフヘルプ・グループでお手伝いをしたりししている。その原点にあるのが、あの日の舞さんとの出会いだったと思う。

今でなくていいから、会いに来て
ちなみに、セルフヘルプ・グループは有効な社会資源の一つと思っている。ぜひ、当事者の方におすすめをしたい……! が、やはり過去の私のように「当事者に会うのが怖い」と感じている人もいると思う。中には、「目立つようなことはしないでほしい」と思っている方もいるかもしれない。

私はそういう意見もありだと思っている。他の当事者を見る自由、見ない自由、つながる自由、孤立する自由、どちらもあっていいはずだ。

一般的にセルフヘルプ・グループや患者会は、どのようなイメージを持たれているのだろう。病気の暗い話ばかりしていると思っている人もいるのではないか。病気の話を真剣にすれば、どうしても暗くなってしまう側面はある。

けれど、それだけではない。アルビノのセルフヘルプ・グループでは、真剣な話の中でなるべく希望を見出せるようにしたいと思っているし、飲み会や子ども向けのクリスマス会も企画している。最近はオンラインの交流会をするなど、交流のスタイルを模索している。

だから、今すぐでなくてもいい。自分のタイミングで他の当事者に「会ってみたい」と思った時にのぞきに来てほしい。そのときは「よく来たね」と温かく迎え入れたい。

これは、なにもアルビノに限った話でもない。ほかの病気の患者、アルコール依存症、引きこもりなど様々なセルフ・グループがあり、あなたを待っている。そのことを、心の片隅にメモしておいてもらえるとうれしい。

このニュースに関するつぶやき

  • 良いよなぁ アルビノは許されて。俺らブサメンも先天性の物なのに人権など認められた試しが無い
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  • 金髪に見えますよ。
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