最も華やかで最もモヤモヤする Apple M1搭載「iPad Pro」レビュー

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2021年06月24日 12:02  ITmedia PC USER

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写真これが2021年のWi-Fi+Cellularモデルの写真
これが2021年のWi-Fi+Cellularモデルの写真

 こんにちは! イラストレーターのrefeiaです。



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 今年もiPad Proが発売されましたね。2020年の暮れには、これからデジタルイラストを学ぶ人は基本的にどのiPadを買っても良いという記事を書きましたが、当時の悩みは実質2年遅れのiPad Proに対してiPad Airが最新になっているという、ラインアップの混乱でした。



・「絵を描きたい人はどのiPadを買うべきなのか問題」を解決する



 そして2021年、iPadのラインアップは秩序を取り戻しました。その王者であるiPad Proの目玉は、Mac用に開発されたApple M1チップ、最大16GBものメインメモリ、Liquid Retina XDRディスプレイです。



・M1搭載「iPad Pro」の本領発揮はまだ先か 新旧モデルを使い比べて分かった現状の実力と秘めた可能性



・ついにiMacとiPad Proも「M1」搭載 次のAppleシリコンMacはどうなるのか



 M1チップはクリエイティブ用途には頼もしい計算パワーをもたらし、大容量のメインメモリは、これまでiPadでリッチなイラストを制作しようとすると避け難かった動作速度の低下に、絶大な効果が期待できます。



 というわけで今回は、商業+大判などの極めて要求の高いイラスト制作をどれくらい収容できるのかという点をチェックしつつ、後はガジェットオタク的に気になるポイントを掘っていこうと思います。よろしくお願いします!



●iPad Pro 2021はこんなスペック



 例によってですが、2021年のiPad Proも見た目は以前のモデルとほとんど同じです。カメラやインタフェースなどの細かい点を除くと、概ね以下のようになります。



・全モデルで得られるのがApple M1チップと8GBのメインメモリ



・ストレージ1TB以上のモデルで得られるのが16GBのメインメモリ



・12.9インチモデルで得られるのがLiquid Retina XDRディスプレイ



 2018年モデルではメインメモリが多いモデルは1TB版のみで、実験的/イレギュラーな印象がありましたが、今回は1TBと2TBの複数モデルで16GBのメインメモリを得られるようになりました。以前よりも、巨大なメモリを要求することを当たり前にしようとしている雰囲気があります。



 そして価格は……非常に高くなったという印象で語られるのを見かけますが、実際には値上がりしたとは簡単には言いづらいです。



 このように、11インチモデルは16GBのメインメモリを求めなければ、安くなった2020年からほぼ据え置き、12.9インチモデルは「高級ディスプレイ代」が乗っているのでしょうが、2018年とほとんど変わりません。



 そして、モデル間の価格も例によって異様に整っています。



 ストレージ増量代は1万2000円の倍数を基本に、1〜2TB版ではメインメモリのおまけがつきます。サイズアップ代は常に3万5000円ですね。買おうとしている方は参考にしてみてください。



●M1チップは事実上のA14X Bionicだが……



 仕様について、もう少し掘り下げておきましょう。まずは一番の目玉のM1チップについてです。2020年、MacBookシリーズやMac miniにApple独自設計のSoCが採用され、高速性と省電力性が大きな話題になりました。そのチップが今回のiPad Proにはそのまま搭載されています。



 でも思い返してみると、CPUコアやGPUコアの増やし方はA12 BionicとA12X Bionicの関係とそっくりで、A14 Bionicからの処理能力向上の仕方も似ています。



 つまり、仮にA14X Bionicが作られていたら、だいたいこれくらいの性能だっただろうということです。逆に言うと、M1チップはA14X Bionic相当のプロセッサに、大容量メモリや外部インタフェースなど、PCが必要とする足回りを増強したものとも言えます。



 一方で、M1チップは主に冷却ファンがあるMacに搭載されるものとして設計されたなりの、「限界の高さ」も持ち合わせています。CPU演算だけの条件でも、全コアをぶん回すと瞬間的にはシステム全体とはいえ30W前後の電力を飲み得る大出力ぶりです。



 ファンレスのタブレットまでを想定していたと思われるA12X Bionicの頃に、どれくらいの電力になっていたかを測ることはできませんでしたが、タブレットが触っていて気持ち悪い程の高温にならないために、長時間の駆動では10W程度に丸める必要があるでしょう。



 ですから、瞬発力でぶん回せるベンチマークの結果がMacと同じだからといって、その通りの性能向上が実用的に得られるかについては、ちょっと気を付けておいた方が良い気がしています(まあ快適だし余裕しゃくしゃくという使用感しかないので、気にしないのが正解かと思いますが)。



●Liquid Retina XDRは品質の底上げよりもHDR対応のため



 さて、2021年のiPad Proでもう1点の目玉は、12.9インチモデルのみに採用された、Liquid Retina XDRディスプレイがあります。これは基本的にはこれまで通りの液晶ディスプレイですが、従来では面全体を一括で照らしていたバックライトを細かく2500個以上のエリアに分け、それぞれを必要なだけ光らせるという動作になっています。



 これで何が得られるのかというと、



・HDR映像に対応できる



・暗い部分が多い表示では省電力が期待できる



・締まった黒が表現できる



 ですね。HDR映像が何か分からない人は、最近のスマホを持っているならばすぐ体験できるかもしれません。YouTubeアプリで「HDR Demo」などで検索して見つけた映像を全画面表示などで試して、「このきらめき方は普通じゃない」と感じたら、それです。



 HDR映像の表現には、明るい部分では従来の最大輝度のさらに何倍もの高輝度に対応する必要があります。それを従来の液晶でやってしまうと、消費電力がとんでもないことになったり、黒浮きが激しくて見苦しい画面になってしまったりします。それを解決するためには暗い部分を無駄に光らせない必要があり、画素が自発光する有機ELか、液晶ならばバックライトを分割して休ませる技術が必要になります。



 その副産物として、HDR映像を見ていない時も省電力になる場合があったり、黒い部分がよく締まって見えたりするわけですね。



 一方で、良いことばかりでもありません。コスト/重量/サイズの増加、バックライトのエリア制御に伴うアーティファクト(視覚的な副作用)の問題があります。実際に価格は従来モデルから高く、わずかに重く、わずかに分厚くなっています。



●ミニLED採用による副作用



 アーティファクトは「ブルーミング」という現象が話題になりましたね。エリア駆動のバックライトが散光しながら液晶面を照らすので、明るい部分の回りにも光が届いてぼんやりと明るく見える現象です。これは通常の使用で気になることはほぼないと言って良いです(従来モデルで黒浮きが気になることがほぼ無いのと同じことです)が、目立つ画像と目立つ視聴条件に動きが加わると、自然現象やCG表現では見かけないような、違和感のある効果になる場合もあります。



 これはエリア駆動対応の液晶では避けられない現象です。そういった製品の中ではiPad Proはずっとずっと高品位の部類なのは確かで、制作などで究極の画面の均一性が必要な場合でもなければ、気にしなくていいです。ただ、個人的にブルーミングより気になるのは、画面端の謎の影です。



 この記事が表示される画面の中では、気にならないかもしれません。おそらくブルーミングと同様に「画面は多少ぼやけることがある」と感覚が慣れているんだと思います。



 ただ現物を、物体としてベゼル/画面/その境目と見ると、自分には違和感があります。それに、ブルーミングや黒浮きは気になるシーンが少ないですが、これはどちらかというと目につくシーンが常です。



 Apple製品の“偏執的”とも言える仕上げ品質を楽しむ上では不満になり得るので、購入を検討している人は、自分が気にするタイプか、もしくはOSの更新で直っていないかを、展示品などでチェックしておくのが良いでしょう。



 また、発色が良くなった、高まったという評価がありますが、写真を見比べたり測色機で調べたりする限りは、厳密に同じとは言えなくとも通常使う色域の範囲では気になる差異はありませんでした。デバイス間で色がばらつきづらいのもAppleの機材の特徴なので、急に鮮やかで高コントラストになられていたら逆に困ります。



●メインメモリの利用は今後に期待



 よっしゃ……! 既に読み疲れてきた人もいると思いますが、僕も疲れてきたので気合を入れてイラスト用途について見ていきましょう。



 2021年のiPad Proは、ストレージ容量が128GB〜512GBだとメインメモリが8GBなのに対し、1TBと2TBモデルについては16GBを搭載しています。2018年モデルが基本的に4GB、2020年モデルが6GBだったことを考えると飛び上がるような大増量で、今まで大きめのイラスト制作で速度低下やフリーズに苦労していた人には夢のような改善点です。



 まずは実用テストの前に、実際にどれくらいメモリが使えるようになったのかを、ProcreateとCLIP STUDIO PAINTで見ていきましょう。今回評価機にお借りできたのは16GBモデル、比較対象としては、iPad Air 2020年モデルと、iPad Pro 2020年モデル、搭載メモリ16GB相当に調整したWindowsノートPCを用意しました。



 ……ちょっと不穏な結果です。Procreateの使用可能レイヤー数はメモリ搭載量と比例していませんし、CLIP STUDIO PAINTはメインメモリの容量に比例しているものの、メインメモリの半分ちょっと、PCと比べると3分の2ほどしか使えないことになっています。



 これがアプリの実装の問題なのか、iPadOSの制限なのかは分かりませんが、大枚をはたいて8GB版ではなく16GB版を買って手に入るのが4GBそこそこというのはかなりうれしくない状況で、PCオタクの自分は4GBのDDR4メモリの市価を想像してしまって、同一視できないとは分かっていながらも心が痛みます。将来の改善を望みたいところですね。



●超重量級イラストで使用感をチェック



 さて、気を取り直しまして。



 何はともあれ前のモデルより良くなっているのは確かです。そこで今回は、自分の制作歴の中で最も大きい類いのイラストを用意して、それをiPad Proで作業できるかを見ていきたいと思います。



 制作当時の条件は以下の通りです。



・多少トリミングしても大判の高精細印刷に耐える、長辺9700ピクセル



・効果レイヤー/調整レイヤー/テクスチャレイヤーの大量使用



・第2世代Core i7/メインメモリ16GB



・Windows/Photoshop



 iPadにはフル機能のPhotoshopは無いので、CLIP STUDIO PAINT形式に変換して、容量を2分の1、4分の1、8分の1に縮小したものを用意しました。そして、それぞれをiPad Proや比較用のWindows PCで作業していきます。



 読み込み、ズームイン/アウト、キャンバスのスクロール、レイヤーの表示非表示、服とクッションの彩色、レイヤーグループの移動と変形、別名で保存、PSDで保存、という一定の操作です。完全に一定にはできませんが、作業できるかどうかは分かるはずです。その結果がこちら。



 ファイルの保存時間も見せたかったのですが、作業状態やプラットフォームによってばらつきが大きすぎるため省略しています。2分の1サイズ以上だと保存するにも1分〜数分かかることが多くて、実用には厳しい印象でした。



 ここから2つのことが言えます。1つが、同等のメインメモリを積んだWindowsよりも作業性が悪いことです。iOS系デバイスを評してよく言われる「他のデバイスの1.5倍〜2倍はメモリがある感覚で使える」とは真逆ですね。今回はアプリが確保可能なメモリの差が出てしまったのでしょう。



 もう1つが、PCでも元サイズの作業はつらい=フル機能のPhotoshopが使いたい! です。Photoshopは軽いファイルのサクサク感はイマイチですが、マルチコアやGPUの利用、バックグラウンド保存など、ファイルが巨大になってきたときに操作感の悪化を押しとどめる仕組みが機能しています。CLIP STUDIO PAINTにあるイラスト特化の便利機能の数々は本当に素晴らしいのですが、iPadではPhotoshopの選択肢が道半ばでしかないことも、また重要な点です。



 あと1点、テストには含めていませんが、ブラシやレイヤー表示/非表示などの操作はメモリ不足の影響下でない限りは、iPad Airの方が明らかに軽かったことも添えておきます。CLIP STUDIO PAINTはコア数の増加に恩恵がある操作は少なく、画面のピクセル数に対しては素直に遅くなる傾向があります。iPad ProのCPUコア増分はメリットにならず、12.9インチの大画面はハンデになっている、ということですね。



●イラスト用途のまとめ



 さて、そろそろまとめていきましょう。まずはイラスト用途として。



 最大で16GBのメインメモリに対応した2021年のiPad Proは、6年前にApple Penciと共に登場してからイラストや漫画制作ユーザーと共に歩む中で、最大の悩みの1つだったメモリ不足問題に、完全解決の筋道をつけた1台です。しかし、16GBモデルが高額なこと、仮にそれを得たとしても、現状のOSとアプリからは十分な恩恵が得られないことを考えると、実際に購入するかは容易な判断ではありません。



 またApple Pencilも、充電などの使い勝手は大きく進歩しましたが、ガラスにぶつけるような感触の悪さ、皮脂や汗に影響されて滑ったり引っかかったりする摩擦、ペン先の感覚と実際の描画位置のずれ、急いで書いた文字やハッチングにカギ状の乱れが出てしまう「空中筆圧」問題など、初代から6年経ったのでそろそろどうにか……と言いたくなる弱点が数多く残っています。



 また、12.9型とイラスト用途という鉄板の組み合わせについても、イラスト用途のユーザーの多くは画面にフィルムを貼るので、漆黒を表現できる高級ディスプレイに払った費用が無駄になります。



 といったように、華々しい仕様なのに、それとも華々しい仕様だからこそなのか、イラスト用途のユーザーにとってはなかなか悩ましいのが2021年のiPad Proです。



 自分は2020年のモデルを持っているので買い換えませんが、もし買うとしたら、ボリュームゾーンを離れすぎない、あまり高くないメインメモリ8GBのモデルでふんわりと恩恵を受けて過ごしながら、OSやアプリの変化を見ていくと思います。



 iPad Proにおける最大のメリットの1つは「つぶしが利く」ことです。仮にクリエイティブ用途に十全に使えなかったとしても、いろいろ活用できるのがiPad Proです。対して、2021年のモデルは以前よりもクリエイティブ用途を見込んでガチガチに費用を積みやすくなっています。



 これは同時に、その用途が成就しなかったときに費用が埋没しやすいことも意味します。20数万円のデバイスでYouTubeを見てマンガを読んで、後は…………ウッ頭が……ボクも気を付けたいです。



●一般用途のまとめ



 次に一般用途として考えていきます。



 2021年のiPad Proは、華々しい仕様やベンチマーク結果に対して、実際に色んな用途で使ってみると2020年のモデルと驚くほど体験が変わっていないのも特徴です。実用/実感ベースでそうなのだから、仕方がありません。



 6月8日開催のWWDC21で発表されたiPadOS 15も、マルチタスキングの操作性は改善されるものの、できること自体は変わらず、PCのような真剣なマルチタスクには踏み込まず、M1チップの処理能力や大容量メモリを生かす新しい機能や仕様も訴求されませんでした。



 一方で、Macからシームレスに他の端末を操作したりデータの受け渡しをしたりするUniversal Controlなど、Macとの連携は大きく打ち出されました。iPadをMacのサブディスプレイ化するSidecarの頃からうっすらとありましたが、Macの周辺機器感というか、タブレットの立場をわきまえてね、というか……。



 iPad ProはApple製品のエコシステムの1要素として生かすべきもの、というメッセージが感じ取れます。これは、2017年の「すべてがもっとうまくできる。この一枚で」や「What’s a computer」以来、オールインワンの夢、コンピュータの再定義の夢を追ってきたユーザーにとっては、悪いニュースです。



 これでiPadがダメになっていくとは思いませんし、今後も便利になっていくでしょう。ガンガンにアクセルを踏んでいかないということは、陳腐化する心配をせず、安心して買いやすいという美点でもあります。以前書いた、11インチの256GBモデルは迷っている人に容易にお勧めできるという意見も、変わっていません。



 でも、夢を見た時期はあっても、今は少し大人になるべき時なのかな、と思っています。すこし寂しいですが。


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